とまり木 常盤木 ごゆるりと
ひねもすのたのた
次の弾丸もそろそろ尽きて
延長戦もひとまず終わり、一息つきたいところですけれど……。
もう目の前には開拓を待つ惑星ミラが。
ああ。嬉しいような空恐ろしいような。
ドール編紹介動画も見ましたけれど、あの広大さ一体どうしたら。
わたし前作ひたすらプレイして結局クリアに月単位かかりましたよ。
今回。今回こんなの。
……三ヶ月、いや、下手したら、半年コースでしょうか……。
お話を読みたいのです。モノリスさんの、監督のお話。
読みごたえのあるお話は、望むところではありますが。
なかなか辿り着けないであろう最後のページを思って、今から恐々。
モノリスさんによる四月蹂躙戦、最後の爆撃まであと少し。
それはつまり、わたしのさにわライフの残り時間でもあります。
友人からは「片手間にできるものだから兼業できるよ!」と。
言われてはいますが、いやいや、なかなか。
だってミラのあのしゃれにならない広大さは生半可なものでは。
とても他のゲームもしながらなんて、できそうに。
まあ、これは蓋を開けなければ分からないでしょうか。
ぜのぶくろは楽しみですが、刀だってそれなりに楽しんでいるのです。
むしろこの四月の末まで、本当によく支えてくれました。
感謝感謝です。できたらまた、お話も書きたいくらいです。
しかしこれから余裕がどうなるものやらさっぱり未知数です。
明日には詳細の分かる、謎のバンナムさんのサイトといい……。
内心でおろおろしつつ、四十四個目です。
やや暗いお話ですので、苦手な方は回れ右をおすすめします。
『地の夕星に瞼はない』
裸電球の点けられた部屋へよろめきながら入ってきた体が、どう、と音を立てて崩れ落ちる。疲れ果てた青年を受け止める布団は極めて薄く、こうも全力で倒れ伏しては、かえって打ち身をこしらえてしまいそうなほどだった。だというのに、青年は体を厭おうとする気配を全く見せなかった。
顔は土気色をしており、うつ伏せの肢体はぐったりと投げ捨てられたようで、切実に泥のような眠りを貪りたがっていると分かる。昏々として夢も見ず、完全に意識を手放してしまうことこそが、青年にとっての救いだった。
星明かりの欠片すら宿さない、真っ暗なヘドロじみた眠りへ赴こうとした青年の、たこだらけでかさついた手に柔らかなものが触れた。
長くおぼえのなかった感触に、驚愕のあまり思わず見開かれた双眸へ、生気が蘇った。
身を起こす気力さえ残っていない青年は、体をぎこちなく転がらせることで、どうにか横たわる体勢をとった。そうしてようやく正面に捉えることができた円い友人の姿に、子供っぽく相好を崩した。
「やあ。これは嬉しい来客だ」
久し振りに言葉らしい言葉を発したような、かすれた声だった。けれど頬のこけた青年の笑みは輝くばかりに明るく、やつれきった肉体と相俟って、痛ましさが際立つ。
あらん限りの親愛をこめて、青年は息を吐く。
「こんな夜更けに、明星を見るようだ」
幼い頃からよく知る、ふわふわとした格別の触り心地を誇るこぶたへ、今の青年は手を伸ばすこともできない。全身が鉛を注ぎこまれたような疲労感に苛まれ、僅かに腕を掲げることも難しい青年が捧げられるのは、零れんばかりの歓待をこめた微笑と言葉だけだった。
すりきれた黄色い毛並みの金星は、おかしな形で強張ったままの指先をいたわるように、そっと鼻を寄せた。
睡魔と攻防を繰り広げる必要もなく、無条件降伏に眠りへ落ちようとしていたとは思えないほど、青年は瞳を爛々と輝かせてはしゃぐ。それだけ、数年越しに顔を見ることができた円い旧友の訪問に、昂揚していた。
「明るいうちは引越しの作業員、暗くなったら飲食店の厨房で……はは、夜通し野菜を切り続けてたものだから、指がすっかり固まってしまった」
包丁の柄を持つ形のまま、布団に放り出されている荒れ果てた手へ、なおもぶーちゃんIIは擦り寄る。せっかく現れたというのに挨拶もせず、幾つもの傷が走る指をさすり続けるのに、青年は微苦笑を浮かべる。
「ありがとう、痛くはないんだよ。痛みがあるとしても、何だか色々と麻痺してしまって、もう分からないや」
漏れる笑い声はどこか干からびており、こぶたの来訪によってもたらされた精気が、その乾きに拭い去られてゆく。嬉々とした様子でぶーちゃんIIへ近況を語っていた口も、次第に本来そこへあった重さに引き戻される。青年は伏し目がちになると、こぶたから視線を外した。
「……体も、心も、削られるみたいで、段々と追い詰められてゆくよ。つらい仕事だ。合わない、とは分かっている」
「うん」
「でも、やるしかない。それ以外に道はない」
「どうして」
「僕は、やり直すには、年をとり過ぎた」
ようやく成立した会話が喜ばしいのか、青年は急に視線を上げると、こぶたへ向かい満面の笑みを浮かべた。
「僕など誰も要らないと、僕自身が一等よく知っているから」
自虐ではなく、単に事実として受け止めているらしい青年の表情に、皮肉の影はない。だからこそ、その態度が酷く悲愴に映ることへ、本人は微塵も気づいていなかった。
「これは夢の報い」
ざらつく喉で、歌うように青年は告げる。
「才もないのに、夢を見てしまった。夢を追ってしまった。けれど、叶わなかった」
語りながら、緩やかに目を瞑る。口元にたたえた微笑はそのままに、ずっしりとした瞼を重力に任せ、かさぶたとなった痛みについて説明してゆく。
「当たり前だけれど、努力はしたよ。うんとした。それでも、駄目なものは駄目だった。きっと、撒き散らした血反吐が足りなかったんだね。凡人のくせに、身の程をわきまえないから」
骨折りの回数や積んだ修練を随分と血なまぐさいものに例えながらも、青年の面持ちは朗らかだった。爽やかさすら伴って自身を貶めるさまは、頬から血の気が失せていなければ、またはそこから肉が落ちていなければ、幸福に満ち足りて見えるやもしれないほどだった。
のろのろと重たげに瞼を押し上げると、再びぶーちゃんIIを視界に入れて顔を見あわせ、笑みを深める。
「北極星を見失った僕は、もう目的地へ辿り着けない。けれど今夜、麗しの明星に会えた。だから、それで、良い」
「本当に?」
相槌ではなく、明確な意志を持って投げかけられたこぶたの問いすら、明るい厭世に全身を浸す青年には快いようだった。ますます目を細めて、はっきりと応じる。
「世界にある幸福の数は、限られている。全ての人が望みを叶えることはできない。僕は椅子取りゲームに負けたんだ、なら仕方のないことさ。ああ、でも別に席を勝ち得た人たちへ、妬みや嫉みといった感情は持っていないよ。いくら僕でも、そこまで愚かでは。戦って、争って、勝利を掴んだ人たちは、そこへ到るだけの努力を重ねている。だからこその栄光だ。讃えこそすれ、憎む道理はない」
緩やかに坂道を転がり落ちてゆくように、語調を早めてゆく。相手が更なる問いを発せないように、空隙を自身の言葉で埋め立てるさまは、より深くまで追求されることを、恐れているようだった。
「生きることを、前向きに諦めただけだよ」
「なら、どうして僕を呼んだの?」
鋭く飛びこんできたぶーちゃんIIの言葉に、ぬるま湯の中で凪いでいた青年の双眸が凍てつく。そうして青年はようやっと、自身が身を委ねているのは流氷に取り囲まれた極寒の海であり、指先はおろか体の芯から冷えきっていることを思い出した。麻痺してしまった、と述べたのはある意味で正しく、気づかないように自ら蓋をしただけで、分厚い氷の下には溶岩が今も煮えている。
熱と氷が接して、心臓が軋む。両極端な温度が混じりあうことで、押しこめていた記憶や感情も掘り起こされ、青年は混濁の渦へと落ちてゆく。
「く、う」
いつの間にか食い縛っていた歯列の隙間から、呻きが漏れ出る。滲むのは声だけではなく、瞳の表面をうっすらと覆い始める潤いについても言えた。
穏やかな諦観に満ちていた顔が大きく歪み、目元や口の端、眉の間や顎なども皺くちゃになる。やがて瞳の貯水量が限界へ到り、幾粒もの熱い涙が鼻梁を越えて頬を伝い、薄汚れたシーツへ消えてゆく。火と氷の戦いは、前者に軍配が上がったさまを、ぶーちゃんIIは真っ直ぐに見つめる。そうして、眼前で荒れ狂う感情に翻弄されている青年の更に側へ、無言のまま転がり寄る。
吐いた息が届くほどの場所から見上げてくる、小柄な球形の姿に、青年はまた顔をぐしゃりと乱す。強張った腕をこぶたへ向けて伸ばそうと、震える指先がシーツを這う。
「ぼく、は」
嗚咽を押しこめた弱々しい声の前で、黄色い毛並みの金星は、深遠宇宙じみた黒いビーズの瞳を瞬かない。ただ、輝かせる。
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