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とまり木 常盤木 ごゆるりと

ひねもすのたのた

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いざやこの指、鞘走れ


気分転換、はじめました。
集中力が戻ってきました。じつによきこと。いやほんまよきこと……。


久し振りに、文章へ集中できた気がします。
初ジャンルの初めてのお話は、頭の色んなところを使う気がします。
筋肉と同じで、使ったことのない、また滅多に使わない場所を動かして。
たのしい。おもしろい。
初日なんて、どきどきさえ、しました。ふふ、久しいことです。
……筋肉痛にならなければ良いですけれど。

ただ、ほんとにさいしょのさいしょなので、文体が定まりません。
まあわたし先日までヴィクトリア朝でしたからね頭の中。
ドローイング・ルームでメイズ・オブ・オナーだったのですよ。
そこが急激に書院造で葛菓子ですよ。
振れ幅が大きすぎて酔ってしまいそうです。
そして当初の予定よりもやっぱり文字数増えててああああ。
設計図も割りと形骸化しています。うんざっくりしすぎました。
役に立たなすぎます。見通しの甘さを再度実感する悲しさ。
けれど、軽い、ものですし。さっくり書いてしまいましょう。
気分転換も、良いものですね。


そうして習作百話は三十三個目。動の後の静。









『天金カトルカールにラム酒を一壜』

 少女の丸っぽい指は身悶えしているようだった。
 何かに追われているわけではなく、自らの意志で紙の縁へ飛び出そうとする。けれどそんな先走りを、他ならない自らの意志が諌める。どちらも同じ人物を根としているものの、より正確に分類するならば、二つの衝動を率いるのはそれぞれ本能と理性だと思われた。相反するものを内側でせめぎあわせながら、小藤は力強くページを繰る。
 インクの香りも新しい、まっさらの本を小藤は駆ける。脇目も振らず走り続けていた少女の目が、やがて空白を多く含む場所へ辿り着く。物語という名の分厚い長距離走における給水所、つまり章と章の区切りを迎えた。
 ここまで一定の間隔でページをめくり続けてきた指が、動きを止める。戸惑っているのではなく、現れた休息の地をゆっくりと認識し、受けとめているようだった。短い爪を持つ指は落ち着きを取り戻すように、しばらく章の狭間で呼吸を整えてから、迷いのない所作で本の谷に糸栞を横切らせた。
 ぱとん、と音を立てて本は閉じられる。表紙に指を添えたまま目を瞑った小藤は、満ち足りた息を一つ吐いた。
「三日目だっけ?」
 静かに高鳴ったまま、しばらくは治まりそうもない胸を抱えた少女の前で、背表紙の名前を読もうと円い体を水平に倒しながらこぶたは呟く。
「あと、少しなのに」
 分厚い本の随分と後方に挟まれた栞の姿を、天の部分から見て取って、こぶたは不思議そうに少女を見上げた。横たわった円い体がそうすると、まるで背筋運動じみていて、異なる世界の余韻に浸りながら小藤はうっとりと微笑んだ。


「読み残すのは、好きよ」
 長らく心待ちにしていた物語だった。ようやく手にできた時は、思わずその場で飛び跳ねてしまったくらいで、兄には呆れた顔をされた。もう本を丸ごと食べてしまいたいくらい飢えていたけれど、一度に飲みこんでしまってはもったいない、と小藤は語る。
 興味深そうに耳を傾けては、ふんふんと頷くぶーちゃんIIへ、羽毛布団にくるまれたままベッドの上で小藤も説明に熱をこめる。
「だって、噛みもしないで飲みこんだら、味もろくに分からないわ」
「文章も食べ物と同じなんだね」
「うん。小藤にとってご本はね、ご飯と同じことよ」
「成る程。確かにどちらも、栄養になっているんだ」
 体と心の、と付け足すこぶたへ、小藤は満足げに笑みを深める。これほど幸福なことがあるかしら、と少女はおぼろげに思う。
 指の届く場所には、美しくも不思議な世界へ連れ出してくれる扉が、鍵を挿したまま置かれている。魔法の国の名残も快く、息苦しいほどの胸は昂揚のあまり体中を熱に浮かせてしまって、しばらく眠れそうもない。けれど更に、眠れぬ夜のために眠れぬ夜の友人さえ姿を現した。溢れ出しそうなときめきに理解を示し、いくらでも誠実に話を聞いてくれる、世界一のこぶたが!
 どちらへ寝返りを打とうとも、喜ばしいものしか周りにはなかった。たまらないほどの多幸感に包まれて、布団の中でじたんばたんと暴れたくなる衝動すらおぼえながら、小藤は言葉で表そうとする。もっとも、その表情はすっかり甘くとろけてしまっていたけれど。
「あと少しでおしまいなのはね、楽しくもあるけれど、寂しくもあるのよ。好きなご本ほど、そうなっちゃうわ。だって、離れたくないのだもの」
「その辺りも、食べ物と同じかな」
「小藤いやしんぼだけれど、そこまでじゃあないわ!」
「あはは。ごめんごめん」
 年頃の少女として、食い意地と取られかねない表現には、流石に抗議の声を上げてしまう。それでも軽く唇を尖らせるのにとどめた小藤は、素直なこぶたの謝罪をすんなり受け入れる。お互いにくすくすと小さく笑い交わしてから、更に説明を続ける。
「物語の世界が愛しくて。たまらなくて。長いページの旅路で、すっかりその世界に親しんでしまうものだから……」
「離れがたくなってしまうんだね。だから、別れを先にしようとして、読み残すんだ」
「うん。でも、そのためだけでもないの」
 一歩ずつ確かに忍び寄る別離の時を、一秒でも長く先延ばししようとする悪あがき、とも取れそうな作戦だった。けれど進もうとする指を押しとどめる糸栞の存在について、小藤は婉然と目を細める。
「明日の自分に、楽しみをとっておくのよ」
 秘密を含んだ囁きを、こぶたの耳元へ吹きこんだ。

「アイスとか、ケーキなんかもそうでしょう? 半分、残しておくと次の日にはすっかり忘れていて、みつけた時にびっくりしながら嬉しいの。昨日の小藤は今日の小藤に楽しみを残していたわ、なんて気がきくのありがとう! って」
 顔の前で指を絡ませながら手を合わせると、頬を林檎色に染めて甘い例えを挙げる。鮮やかな上気の理由は、布団に守られた外側の温もりと、書物に守られた内側の温もりが相俟っているためのようだった。
 やはり少女にとって書物と食物は同じ存在なのだと、改めてこぶたに示す。したたかな工作のみではなく、同時に朗らかな喜びもこめて、糸栞は挟まれていた。黒いビーズの瞳にそれらの事実を映し、読みとり、ぶーちゃんIIは自身の体と同じように、ふくふくと柔らかに目元を和ませた。
「それは確かに、至れり尽くせりだ」
「そうよ。いたれりつくせり小藤さんよ」
「昨日からの贈り物かあ。僕なら忘れないで、覚えていちゃうかな。どちらにせよ楽しそうでいいな」
「おぼえていたら……? ああ、うきうきしながら贈り物を待つのね!」
「うん。そう考えると、何だか夜を越えたバトンみたいで、託した思いのお陰で深みを増して、より良いものになりそうだね。例えるならカレーかな」
「ほんと二日目のカレーって、どうしておいしいのかしらね! あ、でもねぶーちゃんII、パウンドケーキとかのお菓子もそうよ。お酒が少し入ってるものだから、一晩寝かせたら味がしみておいしくなる、ってママが言ってたわ」
 だから、やっぱりそれと同じ、と議論に決着をつけて、小藤は満足げに笑う。
「夜は、読み残しを、もっと素敵にしてくれる」
 緩やかに下ろされてゆく瞼は甘い夢にとろけて、少女は蜂蜜めいた吐息を落とす。ページを開いた途端に溢れ出す魔法の世界で、妖精の中に酒精さえまじって戯れていたのか、小藤は酔ったように陶然と微笑む。
「とてもぜいたくなことなのよ」
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