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とまり木 常盤木 ごゆるりと

ひねもすのたのた

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戒め、律して、息をとめ?


じかんのつかいかたをじょうずになりたいです。
あと、ゆうわくにまけないこころがほしいです。


疲れたからといって眠ってはいけない……。
あと、体がだるいからといって気を緩めてもいけない……。
己を律して。あまやかすことなく。
――そうするのは、来月の二十九日にとっておきます。
その日だけは、うんと遊ぶのです。多分、朝陽を拝むまで。

どこかふらふらしながらも習作百話はきょうもゆきます。
まあ、書き終わってるストック放出しているだけですけれど。
けれど、もうあと数回でそれも尽きてしまいます。
新しく書き出す気力と時間は、どうやったら捻出できるものか。
うんと、いっぱい、計算しなくてはですね。
そんな区切りの四十個目。









『こどもとこぶたの初等教育文学概論』

「頭の中にはニューロンというものがいっぱい詰まっていて、火花へ棒を突き刺して固めて飴にしたような形をしていて、そのとげとげした先のところから細い紐みたいに出ているものがシナプスと言って、たくさんのニューロン同士がお互いに繋がることができるよう、いっしょうけんめいに手を伸ばしているんだ」
「へえー」
 布団へ入ったまま腹ばいになり、墨人は開いた本へ埋まるほどに顔を寄せる。妙に肩へ力が入っているのは、肘をついて手にしている教科書へ向かってやや前のめりになっているから、という理由だけではないようだった。
 熱のこもった声音で、ページに記された内容をとうとうと述べる少年に対し、ぶーちゃんIIの相槌は至極のんきに打たれる。けれど、たった一匹きりしかいない聴衆の態度は、今の墨人にとって特に問題ではなかった。
 今日の授業中に触れたばかりの、真新しい知識へすっかり意識を奪われて、それについて抱いた自身の考えを、口にしながらまとめる行為へ夢中になっている。ぶーちゃんIIには目もくれず、ひたすら活字へのめりこむ。
「けれどシナプスは一度でもつながったらずっとそのまま、というわけではなくて、すぐさまぶちぶちとちぎれていってしまう。その上ニューロンだって年をとればとるほど、どんどん死んで数を減らしていくんだから、脳にとってはたまったもんじゃない。シナプスがちぎれるというのは、つまりちしきがきちんと伝達できなくなって覚えていたものを忘れてしまう、ということではないかと僕は思う。それは困る。僕はずっと覚えていたい、あらゆるものを頭の中に刻みこんで失うことなくきろくしていたいんだ。せっかく得たちしきなんだから」
「うん」
「なら」
 胸の裏側に、ふつふつとあぶくを抱く溶岩が息づいているような口調で、饒舌に語り続けていた墨人が、短い声と共に言葉を区切る。文字たちと対峙していた真摯な眼差しのまま、鼻を挟まないすれすれの距離で器用に教科書を閉じ、視線の先を紙の上からこぶたへ移す。
「ずっと考えていれば。電線の中へつねに電気が流れているように、えんえんと考え続けていればシナプスの中へずっとちしきが流れていることになるから、通る道がかくほされてちぎれたりしないで、つながりがいじされて良いのではと」
「ふむふむ」
 叡智の海へ飛びこんで、思索という素潜りの果てに結論を捕まえた少年は、眠れぬ夜などものともしない。導き出した答えを重々しい調子で友人に披露していた墨人が、言いきったことで力が抜けたのか、ふうと息を漏らす。
「と。今日、国語の教科書を読んでて思った」
「理科じゃないんだ」
 しかつめらしい顔つきで墨人が手にする書籍の表には、見間違いようもなく”国語”の二文字が印刷されていた。

 やっと相槌でなく、言葉として感想を返してきたぶーちゃんIIに、墨人は不服なのか口をへの字にする。
「僕らの学年が使ってる理科の教科書じゃあ、そんなところまでまだいけないよ。せいぜい光合成の仕組みあたり、って段階だね」
「国語のほうが生物の難しいこと書いてる、っていうのも面白いねえ」
 墨人が不満を抱いているのは、こぶたの発言ではなく、小学校の教育課程についてだった。学ぶことへの渇望を邪魔されている気分なのか、布団から突き出した両足をゆっくりと上下させて、無意識に腹立ちを晴らそうとする。
 しかし教科書への不信を隠そうともしない少年とは異なり、こぶたは表紙と中身が必ずしも一致していない教科書、というものが興味深くてならないらしい。墨人が持っている本へと、好奇心に満ちて転がり近づくものの、彼の短い手足では閉ざされたままのページを紐解くことができない。そんなことなど考えるまでもなく知っている墨人は、何も言わず軽い手つきで再び本を開くと、友人が見やすいよう角度を整える。
「国語の授業ってさ、教科書を全部読むんじゃなく先生がどの話を使うのか選び取っちゃうから、全く触らないまま終わる話も多いんだ。そういうものの中にこそ、面白いのがあったりするのにさ」
 伸ばした指で素早くページを繰り、話題にした箇所をぶーちゃんIIへ見せようと急ぐ間も、墨人の舌はよく回った。
「どういうわけだか僕は、先生に無視された話が面白く思えてならないんだ。それに……国語は、ただでさえ授業の進み具合が遅くって、退屈しちゃうことも多い。だから、そんなつまらない時は、勝手に先まで進んで読んじゃって、こっそり遊ぶことがよくあるよ」
「ふぅん」
 黒板を背にする側ではなく、黒板と常に相対する側から、指導要領に対する密かな反抗を表す。喋りながらも墨人の指は休むことがなく、ページをめくり続けると間もなく目的地へ辿りつく。こぶたへ向かって僅かに身を乗り出しながら、黒いビーズの瞳を見据えて指し示す。
「ほら、ここ。この後ろのほうに載ってる、ひょうろんぶんだよ。これがとても、きょうみぶかいんだ」
 秘めてなお押しよせる熱意に促され、どれどれとこぶたが円い体ごと覗きこんだ先にあるのは確かに、大半が文字で埋め尽くされた国語の教科書だった。挿絵もそれなりにあるものの、複雑に絡みあう神経系の全体像を描くのではなく、あくまでニューロンとシナプスの図解が中心となっている。とはいえ、初めて脳の神経について知る幼い子らを案内するには、充分な内容だった。
 しばらく無言のまま活字を目で追っていたぶーちゃんIIは、やがて満足げな息を吐きながら顔を起こすと、ずっと彼を見つめていた墨人と視線が交わった。
「淡々とした、けれどしっかりとした誠実さもある、読みやすい文章だね。生物への興味を誘う導入として、とても相応しいものだと思う」
「うん。こうしてまんまと僕も、きょうみをそそられてしまったのだし。筆者の腕だね」
「ねえ」
 こどもとこぶたの論説委員は互いに感想を口にすると、あれこれと意見を述べあった末に結論を一致させ、授業から取り残された評論文へかなりの高評価をくだした。位置づけが定まってからもしばらく、両者は文章の展開や段落による視点の切り替えなどについて更に詳しく分析を進め、ますますその評価を磐石にしてゆく。
 教科書に記されたほんの一角は、筆者が全くあずかり知らないところで、栄冠のない名声をますます高めていった。

 その後も盛んに熱意のこもった論評がなされ、ようやっと文章の精査が一段落したところで、ふと思い出したようにぶーちゃんIIが話題を少し前へ戻す。
「さっき言ってた、シナプスを途切れないようにする方法だけれど」
「ああ」
 再び教科書へ顔を向け、内容を反芻するのに意識を取られて、どこか気のない声を少年は返す。
「ずっと考え続けるのって、疲れるんじゃあないの」
「考えることは嫌いじゃないさ」
 僅かに体を斜めにし、小首を傾げるように見上げてくるぶーちゃんIIへ視線を戻すと、墨人はうっすら目を細めて応じる。
 こぶたの問いは子供の考えを否定したり諌めたりするのではなく、ごく素直な好奇心に動かされ、また同時に相手へ対するいたわりを含んで出た発言なのを聡明な少年は察する。だからこそ、その気遣いが墨人には何だか、こそばゆいような嬉しさをおぼえさせた。相手を理解し、受けいれ、慈しんだ上での言葉なのだから。
 揺るぎない誠実さを根として放たれた素朴な質問へ、墨人も誠実に答えようとする。授業中に読むことで生じ、ずっと胸に温め続けていたものを明かした。
「確かに僕は、まだしがない小学生だよ。でも、そんな僕らの年代に向けて書かれたひょうろんぶんを読んで、考えて、思索した結果。そこへ辿りついたんだ」
「うん」
「たくさん、考えた。頭の中でりろん立てて、色んな可能性をこうりょして、裏づけもして」
「うん」
「そして僕はじゅうぶん、このじっけんは試してみるべきだと、けつろんづけた」
 一言、一言。長く深い沈思黙考の末に捕まえた持論を力強く述べながら、墨人は確固たる決意を宿した眼差しで、真っ直ぐにぶーちゃんIIへ向きあう。その態度は真摯そのもので、幼いながらも熱意と誠意をもって探求の心を抱く研究者がそこにいた。そうして、静かに耳を傾け続けるこぶたもまた、信頼に足る支援者だった。
 どちらにも、権力や後ろ盾など一切ないけれど、お互いが宿している誠実さと探求の心は確かだった。
「シナプスが強固につながれ、それにより、ニューロンのずっしり残っている人間が、いったいどうなるのか」
「壮大な実験だね」
 未知に溢れた、秒針の先にある世界を思い、重厚な口調で告げる墨人にすかさずぶーちゃんIIが応じると、未来の学者候補は不敵に笑ってみせた。
「続けてみるさ」
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