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とまり木 常盤木 ごゆるりと

ひねもすのたのた

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お誕生日の鐘が鳴る頃

ゼノギアス十五歳のお誕生日、おめでとう。
どうしても、時間きっかりにしたかったのですよ。
お誕生会に必死すぎて、お菓子がなくてごめんなさい。

ただ書き続けてはや十余年。



『春を歌い秋に舞う麗しのハベトロット』(現代。ココア組)


 精の強い草いきれに満ち満ちた緑の丘で、ふたり並んで寝転がる。空の高さを眺めるでも、雲の行方を見守るでもなく、ほの暖かな陽射しを全身に浴びて、ただのんびりと横たわっている。
 戦い終えてしばらくは、エリィの静養も兼ねて、ふたりで日々を穏やかに過ごしていた。そして、すっかり体が良くなった今でも、周囲からさんざに休め休めとどやされるものだから、仕方がないかとふたり揃ってひねもすのたり。毎日、お喋りをし、笑い合い、おいしい食事に舌鼓を打って、この上なく単純で平坦な日常を送る。これでは、あまりになまけものだとふたりが訴えれば、仲間たちは「一万年も忙しかったのに、何を言う」と笑うばかり。
 そう言われれば、そうかもしれない、とふたりも納得してしまう。そうして今日も、なまけもの。甘い草の香に、肺の奥までとっぷりと満たされながら、なにげなく過去の出来事に思いを馳せていた。

「そんなことも、あったわね」
 自然が調えてくれた、柔らかな青いじゅうたんに横たわって、エリィはしみじみと呟く。限りなく自分に近くありながらも自分ではない『彼女』の記憶を辿り、今、身を投げ出している緑の丘と、かつての幼い大教母が少年へ所望した丘を重ねて。ぽつりぽつりと語っていたのを、そう締めくくった。思い出す、という行為のはずなのに、どこか遠く、けれど近い。慣れ親しんでぼろぼろになったお伽噺のページを、指で一枚一枚丁寧に繰るような感覚が、可能な限り正確な表現かと、彼女はぼんやり思う。
 ただの女でありたいと願いながら、そうあることを許されなかった『彼女』が、幼い頃に得ることのできた、短くも幸せな記憶。その後に繰り広げられたことを思えば、こどもたちのささやかな幸福が、一層と際立って浮かび上がるようだった。
「ねえ、フェイ」
 小さな星の煌めきじみた記憶を指先でなぞるようにして、懐かしさやまた痛ましさも感じながら、同意を求めて隣に横たわる彼へ視線を向ける。すると視界の正面に飛びこんできたのは、緑の草に流れる目にも鮮やかな真紅の髪と、心の底から不本意そうな仏頂面だった。
 ぺちん、と咄嗟にエリィは相手の額をはたいた。
「……なんで貴方が出てるのよ!」
「俺に言うなあいつに言え! 大迷惑なのはこっちだぞ!」
「それより何がきっかけでステージ交代なの!? 私何もしてないわよ!」
「嘘を吐け! いきなりあんな話を持ち出して、あまりの内容に耐えかねて引っこむから、俺が出てこざるを得ない始末だ。押し出されたぞ」
「主人格放棄するほどのはずかしさっておかしいでしょう……」
「……察してやれ」
 つい先程まで、どこか艶っぽささえ感じさせる優婉な微笑を刷いていたエリィが、瞬時にして年相応の娘に戻る。気心の知れた友人と口喧嘩を繰り広げるように、もう一人の『彼』と賑やかな丁々発止を演じる。少し前には、大教母の再来とまで讃えられていた聖なる女の顔だけではない、秀麗な眉を吊り上げて頬を膨らませる小娘じみた顔もまた、エリィ自身だった。
 嫌になるほどふたりの事情を理解している緋色の彼は、やれやれとばかりに重たい溜め息をつくと、組んだ腕を枕にし改めて仰向けになる。そして伸ばされたままだった足を組むと、黄金の瞳でちらと彼女を横目にする。
「お前も話しててはずかしいだろう。あれは」
「……うるさいわね」
「照れてるなら照れてるふたりでやれ。一万年単位の思い出話に俺を巻きこむな。俺は無関係だからな」
「それはフェイに言ってちょうだい」
 不貞腐れる彼女の頬の色と、心の内側でしばらくもだえていた誰かさんの頬の色が似た者同士だと気づき、イドは片方の口角を上げる。聞こえているし、見えているだろう? と、衝動的にステージから飛び降りた逃亡者に語りかけてから、返事も待たずイドはあからさまに欠伸をしてみせた。
「俺は寝るぞ」
 一瞬だけ細めた目をすぐさま閉じて放った言葉が、彼女に向けられたものか、彼に向けられたものかは、分からない。けれどエリィが何か返す暇もなく、宣言じみたその声が消えたかどうかという頃には、燃える彩の髪は彼女の目の前で漆黒へと染まってゆく。再び戻ってきた彼の表情もまた然りで、それなりに血色の良い顔色をして何かを押し殺している、ふやけた忍従の面持ちへと変化していた。
 無言で必死に耐えているフェイのさまに、ここまでぷんすか膨らんでいた彼女の不機嫌も、ついぷしゅうと空気を抜かれてしまう。エリィは思わず呆れたように微苦笑を浮かべると、ぴん、と優しく相手の額を指ではじいた。
 お互いの林檎な顔色が、お揃いになっていることを、ふたりだけが知らない。

 イドに見せた時ほどではないものの、まだ少し唇を尖らせて、エリィが声だけでフェイに詰め寄る。
「そこまで逃避しなくてもいいじゃない」
「いや…あんまりにも、いきなりだったもんだから……」
 よろよろと言葉を選びながら、まだ完全に平静は取り戻していないらしいフェイが、伏し目がちのまま視線を泳がせているのが彼女には不満だった。きっと、目を合わせられないからだろう、とは容易に想像がつくものの、口がへの字に目が半眼になるのは止められない。けれどそうするうちに、またぞろ、自分のほうまで肌の裏がふつふつと灼熱してくるのが、何だか腹立たしい。
 だからつい、どうせ見てくれないのなら、と自身もそっぽを向いてしまう。
「……私だって話しててはずかしいのよ。ずるい」
「――ごめん」
 ふてて見せながらも正直に吐露すると、そっと静かな声が彼女の上へ降りてきた。それだけで、熱がするりと桃の皮を剥くように落ちてゆく。咄嗟に目を開けて彼のほうへ視線を戻すと、照れを打ち消せてはいないものの、誠実にエリィと向き合う黒い瞳と淡い微笑があった。
 満ち足りた、大輪の笑みをエリィは咲かせ、横たわった体から力を抜いた。
「……ううん。ちょっと、私も突然すぎたわ。でも、ふと、思い出したの」
 くっきりと過去を辿ろうとする紫苑色の瞳が、彼方を見渡そうと眇められてから彼のほうへ向き直り、悪戯っぽく瞬いてみせる。
「ねえ。どうしてあの時、エリィがあんなことをしたか、分かる?」
 彼であって彼でない少年が投げかけられた、今思い出しても凄まじい提案。それに向き合うことは、やっぱりどうしても恥ずかしさがこみあげる。しかも問いかける側、答える側の双方が同じ感覚に襲われるのだから、実に恐ろしい話だった。しかしそうして押し寄せる怒涛じみた照れに対し、今度はくじけないよう足を踏ん張って、フェイはあれこれと思案を巡らせてみる。
 あの幼くも聡明な少女が、ただ事実かどうか確認したいから、という理由だけで、修道院の大脱走まで決行したとは考えにくい。さっきは照れに阻害され、うっかりそこまで思い至らなかったが、よくよく考えてみれば不思議なものだった。
 いつの間にか組まれていた足を無意識に伸ばして、腕枕はそのままに、やや視線だけを俯きがちにして考えこむ。しばしその体勢を維持していたが、ふと答えの尻尾じみたものを捕まえた気がして、ゆっくり顔を上げるとエリィへ上半身ごと向き直る。
「早く…大人になりたかったからか? 大人になって、自由になって、あそこから抜け出したかった?」
「その通り。あの場所が彼女にとって、綺麗な檻でしかないのは、ラカンも知ってくれていたものね。解放されたかった、一日でも早く。でもね、ラカンが勘違いをして、計画がご破算になっても、満足した顔だったのは、どうしてだと思う?」
「えっと……」
「大人になれば、あの鳥籠から抜け出せると思った」
 更に深く沈潜しようとする彼が明確な答えを見つけ出す前に、エリィは歌うように語りだす。肌にも、魂にもしみついたお伽噺の台詞を、そらんじるようだった。
「”でも。あなた以外となら、したくはないから、いらないわ”」
 茶目っ気さえ含ませてそう告げると、あの日と同じように、彼はきょとんと目を見開く。その顔が、時間も年齢も違うというのに、ちっとも変っていなくて、思わずエリィは蕾が春を迎えたように顔をほころばせてしまう。そして同時に、親愛なる少女のことを思い出し、おませな子、と笑みを深めた。
 一分一秒でも早く大人にはなりたいけれど、その目的のために、自分の望みでない手段は取りたくない。自分を偽らなければならない世界から抜け出すために、自分の気持ちを偽るのは嫌だと、きっぱり拒絶してみせる。高潔で、生真面目で、やっぱり少女な、五百年前の彼女。
 今のエリィの全てが彼女ではないし、彼女の全てがエリィでもない。けれどエリィたちは全員、繋がっている。どこか一点、譲れない芯のようなものを細い糸に紡いで結び、共有し、手を取り合う。過去から現在までの時間は、彼女らの糸に通されたビーズのように、しゃらしゃらと連なる。
 お互い姿は見えないし手も取れない、言葉を交わすこともできないけれど、一万年を戦い続けた戦友みたいなものだった。
「とにかく今は」
 と。両手足を目一杯広げて、エリィは草の海に身を沈める。伸ばした手を体の脇へ落とすと、片方の手が、ふとフェイの手をかすめる。すぐ隣で身を休めている彼に、エリィは婉然と微笑んだ。
「一万年のなまけもの、していましょ」
「合法的な、なまけものだな」
 触れた華奢な手を大きな手の平で緩く包んでから、茶化すようにフェイが言うも、エリィは泰然としたものだった。
「あら、怠けてるだけじゃないわ。毎日過ごしているもの」
 筆だこのできた彼の指を払いのけ、改めて自身の手を開かれたままでいるあちらの手の内へ滑りこませると、指と指を絡めてきつく握る。ふと驚いたような顔をしたフェイも、すぐ、そっと握り返した。繋ぎたくても繋ぐことのできなかった彼らのぶんも、一万年を取り戻すように。強く。
 彼女たちの繋げた一万年の長い糸は、しまいを結び合わせることなく、エリィは片端を素っ気なく宙へ解き放った。数えきれない重たいビーズは、それぞれに軌跡を描きながら放り出された。もう囚われることはないけれど、得た縁をも捨てることはない。彼女を束縛する重石さえ捨て去れば、残るは彼女たちが紡いできた思い出が糸として絆として残る。
 そうして、これから彼女が紡ぐは赤い糸。
「単純なことを繰り返して」
「歌って、踊って、笑って、泣いて、喧嘩して、仲直りしてごはんを食べて」
「そうして生きていけばいい」
「たまには、大人のキスもしながらね」
 最後にそう、からかうように彼女が付け加えると、ふと彼が軽く身を乗り出して。暁の紅と深更の黒が、重なった。
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