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とまり木 常盤木 ごゆるりと

ひねもすのたのた

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『破れ五線譜を盤上に』


画面がせまいよー! ごついよー!
書きながら、こんなこと内心で叫ぶだなんて初めての経験です……。


わたしこれまでどれだけおとこのひとを書いていなかったの。
や。おとこのひとも書いてますよ。ええ、書いてるはず。
でも基本、女の子ひゃっほうですもんね。
うおおおおガーリィなめんなよおおおぉぉぉ、という勢い。
しかし今回のお話で学びました。
本当に、女の子のありがたさを、身に染みて感じました。
うう。おんなのこ書きたいよう、もう筋肉いややよう……。
こんな筋肉筋肉わっしょいわっしょいしたの書くのはこれが最後では。
まあその、勉強にはなりました。はい。
これで少しは成長して、ジギーも書けるようになったらいいなあ。

ちょっと前から延々やいやい言うておりました。四部のお話。
ようやっと完成させることができました。
……本音をいえば、もうちょっと粘りたいところではあるのですが。
当初の予定時間を既に、倍にしてしまったわけですし。
あまりずるずるするのもよくないと、踏み切ることにしました。
また後日、ちまちま修正はかけていそうですけれどね。
流石に一万字を越えると、一週間は無理なようです。
でも、もっと時間配分をきちんとしたなら、短縮は可能やも。
それらが分かっただけでも収穫です。

好きなのですよね。擬似きょうだい。
ムゲフロの零児さんと神夜さん。
サーガの拙宅設定緋外套とヴォークリンデ。
ゼノの拙宅設定原初アベルと天帝さま。
あ。もしかしたら、新世界の景清兄ちゃんとたろすけくんも?
きょうだいではないけれど、きょうだいのような関係性。
不思議な距離感に、うきうきそわそわ、惹かれてなりません。
拙宅設定が多いのはあまりお気になさらないでください。
書いてる本人は最強に楽しいのです、あれ。

まあ話が盛大にそれておりますが、続きにお話を格納しております。
舞台は四部で承太郎さんと仗助くんのお話。
ただ付け足した後日談は六部です。
書くつもりなんて、なかったのですけれどね、後日談。
ただ、本編を書いている最中に。
もう画面のごつくろしさにわたしの寿命がストレスでマッハで。
おんなのこ成分が不足しすぎてのた打ち回りそうな勢いだったのです。
ありがとうございます徐倫さん、本当にありがとう……!
おんなのこ書けて、ちょっと涙が出そうなほど、砂漠に甘露な気分でした。
はっきりと自覚しておりませんでしたが、わたし、しおれかけでした。
唇が、笑みが、表情が、もう描写方法が全然違う。
はあ。後日談で潤いました。ありがとうおんなのこありがとう。


おんなのこを讃えつつ、おんなのこのほぼ出ないお話を。
誰かさんが内緒に嬉しくて、誰かさんが秘密に楽しいお話を。
本編、事情聴取、後日談、の三段構えとなっております。
よろしければどうぞ。

わたし今度こそおんなのことお菓子(もしくは食べ物)を書くの……。







『破れ五線譜を盤上に』

 彼がそこへ足を踏み入れた最初の日、部屋の中には潔癖なまでの静寂があった。
 客を迎え入れるため、丁寧に掃き清められた室内は、がらんと広い。落ち着いた色の内装に合わせて、高雅な趣の調度が慎み深く控えており、窓を閉め切っていれば外界からの音さえも完全に遮断する。硝子越しのすぐ隣では、まだ肌寒さを色濃く残す春先の陽光に煌く海原が、誘うように潮騒を囁き続けているというのに。目にも爽やかに白いシーツは、背筋でも伸ばすようにぴんと張り詰め、皺やシミなど一つもない。そのよそよそしいまでの清潔さが、かえって彼にここが仮寓であり、自身は異邦人であるのだと強く意識させた。
 事実、『324号室』という呼称以上の意味を持たない、その部屋の空間を支配する主、流離の王といえるのは彼だった。そこで起居を始めてからも、室内に満ちるのは、自身がまとう泰然さにうっすらと染め上げられた、揺るぎない静寂だった。多少は質が異なるとはいえ、結局のところ静けさなのには変わりがない。
 それが、どうしたことか。日を追うごとに、部屋には様々な音が転がり落ちるようになった。電話の呼び鈴が先触れとなって、音が鳴るたび増えてくるさまは、ベルそのものが賑わいを率いて連れてくるようだった。老人の柔らかな話し声、少年の元気な笑い声、その上、赤ん坊の泣き声まで。いかに怜悧な彼の頭脳でさえも、予測できない音の広がりだった。日々、雑多な音が混じりあい、やがて静寂そのものを脅かすようになっても、承太郎は別段、不快だとは感じなかった。
 殊に、その日は。


 英語を教えてほしい、と泣きついてきたのは年下の叔父だった。出会ったばかりの頃は多少の緊張を見せていたが、様々な困難を共に潜り抜けてゆく中で次第に打ち解け、近頃では何かにつけて324号室へ遊びに来ることが増えていた。血縁者への親しみと信頼が確かなものへなったのに加えて、恐らくは仗助にとって実の父であり、承太郎にとっては祖父であるジョセフの存在にも原因がある。幾つもの家系を複雑に結びつけた張本人である老人は、ばらばらに散らばっていた星を連ねて繋げる、触媒のような役割を、孫と息子に対しても果たしているのだろう。
 そのお陰で『宿題の指南』などと、叔父と甥という関係性において、ごくありふれた機会を得ることになった。ただ世間一般と著しく異なるのは、教える側と教えられる側が逆、という点だったが。

 ジョセフの英語は母語であるがため、流暢に過ぎる。そのため、外国語として学ぶ立場にあった承太郎のほうが、講師役には向いていた。部屋に備えつけの卓を前に、仗助はなぜかすぐ傍らのソファでなく、床に座って教科書へ向きあう。その姿を見て「そのうち座布団でも買うか」などと考えつつ、差し向かいの位置へ承太郎も腰を下ろす。こうして現役の学者による身内への個人教授は幕を開けた。
 教えを受けてすぐは、「あー」だの「うー」だの唸りながら難しい顔をしていた仗助だったが、元から頭の回転は速いし、飲みこみも良い。幾つか承太郎に質問をし、端的で正確な回答を貰いながら例題を見てゆくうちに、文章の成り立ちを脳へ染み渡らせるように素早く理解してゆく。
 文法に重点を置きすぎる、この国の英語教育の方針に幾許かの疑問を抱きながら、ゆっくりとページを繰って承太郎が教科書に目を通していると、近くで「できたっ」と短い歓声が上がる。随分早いな、と思いつつ顔を起こすと、仗助が待ち構えたようにノートを見せてきた。答えあわせという名の裁きを待っているくせ、ページの向こうにある顔には恐々としたところがない。問題を撃破できた、という確かな自信があるのか、いっそ結果を楽しみにしているらしく、緩やかにうきうきと持ち上がる口元を抑えきれていなかった。
 そのはちきれそうに溢れる自信を裏づけるものが、広げられたノートにはあった。幾つか綴りの間違いはあるものの、文法法則をきちんと把握した上で、空欄が望ましい正答で埋められている。それらをざっと見て取るだけでも、教え甲斐ある生徒の奮戦ぶりが伝わってくるようで。内容を確認した承太郎は軽く頷いてみせてから、無意識に右手を動かした。
「よくやった」
 おもむろに、伸ばした右手を仗助の頭に乗せ、わしわしと撫でる。特に何かを意図したわけでは全くない、自然に出てしまった動作だったが、突如響いた仗助の叫び声と、跳ね除けられた自身の手が受けた衝撃を起点として、承太郎はようやく重大なことを思い出した。
「何するんスか承太郎さん! もおぉ~、セットやり直しっスよー!」
 わあわあと非難めいた声で軽く抗議しながら、仗助は唇を尖らせる。そして相手の返答も待たず、どこからともなく魔法のように櫛を取り出すと、ややほつれてしまった自慢の髪をせっせと整え始めた。その流れるように鮮やかな手並みに感心したわけではなく、甥は、叔父の反応に、やや目を見開いた。もっとも、それは傍目には、とても動きとして認識されるものではなかったけれど。

 仗助にとって自身の髪型は誇りそのものであり、何人たりとも貶めることの許されないものだった。守り抜こうとする意志は時に過剰なほどであり、何気ない一言でさえ敏感に罵詈と判断するや、仮借のない攻撃を仕掛けることもある。承太郎自身も、危うく一撃を食らう羽目になりかけたくらいだった。
 なのに今の仗助は、髪型を乱されたことに不平は訴えるものの、落ち着きを失うことなく対応している。幾つもの厳しい戦いを乗り越えて、感情を制御できるようになってきているのやもしれない。そんな、毎日めきめきと新たな枝葉を伸ばしてゆく若木じみた少年の成長が、承太郎にはどこか、面白いものに見えた。
 だが、その一方で。改善されたとはいえ、この髪に対するこだわりから生じる激情は、戦いの最中ではいまだ非常に危険なものと承太郎には映った。スタンドを用いた戦闘は、一瞬の判断が明暗を分ける。窮地から脱することもあれば、当然ながら形勢が悪化することもあり、最悪の場合には生命さえ危うい。だからこそ常に冷静さを供として、毫ほどの油断さえ存在を許さず、あらゆる事態を想定し備えておく。
 不確定な要因は、ことごとく排除すべきもの。そう思えばこそ、早い段階でもっと鍛錬を重ねさせるべきかもしれない、という方向に、教え導く年長者として承太郎の羅針盤は指し始める。脳裏のほんの片隅に、承太郎が娘に対して、褒める際に用いている反応を跳ね除けられたことにより、ぴりり、と生じた僅かな火花を絡みつかせながらも。しかし、そんな静かに爆ぜる父親の意地について、とうの本人は無自覚だった。
 年上の甥が聡明な頭脳を目まぐるしく稼働させている間にも、そんなことは露知らない年下の叔父の手により、乱れた髪は見事に当初の形を取り戻してゆく。器用な手つきでせっせと髪を撫でつける仗助は、みるみるなおってゆく髪は勿論、更に宿題の目途がついたこともあって、思わず鼻歌まじりになってしまうほどにご満悦だった。
「ずっと言ってますけど、この髪型はおれの魂なんスよ! 朝、起きてから作るのに手間暇かかっちまうし…おれ元々はくせっ毛なんで抑えるの、ほんっっっと大変で。とにかく! いくら承太郎さんでも、崩したら怒りますからね!」
「そうか」
 声の調子に合わせて、手にした櫛を指揮棒じみてぺなぺなと振りながら、自身のこだわりについて長広舌をふるう。そんな仗助の熱弁へ承太郎は静かに聞き入る風で、真摯に言葉を受け止めている証拠のように小さく相槌を打っては、軽く同意を示してみせる。
 しかし、不意に。瞬き一つにも満たない間の後、緑に煙る天河石の瞳が、ふ、と微かにさざめいた。
「それは悪かったな」
 重々しく反省の弁を述べながら、再び伸ばした大きな手の平を同じ場所へ置くと、先程よりも更に力強く、がしがしと動かした。取り乱した仗助の絶叫にも、承太郎はいつもの泰然とした態度を微塵も崩してはいなかった。

 全く予期していない突然の事態に、仗助は咄嗟に両腕を交差させると頭上に掲げ、身、というより髪を守ろうとする。仗助がそんな防御の体勢を取るのに数瞬先んじて、承太郎は右手を自主的に撤退させており、最初のように跳ね除けられることは回避していた。よって、両者が直接に手をぶつけあいはしなかったが、間に漂う空気は一気に緊張を帯びる。
 仗助はあぐらを組んでいた足をゆっくり崩し片膝立ちになると、卓を挟んで承太郎に対して身構え、悲鳴じみた声を上げる。
「あんた人の話聞いてました!? 言ってる側からどんな攻撃っスか!」
「いや。これから、更に戦闘が激化するだろうことを考えれば、今のうちにお前を鍛えておくべきかと思ってな」
 波濤じみて荒くまくしたてる仗助に対し、承太郎は凪を通り越して水鏡のように落ち着き払って応じる。そんな淡々とした様子で、どんな状況に陥ろうとも平静を保てるように、などと付け加えられると、反論の余地はあっけなく封殺されてしまう。これ以上ないほど、その言葉を体現した存在が、目の前にいるのだから。
 押し寄せる、重圧にも似た揺るぎない説得力に、つい怯んでしまいそうになる。しかし誇りのためにも、仗助はここで潰されてしまうわけにはいかなかった。相手の威圧感を跳ね飛ばすことはできずとも、せめてぎりぎりと足を踏ん張るようにして、重みをそのまま持ちこたえようと挑む。
 固く組んだ腕を頭上から眼前にゆっくり移動させ、それでも決して防御を緩めようとはせず、低い位置から承太郎を睨むように不審の眼差しを送る。
「……だからって、髪に攻撃は卑怯っスよ」
「現時点で、お前の弱みはその頭か、おふくろさん、というところだろう。敵は弱点を衝いてくるものだ。それに対処できなくてどうする」
「うっ」
 相手の出方を探ろうとした威嚇射撃が、一分の隙もない盤石な正論で迎撃される。つい言葉を詰まらせるも、父親譲りで仗助も状況把握は素早い。こうして手短な説明を聞くうちに、相手の言い分に理があることもちゃんと理解してゆく。だからこそ言い返せなくなり、かといって黙って受け入れることも難しく、自身の内で感情を戦わせるうちに、みるみる口がへの字になっていった。
 そんな年下の叔父による思考の変遷が、年上の甥には手に取るように読み取れた。この分かりやすく心の内が表れてしまう豊かな表情も、戦いのために矯正すべきかと、軽く考えを巡らせてから、承太郎はすぐさま打ち消した。その口の端が、微小に動いたようだった。

 ゆらり、と僅かに承太郎が上体を動かす。
 その何気ない動作を新たな試練の入り口と判断したか、それとも単純に本能的な反射だったのか、すかさず仗助が背後に厳めしい骨柄の人影を顕現させる。古代の壁画などに描かれる、体を少しばかりしか覆わない軽量の鎧をまとった、戦士のような。目を見張るほど逞しい体躯を持つその存在こそ、仗助の半身である、クレイジー・ダイヤモンドだった。本人より幾回りも大きな拳を握り締め、承太郎を相手に堂々と身構えてみせる。
 咄嗟に示した反応は、仗助にとって、ただの無意識的な防御を示したものだったのだろう。だが更なる鍛錬のためには、むしろ、これこそが望ましい展開だった。
 承太郎は、ごく親しい数人でなければ見抜けないほど微かに口角を上げると、仗助にならって半身を呼び起こす。流れ星の残滓を撒くように、ほのかな煌きを帯びながら現れ出た人影は、クレイジー・ダイヤモンドよりも更に鍛え抜かれた印象を与える。冷厳さすら感じさせる筋骨隆々とした立ち姿は、絵筆でなく夜空の星によって語られる、神話の英雄像を思わせた。長年、共に死線を渡ってきたスタープラチナは、承太郎の分かちがたい半身であり頼もしい相棒だった。
 仗助も、幼少の頃から傍らにあったクレイジー・ダイヤモンドとの付きあいは長い。しかし練度の点ならば、踏んできた修羅場の数がものをいい、軍配はわけなく承太郎に上がる。その覆すことのできない事実を、仗助は身に染みてよく思い知っている。そのため仗助は、現在陥っているこの、頭部のみに限定された危機的な局面を突破するには、不利な形勢を逆転させる何らかの策を思いつくまで、とにかく冷静さを保ちつつ機を待つしかないと判断する。ごく自然に、承太郎に言われた訓練内容そのもの実践していることに、本人は気づいていない。
 それぞれのスタンドを背後に控えさせたまま、卓を挟んで年下の叔父と年上の甥が対峙する。しかし時折、僅かな身じろぎをするばかりで、双方睨みあったまま殆ど態勢に変化がない。お互いに腹の探りあいや、先の手までの読みあいで、身動きが取れないためだった。
 仗助としては、機先を制して一気呵成に攻撃、という作戦が理想だった。分かりやすいが、単純であるがゆえ瞬発力に優れ、最初の一撃に懸けるため専心しやすい。一瞬でも相手の防御を崩せたならば、倒すことは無理でも、この場から逃走することができる。しかし向こうは切り札である、無敵の時止め能力を有している。そこをいかに打破すべきか、が成否を握る鍵だった。
 一方、承太郎の戦略において、最も注意すべきは相手の爆発力だった。力の点でも速度の点でも、スタープラチナとクレイジー・ダイヤモンドは、ほぼ同格のスタンド。ただ正確な操作性に関しては年季の差が如実に表れ、承太郎の優位は絶対的といえる。しかし激情に駆られた際の態度からも明らかなように、仗助は内に秘めた力を炸裂させるようにして発現させ、牙を剥くことがある。よほどのことがない限りスタープラチナが力負けするとは考えられないが、用心するに越したことはない。また、『壊してなおす』という特異な能力を幅広く応用し、攻撃にも防御にも繰り出してみせる仗助の柔軟な発想も、油断ならないものだった。
 こわして、なおす。相反する性質を、矛盾なく内包する能力をいざ敵に回した際、それをいかにして封じるべきか。対策へ素早く思考を走らせて、承太郎はふと、あることに気づいた。視線を迷わせることもなく、浮かんだ考えを無言で精査し、反駁し、検証を繰り返し。それらをほんの一呼吸の間に終え、すぐさま結論へ至ってから承太郎は口を開いた。


「時に仗助」
「……なんスか」
 どこかくつろいだ風さえ感じさせる、悠揚迫らぬさまの甥に対し、叔父はとっくに敷ききっている厳戒を一切緩める気配がなかった。相手からくるであろう、三度目の攻撃に備える腕は、いまだ交差したまま顔の前に構えられている。しかし、そんな毛を逆立てた獣のようにぴりぴりした相手の態度など、承太郎は全く意に介した様子もなく続ける。
「クレイジー・ダイヤモンドの『なおす』能力は、お前自身には適用されないのだったな」
「そっスよ。何度も見てきた承太郎さんなら、よく知ってるっしょ」
「だが、肉体そのものではない、お前の身の回りの品はなおせているだろう」
「えーっと…はい、着てる服が破れたりするのを、なおしたりはできます。あとほら、前に引き裂いたゴム手袋を飲みこんで、胃の中でなおしたことあったじゃないスか。おれの体の中に入ってても、おれ自身、とは判断されないみたいっスね。そのあたりの線引きは、おれも試しながら探ってます」
 幾度となく肩を並べて戦ってきた承太郎が、改めて訊ね直す必要のないことを、今更のように確認してくる。決して知らないわけがないというのに。気紛れな、にわか雨のようにもたらされた質問の意図をはかりかねて、仗助はいつの間にか険しく吊り上っていた眉を更にひそめる。とはいえ、内側で疑心をじりじり熾火めいて抱きながらも、問いを無視することはできないらしかった。あくまで臨戦態勢を維持したまま、あれこれ考えを浮かべては、そろそろと応じてしまう。
「どこからどこまでがお前なのか、適用範囲はまだ曖昧なところがあるな」
「はい」
「いやな、ふと、思ったんだが」
 これだけ警戒しながらも、結局のところ素直な性分まで覆い尽くすことのできない年下の叔父に、内心で目を眇めるように細めながら、承太郎は罠を口にした。
「なら、『髪型』も適用対象にあたったりするんじゃあねえのか」
「えっ!?」
「スタープラチナ・ザ・ワールド」
 想像の全くの外からもたされた夢のような指摘に、思わず構えた両腕をほどいて視線を自身の哀れに崩れた髪へ向けてしまった仗助の前で、静かに低く承太郎の宣言が響いた。その声は僅かにおかしみを含んでいたようだったが、耳にすることができるのは、承太郎自身とその分身だけだった。

 驚きに大きく見開かれた菫青石の双眸に灯る、きらきらしい輝きさえ今は息を詰めている。何も映してはいない仗助の目を覗きこむようにしながら、完全に停止した世界の中でただ一人、承太郎は卓の上へ身を乗り出した。
 叔父の頭上に、三度目となる手を伸ばす。先に仕掛けた時とは異なり、肘から先だけではなく、今回は思い切り体全体で力をこめるつもりだった。しかし、いよいよ乱雑に撫でようと手を動かしかけたところで、大きく広げられていた五指がふっと緩んだ。
 不意に、ぽん、ぽん、と軽く幾度か触れる。それから相手を褒めるように、ゆっくりと柔らかく撫でるその手つきには、どこか慈しみが滲んでいた。まだ少しぎこちなく手を動かす承太郎は、ふと、揺れる小さなお団子頭が目に浮かんだ気がした。淡くぼやける、幻じみたその姿につい目元を和らげると、それだけで表情全体が柔らかくなり、厳めしい氷塊が春の陽光に優しくとけるように、緩んだ。
 が、その直後。全力で、ぐしぐしと、仗助の頭を撫でた。容赦なく撫でた。しかもわざわざ、指を鉤の形にまでして、髪の奥深くへ届くように工作を試みてから執念深く蹂躙する。先程までの表情などとっくに拭い去った、そんな主のさまを、傍らのスタープラチナが不思議そうな眼差しで見ていた。

 せき止められていた時が動き出すと、すぐさま仗助は戦況の変化を否応もなく理解することになった。突然、上から押しつけられるような圧力が首にかかり、その違和感に息を呑む間もなく、ばらばらと崩れ落ちる自由気侭な己のくせっ毛たちが簾のように視界を覆う。最早、悲鳴すら通り越して慟哭と化した声が、びりびりと窓硝子を揺らした。
 しかし既に満身創痍な髪型となっていても、仗助が心を折ってしまうことはなかった。歯を食い縛ると、正面から悠然と見下ろしてくる承太郎を落ちてきた前髪越しに睨みつける。一体相手が何をしたのかは、ただでさえ気の毒なことになっていた髪型が、更に見る影もなく無残な姿を晒している現状から、容易に推測ができた。自身の能力を最大限に有効活用し、それにより見事、相手の弱点を衝いたのだ。
 かちり、と胸の内で何かが固まった気がした。だが決して、制御不能に陥ったのではない。これまでは年上の親類に対する遠慮や、たかが訓練、という甘い認識があったのかもしれない。しかしこうも色々とやらかされて、好手を探しあぐねているからと、じりじり防戦一方ではもういられない。仗助は、今度こそ、腹の底から敵対しようと心に決めた。もうそこに、ためらいはない。
 今までの、腰の引けた対応を一気に引き剥がさんばかり、仗助は前のめりにまでなって人差し指を突き出し、高らかに宣言する。
「さ…再戦を申しこむっス! 四連勝なんてこたぁー、させません!!」
 いつの間に勝ち負けの話になっていたのか、と思いつつ、承太郎は腕組みをして仗助の弁舌に耳を傾ける。そんな鷹揚とした甥の態度は予想の範囲だったのか、仗助は己を鼓舞するように軽く唇を湿してから啖呵を切った。
「承太郎さんがおれの髪に攻撃を仕掛けてくるってぇーなら! 今度はおれが、その帽子を落としてやるっスよ!」
「ほう」
「黒星、受け取ってくださいよぉ?」
 にまり、と悪戯っぽく笑ってみせる仗助の文句に、承太郎はそうくるか、と僅かに眉をぴくりとさせた。
 仗助にとって髪型が譲れないものならば、承太郎にとっては帽子こそがそれに当たる。お互いに引くことなど想像すらできないものをかけて、意地と意地をスタンドという形に託してぶつけあう。命ではなく、奪い合うのは誇りであるけれど、これは確かに戦場に相応しいものだった。
 ここまで連戦連勝できている承太郎も、この宣戦布告にはどこか血が騒いだ。どっかりと揺るぎなく据えていたあぐらを、組み直す。
「俺に土をつけるってえのか」
「大金星もぎとりますよ!」
「やれるもんなら、やってみやがれ」
「望むところっス!」
 総身に闘志をみなぎらせた仗助が、軽く猫背になって身構えると、クレイジー・ダイヤモンドも原石から粗く切り出したような腕の筋肉を盛り上がらせる。それと同時に承太郎は胸をそらして、しなやかな鋼の強靭さを体現してみせているスタープラチナで迎え撃つ。にぃ、と疑いようもなく口の端を片方だけ上げた承太郎が、この日初めて誰の目にも明らかな笑みを浮かべた。
 一つの卓を挟んで、二人の人間が対峙し、それから、鋭く空気を切り裂いて四つの拳がぶつかりあった。


 ゆっくりすぎるほどの足取りで長い散歩を楽しんでから、老人は赤ん坊を抱いて、孫と共に滞在しているホテルの部屋へ戻ってきた。のんびりと扉を開け、中へ足を踏み入れた途端、老眼鏡をかけてもまだ少し霞んで見える視界に飛びこんできたのは、熱い火花の咲き乱れる攻防戦だった。
 挑戦者側であろう少年は、額に浮かぶ汗を拭う余裕すらなく、拳をきつく握り締めて眼前に立ちはだかる壁である人物を見上げる。一方の青年は上体を軽くのけぞらせるようにして、挑みかかってくる対戦相手を、隠しきれない威圧感で叩き落とすように見下ろす。両者の間に横たわる緊迫感だけでも、手に汗握るものが十二分にある。しかし何より、対決する二人の頭上では、二体の堂々たる体格を誇るスタンドが、お互いの手と手をがっちり掴みあったまま力比べを演じている。それは遠く離れていても、ぎりぎりという肉体の軋む音が聞こえてきそうなほどで。拮抗した力と力のぶつかりあいは、一進一退にさえ至ることができず、すっかり膠着状態に陥っているようだった。
 品よく調えられた瀟洒な室内に、これほど似つかわしくないものもない。
「なかよしじゃのう」
 孫と息子の繰り広げる光景に、穏やかに年老いた歴戦の強者は、柔らかく顔をほころばせた。

 この直後、異様な気配を敏感に察したか、赤ん坊が泣き声を上げた。その声に、張り詰めていた集中の糸を切らしてしまったか、仗助が思わず視線を扉のほうへ向けてしまう。当然その一瞬を、最強のスタンド使いが見逃すはずもない。すかさずスタープラチナが、クレイジー・ダイヤモンドの僅かに緩んだ腕を力で押し切ると防衛線を突破し、承太郎の手は見事に四つ目の白星を掴んだ。


 結局、承太郎の連勝記録を止めることができず、流石に今度は意気阻喪したらしい仗助は、抱いてあやす赤ん坊を相手に愚痴を零していた。肩を落としたその姿に、勝利のコーヒーを楽しんでいた承太郎が、カップを傾ける手を止めて声をかける。曰く、「三戦目に俺が言っていたことを試しちゃあどうだ」と。
 あれは単なるハッタリではなく、実現できる可能性を感じたからこそ発したものなのだと、年上の博学な甥は付け加える。その言い方に、まだ目から疑いの雲を晴らすことはできないものの、仗助は半ば投げやりな気持ちでクレイジー・ダイヤモンドを呼び出すと小さく「どら」と呟いた。すると。
 時計を逆回しにするように、すっかりばらついてしまっていた仗助の髪が元の形へなおってゆく。自分でしたことながら、驚きに目を真ん丸にする仗助をよそに、元気にはねていたくせっ毛たちは見えない力に勢いよく導かれてゆく。たちまちのうちに整髪料が存在感を取り戻し、櫛目も鮮やかな束へとなり始め、あっという間に完璧なリーゼントが、整った姿を仗助の頭上に現した。その日、もう幾度目ともしれない雄叫びが部屋を満たした。ただ今回のように喜びを根とするものは、本日初めてだった。
 腕の中にある赤ん坊を目いっぱいに抱き締め、頬擦りするだけでは、その溢れる喜びを表しきれないらしい。遂に、天井近くにまで放り投げては落下するのを抱きとめるという、いささか荒っぽいあやし方を始めるのに、慌ててジョセフが腰を上げかける。しかし笑顔を満開にした仗助と、すっかりご機嫌な赤ん坊の笑い声と、万一に備えすぐ側で待機しているスタープラチナの姿にしょぼつく目を細めると、すぐさまゆったりと座り直した。
 二人の子供のはしゃぐ声と、老人の和やかな声、窓を開ければ潮騒が胸の高鳴りを切々と訴えるように呼びかけてくる。こんな賑やかな静寂も悪くはない、と承太郎は瞑目し、小さく笑った。





後に行われた、ジョセフ・ジョースターによる事情聴取


息子編:

「承太郎さんとはいえ、そりゃあ腹が立ってよおー! ……でも、あんな引っかけにつかまっちまったのは、おれがまだまだって証拠だしよぉ~…。それに、トレーニング自体は、正しいことだもんな。あ、それからアドバイス通りに試したら、マジに髪型なおせちまったし! それが分かっただけでも、おつりがくるくれぇにグレートなこったし、ま、いっかなーって。あと……」
 結局のところ、何がどうなってああなったのかと、のんびり訊ねた若葉印の父に、若葉印の息子は軽やかによく回る舌で、すらすらと答えてみせる。ちょっぴり怒りを表してみたり、すぐさま内省し眉尻を下げてみせたり、新たな発見に目を輝かせたりと、くるくる動く表情は非常に忙しい。しかし、ふと言葉を詰まらせると、きょどきょど落ち着きなく視線をうろつかせてしまう。
 老いてなお輝きを失わない孔雀石の瞳に柔らかく射抜かれ、促すように微笑みかけられると、仗助はいつの間にかへの字になっていた唇を、渋りながらものろのろと開いた。
「…………兄貴がいたら、こんな感じ、なのかも、しんねえなぁー…って」
 ようやく内から絞り出したところで、自分の言葉が照れくさいのか父の微笑が照れくさいのかよく分からないものの、急に顔が熱を帯びてきたので慌てて声を打消すように「内緒っスよ!」と叫んだ。



孫編:

「つい、癖でな。褒めてやろうとして、無意識に、徐倫へするようにしちまった。じじいも身に覚えがあるだろう、おめーに責める資格はねえぜ。発端はそんな風だったが、今後のことも考慮に入れて、良い機会だから戦いに備えて鍛えておこうとした。それだけだ。あいつは幼い頃からスタンドを操っていたとはいえ、その存在をはっきり力と自覚して日が浅い。経験は積んでおくにこしたことはねえ。俺は同じ近距離パワー型のスタンド使いだ、近接戦を想定しての訓練相手としては適役だろう」
 抑揚のなだらかな口調で、問いに対して要点をまとめて説明してみせる。その無駄のない話し振りから、何がどうなってああなったのかという、状況の把握は大変に容易い。だからこの話はもう仕舞となって然るべきだろうに、祖父は無言のまま、細めた孔雀石の目で微笑みながら更に見つめてくる。明らかに次の言葉を待っているさまに、若い海洋学者は軽く舌打ちしてから、帽子のひさしに指をかけた。
「……徐倫にしていることを否定されたようで、多少カチンときたのは、事実だ。少しばかり仕返しじみた感情が混じっていたことも、確かに、認める。だがその一方で、徐倫に対する向き合い方も、教えられた気がしてな」
 静かに視線を、膝に置かれた、自身の右手に向ける。壊すこと、倒すことに関しては他の追随を一切許さない、最強の矛ともいえる手だった。しかしその手は、ほんの少しばかり指の角度や力のこめ方を意識するだけで、誰かをいたわるように撫でることもできる。その加減や方法について、注意深く考える機会を貰った。与えたのは、年下の叔父である、よく笑う少年だった。
 相手に聞こえるか聞こえないかくらいの声が床に落とされる。
「――弟がいたら、こんな風なのかも、しれねえ、な」
 帽子のひさしを深く引き下ろすと視界を遮り、顔を明後日のほうへそらしながら「秘密だぜ」と呟いた。



 後日。朝、目が覚めた瞬間から仗助は大層な上機嫌だった。実に爽やかな気分で、床から跳ね起きるようにして飛び出す。さあ今日から髪型のセットに時間をかけなくて済む! と、登校前の早起きから解放された足取りは弾むばかりだった。寝ぐせのきつい髪をそのままに鏡の前へやってくると、意気揚々とクレイジー・ダイヤモンドを発動させる。そして仗助は、毛筋一本さえぴくりとも動かず、ちっともなおってくれない髪型という現実を前に、愕然とした。
 どうやら髪型をなおす条件は、『直前の形』であること。多少は乱れたとしても、それが『十数分だか数十分以内のこと』なのが必須らしいというのが、朝から青褪めながら、鏡の中の自分とにらめっこして試行錯誤を続けた仗助の辿り着いた結論だった。よって、一晩ぐっすり眠ってすっかりほどけてしまった髪型をなおすことはできず、仗助は膝から崩れ落ちた。
 もういっそ学校を休みたくなるほどの気落ちだったが、教師でもある母が許すわけもない。よって整わない髪のまま登校せざるをえないという絶望的な事態に、朝から心が折れかけたと、本人は後に涙ながら承太郎に語った。
 でもその日の仗助くんは女子から大好評だったんですよ、と康一は後にこっそり付け加え、隣で億泰は別の意味で涙ながら頷いていた。





『破れ五線譜を六弦にしたなら爪弾いて』(十数年越しの後日談)

 石作りの檻の中、見えるものにも見えないものにも囚われて日々を過ごしながらも、逞しく前向きに生きる娘たちの声が響く。いくら困難な状況に陥ろうとも、彼女らは挫けることなく闊達に、そして不敵に笑って立ち向かってゆける強さをそなえている。
 正体の分からない黒幕、どこにどんな顔をして潜んでいるのか分からない手先たち、つまりはやりきれないほど多くの敵が、毎日何かを企んでいる。明日どころか、次の瞬間にさえどうなるか分からない暮らしではあるけれど、そんな事実程度で乙女の花咲くお喋りが妨げられることはなかった。

 看守に邪魔されることのない、秘密の音楽室でのびのびとくつろぎながら、エルメェスは徐倫から父親についての話を聞き出そうとしていた。父親のために彼女は、どれだけ自らの体を傷つけられようと、心まで折られることは決してなく、泥の中からでも這い上がろうとする。文字通り必死になって救おうとしている対象に、興味の湧かないはずもない。あの手この手でかまをかけるが徐倫の口は重く、むしろ言いたくないというよりも、話しにくいもののようだった。それでも、なお食い下がられて、説明するのがうっとうしくなったのか、とうとう徐倫は小さな写真を差し出した。
 それを切っ掛けとして、一気に話は盛り上がりをみせるのだった。
「えっ、これが徐倫の親父さん? 若ッ!若ぇ! 若すぎんだろこれ!!」
 ロケットに入る大きさしかない、親指の爪ほどの写真を前にして、エルメェスは色めき立つ。そこに映る人物はどこか物憂げで、けれど落ち着きと威厳を兼ね備えており、何より非常に整った相貌をしている。とても徐倫のように大きな娘がいるようには思えないが、二人の雰囲気は実に似通っている。そんな全身で面白がるエルメェスに対し、徐倫は形の良い鼻を天井につんとそらしてみせる。
「昔から老け顔だっただけよ。丁度、今ぐらいが適正になったんでしょ」
 手厳しい評価をくだすが、顔は背けても視線の向かう先までは変えなかった。横目でちらりと写真を見つめる様子には、痛みを内に抱いているような悲壮さがある。ぞんざいな言葉で扱ってみせようとも、それは本心ではなく、そもそも本心がそうであるならば、最初から命懸けで助けようなどとはしない。
 知りたがりの欲求が写真により満たされたと見せかけて、実はまだまだ足りないらしいエルメェスは、更に好奇心を掻き立てられたたらしい。出会ったばかりの頃は頼りなく、泣いてばかりだった徐倫が、目を見張るほどの強靭さを得る原因となった父親。その人物像が気になって仕方がないようで、軽く写真を指差しながら問う。
「あんたはそーゆー風に言うけど、実際のところ、どんな親父さんなんだよ。仕事だの特技だの、そういった情報はないわけ?」
「仕事は海洋学者やってるわよ、家族ほったらかしで。あー、あとスタンド使いね。時を止められるんですって」
「いや、それ特技か……? 確かに充分凄いけどさ。スタンド以外の話だよ、スタンド以外の!」
「そんなこと言われたって……そうね」
 やいのやいのと責め立てられ、それじゃあとばかり希望に沿えるような情報を探そうと、あれやこれや思い起こそうとする。しかしこれまで父娘が過ごしてきた時間のことを頭に浮かべると、どうしても優先順位が高くなるのは、つらい思い出たちだった。
 寡黙な父と多感な娘の引き起こした、誤解から生じる残酷なすれ違いだったと、今なら理解ができる。その証拠のように、ぷかぷかと体の奥からシャボン玉のように浮かび上がる思い出の一つ一つが酷く懐かしく、また同時に胸を締めつけられるような愛しさがある。幾つかを指折り数えるように、優しく記憶をなぞった先で徐倫が辿り着いたのは、思いのほか単純なものだった。
「……頭を撫でるのが、上手かった、かな」
「はあ?」
 そろそろと、一言ずつ噛み締めるように徐倫が口にした『特技』に、エルメェスは素っ頓狂な声を上げる。そんな肩透かしをくらったような友人の反応も気に留めず、自分で自分の言葉に小さく頷きながら、徐倫は言葉を確かなものにしてゆく。
「上手っていうか、何だか、撫でられると嬉しいのよ。あたしが一生懸命に結った三つ編みを崩さないようにしてる、とか、ママの作ってくれたお団子を壊さないようにしてる、ってのが伝わるみたいで……分かるの。あんなに、大きな手、なのに。たまにしか会わないのに、―…会えないのに、それが嬉しかった。うん。嬉しかったわ」
 暗い色に覆い尽くされそうな記憶へ腕を伸ばし、その中から、きらきらと輝く一条の糸を手繰り寄せる。遠い目で、けれど次第に花の蕾がほどけてゆくように柔らかく表情をほころばせる徐倫に、すぐ近くで飲み物を口にしていたF・Fが、ぷはあ、という声と共にストローを離してにっかと笑った。
「いい思い出だね」
 人間ではないがゆえ何の裏表もなく、物事を純粋に受け止めるF・Fが定義づけた徐倫の持つ記憶の名前は、やはり単純なものだった。屈託なく笑う友人につられ、「そうね」と答えながら思わず徐倫も笑みを深める。長い睫に縁取られた、ほのかな碧を灯す燐灰石の瞳を、緩やかに伏せる。
「良い、想い出だわ」
 少しかさついた唇が、うっすらと優美な弓の形に引かれた。
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