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とまり木 常盤木 ごゆるりと

ひねもすのたのた

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『春告鳥に歌を咲かせて六つの花』

ゼノギアス、お誕生日おめでとうございます。

うまれてくれてありがとう。
こんなにも、愛させてくれてありがとう。
だいすきなあなたに今年も感謝と敬愛を。
そして携われた全ての方々に安寧と幸福を。
わたしがお返しできる、お祈りできる、精一杯のものを。

とはいえすみませんなにかもうぎりぎりでいっぱいいっぱいです。
ひ、ひとまずお話だけでも……言い訳は後日します。
ED直後フェイエリィ。雪原アジトにて、です。








『春告鳥に歌を咲かせて六つの花』


 目の前の光景を、しげしげと見つめる。無心に見入る、大きな紫苑の瞳にいくら映りこもうと、その眺めの色彩が変わることは当然ながらない。
 数は少ないものの、雪原アジトにも太陽が雲の従者を一欠けらも引き連れずに顔を出す日はある。そういった貴重な晴天の折ならば、建物の高所に位置するこの展望台からは、変化に乏しい雪山と、その稜線に沿って切り取られたような青空を臨むことができた。
 しかし今あるのは、白。やけっぱちの絵描きが筆やナイフで殴りつけるようにし、これまで描いてきた全てを飲みこんでしまおうと、たった一色きりで厚く塗りこめてしまった白。裏に様々なものを隠していながら、表では空も、大地も、境界線をなくしてとけあってさえ見える、ひたすらの白が、彼女と彼を取り囲んでいた。


 鼻梁さえ隠してしまっていた襟巻を人差し指で口元まで下ろし、は、と短く吐き出した息もまた、白く染まる。まじまじと捉えようするそばからそれは、ふやけた輪郭を更にあやふやなものとして、すぐさま周囲の白へ溶けていってしまう。
 神のもとから無事の帰還を果たして日の浅いエリィは、彼女の周囲に多くいる、仲間たちを筆頭としたお節介たちの手により、このところ全力で世話を焼かれていた。それがどの程度のものなのかは、雪を見たいと言ったばかりに、踝まで覆う実用一辺倒の分厚い外套を二枚もまとわされた上、呼吸をも妨げるほど襟巻を幾度も重ねられている今の姿から容易に読み取ることができた。
 間近で揺らめき、消えてゆく吐息の行方に、世界の境目も曖昧になったみたいね、とエリィは思った。
 緞帳のような雪だった。雨でもなく、滝でもなく。途切れもせずに、空気を押しのけるほどの勢いで降りしきるさまは、遥かな山並みどころか、数十歩先にあるものさえろくに分からなくしてしまう。もしこの屋根ある展望台から外へ向けて腕を伸ばせば、徐々に遠のく指先から雪にのまれて見えなくなるのでは、などとエリィは半ば真剣に考え始めていた。
 そんな矢先、肩が触れあうほどすぐ側でエリィと同じく黙したまま、この圧倒的な白を眺めていたフェイが、ぽつりと小さく呟いた。
「雪は、嫌だな」
 どこか一人ごちるような、ささやかに聞こえてきた声へ、エリィは珍しさを覚えて軽く目を見張った。
 彼の手は色彩に親しむ手であり、描くことを喜ぶ手。まるで自身を鏡のようにして、あらゆるものを受け止め、抱き締め、そうして画布へと写し出す。あらゆるものから美しさを見出すのに長けたフェイが、ある意味で画趣に富んだこの景色を前にして、婉曲ながら拒絶を示すというのは、なかなかないことだった。
 だから彼女は即座に、口にしたものの外側に理由がある、と察する。独白じみた口調から、聞き手に向けて説明を試みているのではないと分かる。恐らくは、自分自身でも制御しきれていない、気が遠くなるほど遥かな心底から漏れ出したものだろう。その感覚にはエリィも覚えがあるため、理解も早い。なので今は、そういう時の自分が、して欲しいことをする。問いただすことなく、ただ無言で、彼がぎこちなく掴もうとする言葉を待って耳を澄ませる。
 やや茫洋とした眼差しで、銀でも灰でもない白の世界を見据える彼が、本当に捉えているのはきっと『現在』ではない。
「君の――いなくなってからの、日、みたいで。一人で歩いた、探しに行った、『触れた』、あの場所と同じで」
 たどたどしく断片を吐き出す彼の顔からは、いつの間にか表情が抜き取られている。切れ切れの言葉から全ての意図を把握するのは、さしものエリィにも難しいことだったが、うっすらとした理解は訪れる。深く思念を凝らすと、ちろちろと蛇の赤い舌を覗かせるように、インディゴの記憶が囁くようだった。

 ふたりには、一万年の記憶がある。完全に己と一致する存在ではない、けれど同じ細胞から生じた双子よりもまだ近い存在たちが、生きてきた証。そんな幾人ものふたりたちの記憶が、自分自身の指先と変わらない感覚で、少し意識を巡らせればすぐに触れられるものとしてある。
 これまでふたりが積み重ねてきた、十八年分の持ち物と全くの同等、というわけにはいかず、また一万年の日々が全部が明白というわけでもないけれど。特に印象深い出来事などは、網膜に焼きつけられたような鮮やかさで、その時の匂いすら錯覚しそうなほど、残酷な再現度で思い出すことができる。
 独力でどうすることもできない、突然に脳裏へ自分が見ていないはずの情景が閃くさまを、ふたりは先生に対し『混線する』と表現した。どこまでが己自身で、どこからがふたりたちなのか分からなくなることが、時々あった。

 エリィは彼の混線したものへ近づこうと、自らも緩やかに記憶を辿り、今フェイが整理しようとしている内容へ歩み寄る。そして多分これは、五百年前の彼が危うく世界を滅ぼしかけたその原因へ到る道程のことなのだろう、と推測した。対となる彼女を失った彼を、秘密の林檎へ導くように甘く誘いをかけたのは、他ならぬインディゴ色をしたほうの彼女だった。
 そこまで思い出し、軽く唇を噛むエリィには気づかず、フェイはぽろぽろと剥がれ落ちる記憶の破片をそのままに、続ける。
「雪に、血って、ひどく鮮やかに浮かぶんだ。俺の血。足跡みたいに、続いて……むしろ、これは、君の? いや、実際に見たわけじゃない。でも、君の服は白かったものだから。真っ白な装束は、しみ一つなくて、雪みたいで。決して、赤くなんて染まってはいけないもので。『また』、そんなことになっては、いけないものだと、僕は」
 フェイの混迷が更に深まる。脳裏をかすめるのは、彼女を乗せて突貫する戦艦の姿か、たった一枚の扉を隔てた向こうにある彼女の姿か。どちらにせよ、彼女は恐ろしく遥か遠くにいた。なのにどの時も同じ言葉を彼に向けた。
 さしものエリィも、ここまで千々に乱れる記憶を辿りきることはできない。ただ受け止めた言葉からぼんやりと五百年前を思い浮かべ、そうよ、あれは白い拘束衣だったのよ、とだけ声には出さず思った。
 そんな間にも、フェイは雪に対して抱いたこの否定的な感覚の原因を、ぎこちない語調ながら、どうにかまとめにかかったようだった。
「―…汚れのない、目に痛いような白が、嫌だな。血に親しくて。一人で。君が囚われていて……俺も、そんな部屋に、いた……?」
 言葉が終わりへ近づくにつれ、フェイの表情が怪訝なものになってゆく。一万年の外にあるものを見つめるためか、しかつめらしい顔で目を眇める。が、途中で追うことを諦めたか、一応の完結は迎えることに決めたらしい。虚空に向けられていた眼差しが次第に焦点をくっきりと定め、感情をどこかに置き忘れていた能面じみた表情にも、ゆっくりと生気が戻ってくる。
 前方に向けた視線はそのままに、けれど瞳にはフェイ自身の確かな意志を宿して、小さく頷いた。
「うん。やっぱり、雪は、嫌だ」
「そう?」
 展望台へやってきてから初めてエリィが発した言葉は、こんな軽い相槌だった。まだどこか硬く強張っているフェイの声に比べ、語尾をやや上げ気味のそれは、随分と明朗な響きを宿している。あまりに自身とは空気を異にした音吐に、意表を突かれた様子のフェイが彼女を見やるも、今度はエリィが前方へ目を向けたきりで語りだす。
「雪のことで、ゼファーが言ってたそうよ。世界を全て優しく覆い隠してくれるのだから、哀しみや汚れや過ちさえも、消し去ってしまえたのなら、って。まるで雪に頼りながら、それでも雪を嫌ってるみたいな言い回しね。あなたといい、雪って嫌われがちなのかしら。でもね」
 言葉の途中で、くるりと踵を返す。体ごと向き合うことで、ようやくお互いの視線を交わらせたエリィはきょとんとした表情のフェイへ、凍てつく大気に咲き誇る、大輪の微笑を浮かべてみせた。
「私は雪が好きよ」
 悪戯っぽく紫苑の瞳を煌かせると、彼女の総身を余すところなく覆い尽くし、鉄壁の防寒能力を遺憾なく発揮していた分厚い外套の裾をおもむろに払った。武骨に重ねられた布を割り、そこから見事な長い脚が覗いたかと思うと、彼女はすぐさま爪先を眼前の手すりへ勢いよくかける。
 咄嗟に意図を察したか、思わず息を呑んだフェイが黒曜石の双眸を大きく見開き、慌てて手を伸ばそうとする前に、エリィは渾身の力で大理石を蹴り飛ばした。

 寒さをしのぎ、生き延びることだけをその役割として求められていた、装飾など一つも施されていない素朴な外套の裾が美しい曲線を描いて翻る。その縁を飾る、色彩に乏しい世界へと果敢に立ち向かうような、暁色の長い髪がこの上なく典雅に中空を舞ってみせた。無感動に沈黙する白い画布を、滴るほどにたっぷり顔料を含んだ絵筆が切り裂くかのようだった。目の覚めるような鮮烈さ、華やかさに、フェイはまるで瞳孔から色彩に射抜かれた気さえした。
 彩りと共に、あでやかな笑みさえまとって、それらを彗星の尾のように引きながら、フェイの目の前でエリィは展望台からすぐ下の露台へと飛び降りた。全身の膂力とばねを極限まで利用した、圧巻の跳躍だった。一瞬の色彩に心奪われたフェイも、重力に従って即座に眼前から姿を消したエリィのさまに、ようやく我へ返ると、つんのめって転げ落ちそうな勢いで手すりへ飛びつく。身を乗り出して見やった階下では、フェイの心配など素知らぬ風情のエリィが、しっかり足元を踏みしめて胸を張り、逆に力強い眼差しで彼を見上げてくる。
 そしてふたりの視線が繋がると、彼女はどこかくすぐったげに唇を優美な弓の形に引き、両手を口元に添えて声を張り上げる。その指先も今や、寒さからうっすら赤く染まり始めていた。
「雪は、好きよ! だってね!」
 見せびらかすように、軽やかな足取りで汚れ一つない処女雪を駆けてみせる。ほんの十数歩だけ進んでから足を止め、振り返り、後に残ったものを確認してから彼女は笑みを深め、得意げに頭上の彼へ向けて再び叫んだ。
「自分の新しい足跡を、描くことができるのよ!!」
 誰のものでもない、自分自身だけの足跡が、転々と頼りなく、けれど確かに雪へ刻まれている。そのことを彼女は喜び、これ以上のことはないとばかり、満ち足りて笑みの蕾をほころばせる。小さな足跡が、描く人である彼に、どう映ったのかエリィには分からない。もしかするとこの怒涛じみた雪に隠されて、何も見えなかったのかも、とさえ思えた。事実、エリィの立つ場所からフェイの表情を伺うことは至難だった。
 けれど返事の代わりに、ついさっき自分がいた場所から、新たな黒い流れ星が落ちてきたのを確認すると、エリィは寒さのためだけでなく頬を薔薇色に染め上げて破顔した。

 はしゃぐ声をお互いに弾ませながら、ふたりは雪景色の中を駆け巡った。かつて誰かが手にしていた地図も下絵も放り出して、自身の思うがままに、足跡をつけて回ることが楽しくてならなかった。慣れない足元に、悪い視界、それらをますます増長させる雪の大瀑布は降るのに飽いた気配もない。お陰でふたりはいくらでも、いつまでも、まっさらの画布へまっさらの足跡をつけ続けることができた。
 単調な動きに終始することなく、時には雪をすくったり、また投げつけたり、いっそ振り撒いて頭から浴びたり。次々に新たな触れ方を発明したりさえした。その開発過程に失敗は勿論つきもので、探究心の代償としてふたりは幾度も足を滑らせては地面に転がり、髪と言わず腕と言わず、すっかり全身に雪をまといつかせてしまう。
 それでも寒さを覚えて凍えもせず、ふたりは内側からふつふつとこみあげるわけの分からない熱にすっかり突き上げられて、高らかに笑い声をはじけさせてはなおも立ち上がり雪と戯れた。やがて疲れ果て、露台の真ん中へ倒れこむように横たわってしまうまで、ただただふたりは雪の画廊に遊び続けた。
 白く新しい世界に、ふたりの荒い息と、ふたりへ降りしきる雪の音だけが聞こえていた。


 後日。まるで子供のようにぐしょぬれで帰ってきたふたりは、当たり前ながら揃って熱を出して寝こむ羽目になった。医務室に二つ並んだベッドの枕元には往々にして仲間たちの誰かしらがやってきていて、からかうやら説教するやらで、お小言の応酬を回避することは不可能だった。けれど叱ったり呆れたりする仲間たちも、ベッドの上からお互いに悪戯っぽい視線をあわせて、薔薇色の頬のまま笑みを浮かべるふたりを見れば、言葉をただ微苦笑に変えてゆくばかりだった。
 ろくに反省した様子もない、懲りないふたりは、またの雪遊びを夢見て、くすくすと誰にも内緒で微かな声を零した。
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