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とまり木 常盤木 ごゆるりと

ひねもすのたのた

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『銘を、常の愛逢月と』


さあ、これから、やることが増えてしまいました。
今までのようなペースでお話を書くことが、恐らくできません。


なのでたぶん、これが新規に書くものとしては、あげおさめの打ち上げ花火?
ジャンルが刀なのはどうかと我ながら思います。
まあ、タイミングということで……。
どうにか時間ができたとしても、四月末からはいわずもがなモノリスさん蹂躙戦。
余程上手に、空き時間を有効活用しなければ……。

ほんと、ずっと言うてますが、モノリスさんの四月発売布告で取り乱しまして。
酷く、ひどく取り乱しまして。
どうにか安定へ持ちこんでくれたのは刀のお陰です。
刀剣のみんな、ありがとう。細川組が大好きです。
お礼というわけではありませんが、いっぱい献立用意しました。
たくさん、おいしいものを食べてくださいな。
どうか、いっぱい、めしあがれ!







献立一:きゅうりの酢の物

 朝餉の後、不満げな顔つきで主のもとへ足を向けた蜂須賀虎徹が、彼女の前で膝を折ってから具申する。
「今朝の酢の物に、きゅうりやわかめと共に入っていた『カニかま』なるものに納得がいかない」
 真面目そのものの顔つきで告げられた内容に、近くで食後の茶を飲んでいた大倶利伽羅がむせた。片づけ中だった燭台切が慌てて背中をさすってやるものの、伊達男の口元は笑いをこらえてでもいるのか、ややひきつっていた。
 すぐ側で巻き起こっている事件のような事故のようなものには気づかないまま、蜂須賀家の打刀はなおも続ける。曰く、カニかまは、あくまでカニに似せて作られたものであること。海の幸そのものではなく練り物であること。つまるところ、平たくいえば贋作にあたること。
「カニかまはカニを名乗るべきではないと思う」
 いかにもぷんすこと、秀麗な眉をひそめてまでカニかまを糾弾する後ろで、山姥切国広がびくりと身を強張らせた。

 仲間の刀剣が動揺する気配は察せたのか、蜂須賀は振り返ると「君は見事なカニじゃないか」と柔らかな表情で目を細めた。



献立二:夢見るお碗に山盛りご飯

 人の身を得て間もなく新たな主へ伺候した後、室を下がった蜻蛉切は、どこか戸惑った様子だった。大きな体で廊下に佇み、何事か考えこむさまに、同じ槍のよしみに古くからのえにしもあって、御手杵がどうしたのかと声をかける。
 するといかにも武人然とした面に、拭い去れない困惑を浮かべたまま、蜻蛉切は漏らす。
「先程、こちらの主へ初めてお目見えした際、非常に目を輝かせておいでだったのだが。何故か」
「あー、俺も初対面そんなだった」
 自身の経験と照らしあわせて、御手杵は頷く。けれどそれで蜻蛉切の抱いた疑問が晴れることもなく、長身の槍が二本、揃って首を捻っていると涼やかな足袋の音が近づいてくる。
 手に、落雁と点てたばかりの薄茶が載った盆を持つ歌仙が、主の書院前で悩める名槍たちにさらりと告げる。
「きみたちの骨柄を見て『食事の作りがいがありそうだ』と闘志を燃やされただけだよ」
 厨の仕事がお好きだからね、と勝手知ったる近侍の言葉に、全ての謎は雲よ霧よと散り消えた。



献立三:にんじんは甘いもの、ししとうは苦く時に辛いもの

 幼いものや食べ盛りのものが多いためか、夕餉の席はいつも活気に溢れている。しかしそんな、共に暮らす皆が賑やかしく膳を前にしている最中でも、長谷部は凛と背筋を伸ばして進言する。
「主。好き嫌いをたしなめるのは、しつけとして大変素晴らしいことではありますが、『沢山食べなければ、立派な大太刀にはなれない』と仰せられても、短刀が大太刀になるのは無理かと」
 苦手なものを、どうにか箸でつまむところまでは辿り着いたものの、眼前でにらめっこするばかりの五虎退や今剣を彼女はそう諭していた。しかし可か不可かでいえば明らかに後者であると判断した長谷部が指摘するも、主は自信たっぷりの表情で掌を上向けると、何かを指し示す。
 促されるままに視線をやった先に、頬を栗鼠のように膨らませて食膳をもりもりと平らげる蛍丸の姿を認め、長谷部は苦笑しながら頭を垂れた。



献立四:それは枡から溢れるほどの

 遠征も内番も予定がなく、留守居を任されのんびりと本丸の縁側を歩いていた薬研藤四郎は、ふと厨のほうから何かが聞こえるのに気づくと足を止める。耳を澄まして微かな糸のようなその音を辿り、やがて正体を見抜く。
「えらくご機嫌だな大将、鼻歌なんぞ口ずさんで」
 問いかけのような、驚きを含んだ感想のような、一言だった。けれど大人びた短刀はひとりごちたわけではなく、庭のほうからやってきた、髪に蝶々結びを揺らす打刀に顔を向けて発していた。
 畑から収穫したばかりなのだろう、青物のたっぷり盛られた籠を両手で持って戻ってきた歌仙が、沓脱石に足をかけながら答える。
「ここも大所帯になったろう。今日、初めて一度に炊く米が一升を越えたんだ」
 がらんとした室内に、最初は一人と一振りしかいなかった。その広さから、かえって寒々しささえ感じられた本丸だったというのに、今や昼間に幼い短刀たちの笑い声が響かない日はない。ゆっくりながらも確実に、住まうものたちの数を増してゆく刀剣たちの家は、耳でも目でもその賑わいを実感できた。
 本丸の主は、米を研ぐその手で、指で、感じとった。
「それが嬉しくてならないと」
 二振りが目元を緩めて視線を向ける先の厨からは、たまに音を外した調べが、絶えもしないで奏でられ続ける。



献立五:元をただせば確かにご飯

 次回の遠征に派遣する部隊はどのような陣立てにすべきか、刀剣の中から誰を任命すべきかと、縁側に腰掛け首を捻る主がそう漏らすと、近くからあでやかな影が躍り出る。
「はいはーいっ! アタシ! アタシが行きまーっす!!」
 紅を差さずとも十二分な華やかさで、次郎太刀は目を輝かせ、勢い良く手を上げながら主へずいと膝を進める。大柄な体躯ながら、あけっぴろげな明るさと親しみやすさのため、相手に威圧感を与えることはない。今も、ねえねえ、どうどう? と闊達な笑みを絶やすことなく自身を売りこみながら、主と楽しげに言葉を交わしている。
 そのさまを広間から眺めるでなく眺めていた石切丸が、湯呑みを手にしたまま目を細めると、共に茶を飲んでいる歌仙へ言う。
「次郎太刀は随分と熱心だね。次は確か、新たな戦場への長征だったはずだ。何が起こるか分からない、未知なる地だというのに、怖じもせず率先して志願するとは。感心なことだ」
「遠征組は帰還後の夕餉に、晩酌が一本つくだろう」
「ああ。私も頂いたことがある」
「遠征先が新たな戦場であった場合、それが三本になるんだよ」
「成る程、目当てはそれか」
 眉一つ動かさず、酒豪の大太刀が胸に秘めた野望をぴたりと見抜き、歌仙は涼しい顔で湯呑みを傾ける。誉の一献を巡る、目にはさやかに映らない攻防を解説されて、石切丸は顔をほころばせた。
 打刀と大太刀が見守る先で、一人と一振りはまだ、弓矢の話へ和やかに花を咲かせている。



献立六:くるみおかか

 月が曇ろうと花が散ろうと、ならば闇を観ながらでも酒を楽しみそうな次郎太刀が、縁側で食後の一杯を傾ける。大きく長い指の中では、おもちゃにしか見えない小さなおちょこを器用につまんで唇に寄せていると、ふと視界の端にとある後姿を捉えた。ふらふらと、どこか力なく歩み去ってゆく山姥切国広の背中を、次郎太刀は杯を舐めつつ見送る。
「今夜は一段とまた沈んでるねえ」
 物音を立てないまま、こちらへ近づいてくる微かな気配に向けて、大太刀は何気なく呟く。やってきた小夜左文字は急に投げかけられた話題にも動じることなく、大太刀の傍らに端座すると、「肴に」と厨の主から託されたくるみおかかの皿を差し出す。
「さっきの夕餉で、主におかわりしようとした時、うっかり『おかあさん』って呼んじゃったんだ」
「おやおや」
 礼をこめて短刀に軽く掲げてみせてから、削り節と甘辛く和えられたくるみを一粒、ひょいと口へ放りこむ。間違って発してしまった山姥切の動揺や、周囲で耳にした面々の心情も容易に想像がついたことと、口内で広がるやや甘さが勝つ木の実の香ばしさに、大太刀はあだっぽく相好を崩す。
 席が離れているため気づかなかった、ささやかな出来事を知らされて、こりぽりと小気味良い音を響かせながら次郎太刀は漏らす。
「アタシもやらかしたことあるねえ。主も慣れたもんで、笑ってはいはい言ってたっけ」
「皆、一度は間違えるよね……呼び方は色々だけど」
「あはは。『母上様』とか『お方様』、『母者』に『おたあさま』に『北の方』だっけ? 呼び方にも皆それぞれの特徴が出て、面白いもんだ」
 これまで耳にしてきた呼称のあれこれを、のんびりと指折り数えるように思い出す。他愛のない会話をしながら小夜にも皿を勧めると相手は特にためらわず、すんなり手を伸ばして、くるみおかかを口に運ぶ。ぽりん、と一際清々しい音が響くと同時に、表情を柔らかく和ませる小夜を見ながら、次郎太刀は笑みを深める。
 敢えて少し甘めに、幼いものの口にも合うよう拵えられた酒肴に主のねぎらいを見て、次郎太刀は機嫌良くまた一杯傾けた。
「誰もが通る道だから、気になんてしなきゃ良いのにさ」
「なら、言ってやりなよ、それ」
 くるみを頬張りながら見上げてくる小夜の提案に、それもそうかと、次郎太刀は膝を打つ。縁側から去っていったとはいえ、山姥切のあの重たげな足取りからして、まださして遠くは離れていない。捕まえ、引っ張ってくるのは可能なはずだった。
 そう思うと、このささやかな宴がまた面白みを増す気がして、酒精も手伝う楽しげな昂揚感に、次郎太刀はにいっと悪戯っぽく笑って腰を上げる。
「おちょこ、もう一つ貰ってくるよ」
 意を察した聡い短刀が立ち上がろうとするのに、裾をからげて準備をしながら大太刀は歌うように告げる。
「小夜、杯だけじゃなく、うちの御台所様も一緒に連れといで!」
 きゃっほー! と陽気にはずむ鬨がつくられ、賑やかしく駆ける音が廊下を揺らしたかと思うと、ほどなく誰かの叫びと笑い声がまざりあって響いた。世にも複雑な吶喊を耳にし、小夜はほのかに笑みを浮かべながら席を立った。



献立七:春の野山のご馳走

 元の主によく似た気質を受け継いだ、料理上手の二振りが、厨で夕餉の下拵えをしている。そんな中、燭台切光忠は何気なく手にした食材にあることを思い出し、隣の歌仙へ顔を向けた。
「そういえばこの間、主がつくしを前に真面目な顔で『つくしと御手杵は似ていると思う』と呟いていたね」
 ある日のこと。外で遊んできた短刀たちが籠にどっさりつんできた、思わぬ素敵な味覚を佃煮にするため、はかまを取っていた。数が多ければ多いほど、準備に手間のかかる食材ではあるものの、主はその手間さえ喜ぶ。しかし延々と向きあううち、その細長い姿が長身の槍に重なって見えたらしい。
 なかなか的確な表現へ、咄嗟に噴き出しそうだったのを、伊達男は必死にこらえたものだった。
「岩融はたけのこだそうだよ」
 その時も同じく隣で聞いていたはずの歌仙は、包丁を手にしたまま動揺することもなく、軽快な音をまな板に響かせながら、また新たな旬の食材を挙げてくる。まさか季節のものが本丸に二口も揃っているとは予想の外で、とうとう燭台切は小さく噴き出すと、左目をいっぱいに細めて破顔した。
「後は、たらの芽、辺りかな?」
「ああ、いいね。何とも美味な一品だ、是非欲しいところだよ」
「主なら、誰だと言うだろうか」
 これまでの法則を踏まえ、考えこむと、歌仙の手が止まった。
「……蜻蛉切かな」
 どこか重々しく発された候補の名に、燭台切は高らかに声を立てて笑った。
 やんでいたまな板の音が緩やかに戻り、また小気味良く奏でられる。のんびりと続いてゆく日々の移り変わりを、厨という場で強く実感しながら、隻眼の太刀は深い感嘆をこめて呟いた。
「春だねえ」
「春だね」
 落ち着いた手つきで包丁を振るう歌仙の目元が、柔らかく和んだ。

 この後しばらく、野遊びという名の狩りを短刀たちが行うたび。厨の二振りや主から「御手杵はほどほどに、岩融をみつけたら引率の大きな誰かに知らせること、一番の狙いは蜻蛉切!」という符牒が発せられ、偶然耳にしたものらを酷く困惑させた。



献立八:あまいあまい甘藍

 本丸の八つ時。待ってましたとばかり、きゃあわあと賑やかに集まってくる短刀たちへ甘味を振舞う主を眺めながら、手伝いをしていた燭台切は微苦笑を浮かべる。
「うーん。主、南蛮菓子に疎い子たちへ説明をしよう、という熱意は認めるけど、流石にしゅーくりーむを『軽焼きまんじゅう』と呼ぶのは無理があるんじゃないかな」
 未知の舌触りや甘さに目を丸くする幼いものらから、これは何かと口々に問われ、主は苦心の末にその名を絞り出した。しかし気持ちは分かるものの、表現としてどうなのだろうと、おとがいに緩く握った拳を当てて燭台切は首を傾げる。
 ところが、伊達家の太刀から寄せられた進言に、これは由緒ある呼称なのだと、彼女は力をこめて反論する。まさか前例があるとは思わず、すぐさま燭台切は素直に己の浅慮を詫びた。片手を胸に当て恭しく頭を垂れ「それは失敬を」と、どこか芝居がかって笑む隻眼の前へ、香ばしい狐色に輝く甘い菓子が笑みと共に差し出された。



献立九:きゅうりのぬか漬け

 普段通りの慣れた調子で、ぬか床から取り出したきゅうりをざっと洗い、手早く薄切りにしてから彼女は気づいた。現れたものに、はっと目を見開き、反射的に傍らの打刀を見上げると、へし切長谷部は薄く笑う。
「お気遣い、痛み入ります。ですが問題はありません、もう我らは、この紋に囚われておりませんゆえ」
 憂慮のような、いたわりのような眼差しが、言葉へ変わる前に主の意を読み、長谷部は先回りして問いに答えてしまう。そして返事も待たず、御免、と小さく呟き会釈してから、まな板のほうへ手を伸ばす。軽く口へ放りこまれた木瓜が、ぱきりと音を立てて砕けた。



献立十:白湯よりも濃く、乳よりも薄い

 厨で歌仙がたすきをかけ直していると、そこへ小夜が顔を出し、先程接したばかりの知らせを短く告げる。
「新しい仲間がきたよ」
「おや、主が米を研ぐ前で良かった」
 夕餉の準備へかかろうとする際に、とても重要となる報告をもたらしてくれたことへ、ありがとうと歌仙は穏やかに笑む。うん、と言葉少なに返す小夜だったけれど、すぐにその場を去ろうとはせず、土間へ続く上がりかまちへ腰かけると、そのまま落ち着いてしまう。
 てきぱきと立ち働く細川家の打刀へ、細川家の短刀はぽつりと呟く。
「最初は皆、重湯だもんね……」
「主の言う、『おなかがびっくりしないように』というやつさ」
 鋼の身から、人の身へ。転変したばかりの頃は、まだ肉の体に慣れていない。そのため本丸へやってきてから、最初に刀剣らが口にするものは、主が特別に用意する重湯と決められていた。かくいう歌仙も小夜も、今でこそ膳部を楽しみ喜び食することができるものの、食い初めは一様に重湯だった。
 ただ一振りのため料られる、はじまりの一口。その支度をするたびに、まるで赤子が増えるよう、と彼女が目を細めるさまを、厨の打刀と短刀は何となく思い出す。幾度となく見てきたように、また、繰り返すのだろうと。そして。
 すらっと駆けるように障子が桟を滑り、にこやかに笑みを刷いた審神者が、「米を!」と宣した。





『銘を、常の愛逢月と』

 「朝餉の後に、評定を」と。その晩、しゃもじを片手に彼女は笑った。心得ました、と薄く笑む近侍から、主の命は側仕えの任にあたるものたちへつつがなく伝えられた。そうして刀剣らは明日を待ち侘びる。
 各々、目に見えて分かりやすい形でも、分かりにくい形でも、同じように心を浮かせながら。


 はじめに、その室へ足を踏み入れたのは石切丸だった。引き開けた唐紙障子の向こうへ誰の姿も見えずとも、気にすることなく慣れた様子で歩を進める。
 評定を開くのなら広間でも使えば良いものを、一党が勢揃いするでなくほんの数振りだけが呼集される今朝のような折は、表書院がその場と決められていた。床柱の辺りを上座に、石切丸が己の席次へ腰を下ろしたところで、鴨居をひょいと潜り抜けるように姿を見せたのは和泉守兼定だった。若き兼定は劫を経た先客と、軽く挨拶を交わしてからその向かい側に陣取る。大太刀と太刀が他愛のない会話をしているうち、次にやってきたのは、ごく小柄な刀身で。
 細く覗いた襖の隙間から、ひょこりと中を見渡して、小夜左文字は緩やかに建具を開く。先の二振りからおはようと声をかけられ、控えめな音声ながらもはっきりおはようと返しながら、書院窓へやや小走りに近寄る。渋滞のない手つきで明かり障子を開け陽射しと微風を室内へ導くと、清らかに降り注がれる新緑の香気を浴びて、眩しさのためか僅かに目を細めた。しかしすぐさま、今度は主が書見などに用いる文机へ顔を向ける。昨日、自らの手で塵一つなく掃き清めた天板がそのままであることをざっと確認してから、やっと満足がいったように小さく頷く。
 主の身の回りを整える、という役目をこなすことが、すっかり板についた起居だった。表情にはさほど動きがないものの、明らかに生き生きと、無駄のない動きで立ち働く短刀のさまを、大太刀と太刀の二振りは、どこか微笑ましげに眺めていた。
 と。
 朝の日課を一通り終えて、石切丸の隣へ小夜が座ろうとした矢先だった。廊下から聞こえてくる二つの衣擦れに気づくや、聡い短刀は折りかけた膝を素早く伸ばし、閉ざされた襖へと急ぎ寄る。そのてきぱきとした足運びに対して、小夜は一切の音を立てなかった。
 すらりと引かれた唐紙の向こう、現れたのは口数分の湯呑みが載った盆を持つ歌仙兼定と、同じく口数分の菓子皿が載った盆を持つ、この本丸の審神者だった。
 主が手ずから刀剣らの前へ皿を置き、その後へ歌仙が湯呑みを添えてゆく。やがて、最後にやってきた一人と一振りが各々の席へおさまると、近侍筆頭たる歌仙が厳かに口を開いた。
「それではこれより、畑当番の苦情について、評定を始める」
 重々しく告げられた本日の議題に続けられたのは、一座の面々が綺麗に唱和させた「いただきます」の声だった。
 ほうじ茶の快い香ばしさと、青く澄んだ薫風が爽やかに室内を満たした。


「煎茶ではなくほうじ茶か、良い香りだ」
「今回の菓子は、黒砂糖を用いたものでね。素朴な味わいだから、こちらのほうが合うとのご判断だよ」
「昨日の晩、主と歌仙が作ってたのは、これなんだね……」
「ああ。良い葛が手に入ったんだ。中に隠されているものは、食べてからのお楽しみさ」
「ん。うまい。芋」
 本丸に能書家は多くあれど、中でも文字に霊力を乗せるほど卓越した技を持つ右筆の石切丸が、湯呑みを手に顔をほころばせれば、和泉守の隣に腰を落ち着けた近侍筆頭の歌仙が菓子の来歴を語る。一寸四方に切り分けられた菓子が二切れ鎮座する銘々皿を、顔の高さまで持ち上げた小姓の小夜左文字は、昨晩の夕餉が終わった後、一人と一振りが厨で何やらしていたのを思い出す。白磁の皿へ直接載せられた葛菓子は、うっすらと透けながらも黒砂糖のくすみを併せて帯び、その上へ薄く散らされた黄な粉によく映えている。まじまじと皿へ見入る小夜とは異なり、近侍と馬廻りを兼ねる和泉守は菓子を黒文字で一突きにし、とっくに口内へと軽く放り入れていた。
 彼ら四振りこそが現在、主の側近くに仕える近習衆。そして交わしている会話や態度からは非常に分かりづらくとも、これこそが評定だった。本丸に住まう刀剣たちの意見を広く集め、問題を解決すべく議論を重ねる。ただその傍らに、采配より幣よりしゃもじを持つことこそ喜ぶ審神者による、正式にお八つへ採用される前の新しい菓子が、添えられるだけだった。
 評定とは。近習らが心待ちにする、嬉しい、おいしい、お楽しみ。

 しずしずと黒文字を菓子に沈め半分に切り分けた歌仙は、改めて主渾身の作へ見入る。淡い暗さを宿す葛の断面に浮かぶ、親指の爪ほどの大きさへ整えられた甘藷の粒が、薄墨を流したような菓子の中でくっきりとした彩りを放つ。そのさまが夜空の月を想起させ、図が当たったことへ満足げに目を細める。上に撒かれた黄な粉も興趣を増させ、ああまるで金の瑞雲、と風雅を愛する打刀はますます笑みを深めた。
 ところがそんな、厨の誉に気をよくする歌仙の表情が、石切丸のしみじみとした言葉に、すっかり不機嫌へ傾いてしまう。
「しかし内番も色々ある中で、確かに畑仕事だけは、際立って不満が多いね」
 私のところにも誰かしらがよく愚痴を零しにくるよ、と右筆の大太刀は穏やかに笑う。一方の歌仙は正反対にむくれた様子で、甘藷と黒砂糖の葛菓子を無言のまま口へ運ぶ。けれど眉間に皺を寄せた、いかにも手強そうな仏頂面をしていようとも、食べた途端に舌の上で蕾がほどけるように広がってゆく、飾り気のない素直な甘さには抗えない。どうしたっておいしい一品に、つい頬は緩んでしまうものだから、いつまでもくさくさしていることなど到底できなかった。
 作り上げた主と、補佐をした自身の腕を内心で讃えながら、歌仙は銘々皿を手元から畳へ戻す。
「仕方ないだろう。僕だって嫌だ」
「おい近侍筆頭」
 主の前にも拘らず、妙に朗らかな面持ちのまま苦々しい胸中をあっさり明かす之定に、後代の兼定が思わず隣から呆れ声を上げる。
 同じ銘を持つとはいえ、時を隔てているためか、それとも元主の影響を強く受けているためか、近侍の兼定二振りはあまり似ていない。今も、折り目正しく端座する歌仙に対し、和泉守は無骨にあぐらをかいて、更には猫背気味にまでなっている。当初は「それが兼定のすることか」と、やることなすこと歌仙がどやしつけ、和泉守が反発し、賑やかにやりあったものだけれど現在はそれなりに落ち着いている。双方、妥協したともいえる。
 とはいえ歯に衣着せぬ近しさは持ちあわせている兄弟刀、弟が言外にこめる批難へ、兄は傲然と肩をそびやかす。
「厨の仕事は好きさ。膳へ恵みをもたらしてくれる畑のありがたさも、よく分かっている。それでも、嫌なものは嫌だ」
「近侍筆頭のアンタがそれを言ったら、示しがつかねえだろうが! つーか、そんならオレだって嫌だ!」
「ほらご覧、お互い様じゃないか!」
「まあまあ」
 いつものように仲良く言葉で切り結び始めた近侍らを、石切丸はやんわり諌めようとする。
「ただ、歌仙や和泉守も含めた、皆の料簡も分からないではないよ。我らは刀剣、弓箭の道を往くが本領だ。またここには、武働きを栄華の礎となした家に、鋼の身を置いたものも多い。譲れない矜持があるからこそ、鍬や鋤のように扱われるのを厭うのだろうね」
 微苦笑を浮かべながら述べていた石切丸が、向かいに並んで腰を据える兼定二振りに投げていた視線を、ちらりと上座へ移す。その先では、ここまで一言たりとも意見を明かしていない主が、紅ではなく微笑をうっすらと刷いた面のまま、のんびり菓子を味わっている。

 無言の主が口を開くのを待ち、知らず、言い争いを休戦に持ちこんだ近習らの前で、場の誰よりも落ち着いた声が漏れた。
「僕は……畑当番で、構わないよ。食べ物がなくなるのは、大変だから……」
 まだ一欠けも減った気配のない菓子を前に、ぽつりと小夜が呟くのに、返すものはなかった。特に、ある意味で我が侭なほど心中を曝け出していた打刀と太刀の二振りは、言うべきことを咄嗟に捕まえることができず、揃って口を噤んでしまう。
 その小さな刀身をもって、飢えの恐ろしさを痛いほど味わった短刀の言葉へ軽々しく向きあうようなものは、本丸の書院に居合わせない。しんと静まり返る室内へ柔らかく波紋を起こしたのは、すす、と畳の上で自身の皿を横へ滑らせた、主の指だった。
 藺草と磁器のこすれる微かな音の後、上座から小夜の前へ寄越された皿には、手つかずの菓子がまだ一切れ残されている。驚いて顔を上げた短刀が主を見やると、彼女は婉然と左文字の末弟へ微笑みかけている。言葉で示されてはおらずとも、その菓子は明らかに下賜されたものだった。
 小夜は、傍目には分かりづらいものの、狼狽した。別に先の発言は、菓子を強請ろうとしたわけではなく、ただ正直に裏表もなく言ったに過ぎない。まさか主が分け与えてくるなどとは思いもせず、困った小夜は思わず向かいに座る歌仙に視線で対処を乞う。戸惑いながら見やった先の近侍筆頭は、古くからの付きあいである小夜の困惑をきちんと察した上で、薄く笑んだままゆっくり首肯する。帰趨は定まり、小夜は微かに頷き返してから、決めた。
 幼い短刀は上座に向かって一礼し、主の銘々皿を拝領する。手にした黒文字をそろそろと動かし、薄墨の一品を小さく切り分け、まだややためらいながらも口元へ導く。そして、はく、と菓子を含んだ途端。普段から感情に乏しい小夜の瞳が大きく見開かれ、綺羅星を宿したように輝いたかと思うと、頬へ大輪の牡丹めいた彩りが鮮やかに差す。言葉以外の方法で、甘い菓子への喜びをありありと表す短刀のさまに、一人と三振りは揃って目元を和ませた。

 これ以上ないというほど、甘い嬉しさを溢れさせては噛み締める様子を目の当たりにすれば、なら我もと思ってしまうのが情というもの。小夜につられる形で、他の面々もそれぞれに手持ちの黒文字を動かし、同じように菓子の賞味を始める。
 こうなると。舌鼓を打つうちに、近習らの気持ちがややこしい議題から、ついつい菓子の品評へと移ってしまうのも無理はないことだった。 
「これよぉ、美味いけど、もっと芋の多いほうが良くねえか?」
「何を無粋なことを。夜空の月に見立てているんだ、一切れにつき、甘藷が一粒となるようにね。水鏡でもあるまいに、月を増やしてどうするつもりだい」
「なら、星ではどうかな。もっと小さく賽の目にしたものを沢山、全体に撒いて、その中に一つだけ大きなものをまぜてみては」
「大きな甘藷が、月になるんだね……切り分けられたのを食べようとして、中に月が入ってたら、当たりになるみたいだ」
「おっ、菓子くじってか? そんじゃ、当たったやつはもう一切れだな!」
「その発想は雅じゃない! しかし、星というのは悪くないかな。天の川のようだ」
「うーん。そうなると、黄な粉の雲を散らすのに、何だか覚悟が要るね」
「牽牛と織女、会えなくなっちゃう……?」
 どんどんと石が転がり落ちるように話がそれ、やがて兼定二振りの遣り取りは、菓子を載せる皿の趣味についての剣突へ到ってしまう。今朝の菓子皿は特に歌仙が悩んで選び抜いたものであるため、審美眼にけちをつけられて細川の打刀が黙っているはずもない。やれ備前では粗すぎるだの、漆器にするでも朱では目にうるさいし黒では菓子自体と馴染んでしまうだの、持論をとうとうと語る歌仙に、和泉守は漆器の時は下に敷く懐紙が邪魔だとまたつつく。鍔ぜりあいじみて向きあう近侍たちをよそに、石切丸と小夜はほくほくと幸せに満ち足りたさまで菓子を頬張る。主の左右に控える刀剣らの態度は、実に対照的なものだった。
 遂に鍔から刃へ戦いが移り、そろそろ火花を散らして収拾がつかなくなりそうになったその時、は、と小さく息が漏れた。様々な形で菓子を論じていた一同が揃って見やる先で、ほうじ茶を喫し終わった主が、湯呑みの底をたなごころから茶托に移す。陶器と木の触れる、こつ、という微かな音が響いた後、歌仙は静かに主を伺う。
「何か……策が?」
 近侍として長く側にあった勘から、主の態度に確固たる自信を読み取り、そっと訊ねる。近習らが強く視線を注ぐ前で、彼女は莞爾と、唇を微笑みの弓に引いた。


 後日、広間に集められた全ての刀剣たちへ、畑当番について新たな触れが申し渡された。主の命を歌仙が読み上げるうち場は波立つようにざわめき、散会となった途端、多くの刀剣が我先にと審神者のもとへ駆け寄った。特に幼い短刀らは、ゆっくりと腰を上げた主を取り囲むと、熱烈な願いをこめて口々にさえずる。
「オレが一番っ! 今日の畑当番ならオレがするぜっ!」
「いいえ、あるじさま、ぼくにまかせてください!」
「大将、ここはやっぱりオレだろ!?」
「あ、あのっ、主様、僕も、畑がいいです……!」
 希望が聞き届けられるまでは逃がすまいと、前後左右にぐるりとまとわりついて足止めする短刀たちを、主は邪険にすることもない。楽しげに目を細めては相槌を打ち、時折小さくその意気を褒めてやったりしている。
 しかし今にもねえねえと袖を引いてまでねだり始めかねないさまに、業を煮やした長谷部が割って入りかけたところで、からからと笑う次郎太刀が「そんじゃあ、あみだくじで決めれば良いじゃないか!」と提案するや、座の面々はいきおい紙だ筆だと騒ぎだす。歌仙が懐から矢立を提供すれば、どこからか巻紙も担ぎこまれ、それらは自然と右筆に託された。石切丸がすらすらと紙へ線を走らせると、短刀だけでなく脇差や打刀、太刀に大太刀、薙刀や槍までもが我も我もと畑当番を懇願し、引かれる線の数は増えるばかりだった。
 賑わいの絶えない広間を後にし、近侍二振りで縁側を並んで歩きながら、和泉守は改めて感心しきりに唸る。
「たった一つっきり。畑当番に新しい条件を付け加えるだけで、ああも効果てきめんだとはねぇ」
「まったく恐れ入るよ」
 ほんの一行か二行、約束事を書き足したに過ぎない。それだけで刀剣らは一斉に目の色を変え、少し前までさんざに疎んでいた畑仕事へ腕をまくり、こぞって躍りかかろうとする。先の不人気ぶりからは考えられないことだった。
 主の謀は本丸のありさまを、くるりと軽やかに、逆しまへ引っ繰り返してしまった。
「僕たちに、あのような機略は思いつかなかったろう」
 静かなる驚天動地の巷となった広間のさまを思い出し、和泉守はくつくつと笑い、ついさっき歌仙が告げたばかりの触れを詠じる。
「『本日より、内番における畑仕事の任を負うもの』」
 妙に芝居がかって、また少し歌仙の口振りを真似てさえみせて笑いかけてくる後の兼定へ、之定は皮肉ではなく薄く笑う。表情を和らげて後を引き取り、朗々と続けた。
「『同日の夕餉について、所望の献立を主へ献策する免を有す』」
 言い終えて、少しの間を置いて。同じ呼吸で足を止め、それぞれ隣の兼定と横目で視線を合わせるや、とうとう二振りは揃って軽く噴き出した。
 喉の奥で低く笑う和泉守に対し、歌仙はくすくすという声を漏らしながら、微苦笑まじりに天井を仰ぐ。眉尻を下げながらも、その音吐はどこか嬉しげだった。
「胃の腑を握られていては、手も足も出るまいよ!」
 腹を空かせた男士にとって、何よりの恩賞を約した主の鮮やかな手並みに、近侍らは感嘆とおかしみを隠そうともしない。雑草やら虫やらと激戦を繰り広げ、土埃を帯びて帰ってくる刀剣たちへ、彼女はきっと「お手柄」と笑うのだろう。
 泥へまみれた身に授けられる誉は今日から、戦場のものにも厨のものにも負けず劣らず、輝かしいものとなった。

 おいしい、嬉しい。それは楽しい。人の身を得た刀剣らが、主の振舞う数々の膳部から得た理だった。三度のものだけでなく、お八つ、酒肴、更には遠征時の糧食まで、ありとあらゆるおいしさを彼女はその手でもたらした。
 喜びの源泉ともいえるそんなものを、つまりは自分が好んで望んでたまらない献立を、畑当番をこなしたならば主へ指定できるというのだから。本丸に住まう刀剣たちが、ある程度の差はあるものの、揃って色めきたつのは当たり前のことといえる。普段ならば畑当番に全く乗り気でない和泉守でさえ、件のあみだに勇んで参加していることからも、掲げられた褒美の輝かしくも魅惑的な効果は明らかだった。
 いつの間にか廊下での立ち話になってしまいつつも、そこから遠望できる話題の畑を眺めながら、兼定二振りは歩みだそうとしない。そして先程まで浮かべていた笑みをすうと拭い去るや、やや面を厳しくした歌仙が呟く。
「皆があまり我が侭を言って、主を困らせなければ良いが。しばらくはどうなることやら、油断ができないな」
 下拵えや、食材の確保にだって時間がかかるのだから、と厨に立つ側から憂いをぶつぶつ口にするのに、和泉守は悪戯小僧じみてにやりと片方の口角を上げる。
「へーぇ? さっきのあみだには、アンタの名前も入ってたけどなあ?」
「おや、何か問題でも? 主の手間も考えず、誰かが無茶な献立を言い出す前に防ごうと試みるなら、僕自身が指定すれば良い。そのための参加さ。近侍筆頭として、不自然なところなどないと思うけれどね」
 からかいじみて水を向けても、その程度の挑発など疾うから見抜いていたのか、歌仙は涼しげな目元をぴくりとも動かさない。向けた水は立て板に流され、平然と返してくる歌仙のさまへ、和泉守はつまらなさそうに肩をすくめた。
「へーへー、お役目熱心なことで。んじゃあ、そんな近侍筆頭殿がご所望の献立ってのは? 精進? それとも懐石か?」
 普段から情致だの風流だのと美意識についてこだわりの強い歌仙のこと、さぞかし趣ある一品を求めるのだろうと、何気なく和泉守は訊ねる。ところが、こんな些細な問いかけに対する答えは、なかなか返ってこなかった。
 妙にぽっかりと空いた無言の時を訝しく思い、太刀である和泉守より上背の低い打刀を見下ろすと、相手はどういうわけだか目を泳がせている。時には和泉守から見て、腹が立つほど取り澄ましている顔つきを、今はいかにも居心地の悪そうなふくれっ面にしてしまっていた。虚を衝かれて目を丸くする若き兼定の前で、之定が一振りはへの字に引き結ばれていた唇を、不本意そうにそろそろと開いた。
「…………鴨南蛮」
 たった六音の名を、この上なく言いにくそうに歌仙が告げると、一瞬の間があった。けれどやはり、一瞬は一瞬で。
 危なっかしい均衡の上に成り立っていた静寂はすぐさま破られ、廊下に和泉守の大笑がはじけた。本丸を抜け、畑を越えて、時の彼方にある戦場までも届きそうに、高らかな笑い声だった。

 乱世に身を置きながらも、文武に美まで併せ持っていた驍将の腰にあり、贅を凝らした文字通りの馳走にも慣れ親しんでいただろう歌仙の望みは、実に庶民的なものだった。少なくとも、和泉守にはそう思えてならなかった。
 ごく大衆的なそば屋なりうどん屋なりで、必ず目にする品書き。ただし居並ぶ献立の中において、普段よりやや羽振り良く、少し背伸びするような気分で言いつけるような名を歌仙は口にした。大名家の饗応とは天地ほどの差がある一杯の汁物を、嫌いで嫌いでたまらない畑仕事の褒美に近侍筆頭が求める。その対比が、和泉守にはおもしろおかしくてたまらなかった。
 腹を抱えて呵々と大口を開けていても、息が苦しくなるほど激しい笑いの衝動に、最早ろくに言葉も発せられない。ひたすら笑うばかりの和泉守に、最初はぽかんと呆気にとられていた歌仙も、そもそも元主によく似た癇の強さ、即座に眉を吊り上げると頬をやや朱に染めて怒鳴りつける。けれど和泉守の笑いはおさまらず、とうとう目尻にうっすら涙が滲むほどになり、それに気づいた歌仙が更に毛を逆立てそうになったところへ、澄んだ声が響き渡った。
「兼さあぁーん! 当たったよおおおぉぉ!!」
 広間からまろび出るようにして廊下を駆けてくる堀川国広が、手を振りながら喜々として叫ぶのに、同時に脇差を見やった兼定二振りは期せずしてあみだの結果を知った。
「マジか!? でかした国広ぉ!!」
 数々の競争相手を蹴り落とし、遂に勝ち得た泥と栄誉の道に、そして説教を回避できる絶好の口実に、和泉守は拳を握り締めると相棒のほうへ勢い良く走りだす。その途中で足も止めずに、くるりと歌仙へ振り返ると、大きな子供じみて快活に笑う。
「悪いな歌仙、今夜は牛鍋だ!」
 そうして再び正面を向き、歓喜の雄叫びを上げながら相棒と合流を果たすや、息の合った大小の二振りは広間の主が元へと急ぐ。畑へ出る前に、夕餉に向けてたぎる願いを、いち早く伝えるためと思われた。

 あっという間に駆け去った嵐のような賑やかさの後に、一振りぽつねんと残された歌仙は、ややあってから溜め息を一つ吐いた。
「よもや、言うにことかいて四つ足とはね……」
 困ったものだと言いたげに、こめかみへ指を添えて緩くかぶりを振る。けれど若い弟分の、旺盛な食欲にどこまでも正直な献立へ対し、いつもの口調で「風情がない」などと評することはなかった。踵を返す足袋の音も清涼に厨へ向かいながら、やれやれと呟く歌仙の口の端は、緩やかに上がりつつあった。
 越中守と呼ばれた、かつて歌仙を腰に差していた人物が、気の置けない友人たちと好んで味わったという献立をこんな場所で耳にした。元主が青春の日々を述懐し、悪くなった目を眇めながらひとりごちていた名を、刀身でなく鼓膜に響かせて聞いた。何やらこそばゆいような、面映いような、よく分からない感情がこみあげてくるものの、不快ではない。だからこそ歌仙は笑みを深めて、そこはかとなく軽やかに、歩みを進める。
 胸がとくとくと早く打ち、その単調な音色すら何だか楽しいものだから、歌仙は歩きながらたすきを改めてきつくかけ直す。むしょうに張りきって、厨に臨みたくなっていた。
 夕餉の下拵えは勿論のこと、農具という名の得物を猛然と振るうあまり、きっと八つ時には疲労困憊しているだろう畑当番の二振りへ差し入れる、三時についても心を配ってやろうと歌仙は思う。その品は勿論、先日の評定で披露された葛菓子と決まっている。しかも畑当番の件だけでなく、こちらにさえも主の策がなされた、まさに真作だった。

 天の川に群雲あらば、橋を渡すまでのこと。と。
 雲の黄な粉に細かくふるった雪のような砂糖を重ねて降らせ、かささぎが白い肩羽を並べるように見立てては、と主は言った。雲を切り裂くでなく、吹き消すのでもなく、共にありながら橋をかける。それならば当人たちだけでなく、天を見上げる全てのものらが、空模様にやきもきすることもなくなる。
 雲の中に橋があれば毎日だって会えそうだね、と恋人たちを案じていた小夜が安心したように漏らすと、審神者は楽しげに目を瞬かせる。厳しい父君の目から隠れて、年に一度だけでなく逢瀬を重ねてしまうやも、と笑った。
 そんな、見方によればなかなか艶な菓子も、今頃切り分けられるのを棚の中で待ち侘びているはずだった。
「終わりない七月七日を楽しめば良いさ」
 枯れない花など気味が悪く、歌にも詠めないつまらなさだと、之定は思う。しかし世に一つくらい、四季を無視したものがあって良いのやもしれない、という考えがうっすらと芽生える。ここまで考えるうちに、そういえば欠けない望月だってあったじゃないかと、ある歌を思い出して、歌仙は知らず、微笑した。
「せめて僕らの、小さな皿の上でくらい、ね」
 菓子に最後の仕上げが施され、名を冠されるまで、残り数刻。お八つに、夕餉に、それぞれ喝采が巻き起こるさまをありありと思い浮かべながら、歌仙は今か今かとかささぎの招く厨の敷居をまたいだ。
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