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とまり木 常盤木 ごゆるりと

ひねもすのたのた

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二月大生誕祭第八夜

題名が題名がうあああ。
悩んで迷って転がって、一回りしてどういうことなのと我に返る。


結果が本日のです。
……この二月、大生誕祭は後日きちんと整頓しますけれど。
その際に、題名に関するあれやこれやも書かないとです。
いやむしろ弁明させてくださいおねがいします。
整頓前に、日記で題名に関することだけでも書きそうな勢い。
そのくらい、今回は凄まじく迷走しています。

題名に悩むからといって、長けりゃ良いというものではありません。
しかしこの数日はひたすらのびのび長くなってますが。
次回次々回は、ようやっと短くなります。
さあ。接触者対存在デイズも、今日を除いて残り二夜です。


『あなたと私のフラットライン・グルーヴィー』(ゼボイム組)


 ぺたぺた。ぺてぺて。
 ためらいがちに、慣れない手つきで、彼女は指でつまんだものを動かす。それはとても珍しいもので、使ってみたかったものの、仕事場が慢性的な人員不足であって常に忙しく、なかなか手に取ることができなかった。何せ彼女が今していることは、時間も手間も、たっぷりかかる代物であるから。しなければ、と殊更に強く意識しないと、なかなか踏み切れないものだった。
 久し振りの休日を前にして、現在、思い出したようにエリィはそれを用いている。初めて触れるものに、好奇心と戸惑いをないまぜにしながら、一筆ごとに自信のなさを募らせて、振るう。さまよいがちな筆先の理由の一つは、きっと彼はこれが好きではない、と漠然と思うからだった。
 考えれば考えるほど胸を覆う、暗雲めいた不安を覆い隠そうとして、また厚く、塗り重ねる。
(手作業でするマニキュアなんて、データでしか見たことなかったわ)
 ちら、と彼女はすぐ手近の卓へ置いた壜へ目をやる。彼女の手の平にも簡単に収まるほど小さな壜は、その狭い表面へ精緻な切子細工が施されており、宝石めいて見事に磨き上げられている。室内の間接照明を受け、ぼんやりとした明かりを内に宿すや、まるで小ぶりなシャンデリアのように煌めいてみせる。今時なかなか見かけない、骨董じみた品だった。
 ただ流石に、中身まで骨董というわけではない。譲ってくれた友人によれば、数百年前には広く用いられていた、筆で刷くという原始的な手段でなされていた頃のマニキュアを、限定で復刻したものらしい。今のご時世、化粧などというものは、専用キットを顔に押し当てれば自動的にされるもの。その日の気分や体調を識別して色や濃度まで選択し、事前に入力しておいた個人の好みを汲んだ上で、柔軟に対応してくれる。指先もまた然りで、小さな機械に指を入れて数秒もすれば、思い通りの柄が印刷される仕組みになっていた。
 いちいち失敗する危険さえ冒して、人の手で直接に筆を使って塗るだなんて、非効率極まりない。けれどエリィは、してみたい、と思った。小壜の元の持ち主である友人は、この手間に音を上げて、話を聞いた時から興味を持っていたエリィに譲った。使いたい人が使うべきよね、と笑いながら手渡してくれたその友人も、もう亡い。
 遺された小壜から目をそらし、彼女は無言で小さな筆を動かす。一日ごとに死はエリィへ確実に歩み寄り、ややすると既に背中にまで近づいている気さえした。そんな動揺も塗り隠したくて、こんなことをしているのやもしれない。
 と。
「エリィ?」
 扉の開閉音を響かせて、キムが部屋に入ってくる。ふたり一緒に暮らしているのだから当たり前であるし、何もおかしいことはない。ただ筆に意識を集中させている彼女は、うつむくように爪と向き合いながら、やや身を強張らせた。見られてはいけないものを、見られてしまった気分だった。不必要とも思える華美な装飾のため、こんなに非効率なことをしているだなんて、生真面目な彼には虚栄としか映らないのではと考えてしまう。
 返事もせずに椅子の上で身を縮こまらせている彼女の姿にも、キムは相手が何をしているのか、すぐには分からなかったのだろう。ただ細かく何かを動かしている様子が気に留まったか、よく見ようとして眼鏡越しの目を眇めると、同時に眉間へ深い皺が刻まれた。その顔つきが不機嫌ゆえのものではないと、彼女はよく知っている。普段から神経質であることも手伝って、どうしてもきつく見えてしまうが、それはひとえに目の悪さが原因している。しかし、誰よりもそう理解している彼女でさえ、今の状況から、全身に緊張を走らせた。
 キムはつかつかと足音も高く彼女の元へ歩み寄ると、突然右手を上向けて差し出した。どういうことか咄嗟に理解できないエリィが、そろそろと顔を上げると、キムは宙に浮いた彼女の指からおもむろに筆を引き抜いた。紫苑の瞳が丸くなるのに、彼は薄く、笑ってさえみせた。
 そうして彼はためらいもせず姿勢を低くすると、彼女の前に膝を折った。

「そんな動きでは駄目だ。色にむらが出てしまう」
 ついさっきまで、さんざにエリィを悪戦苦闘させていた筆が、すらすらと滑らかな軌跡を描いて走り出す。キムがさも簡単そうに筆を動かすだけで、その後からは、魔法のようにつややかな色が導き出される。
「重ねてごまかせる色もあるが、この色だとその手段を取っても、事態は好転しないだろう。一塗りで終わらせてしまうのが、一番良さそうだ」
 思わず言葉を失うエリィの前で、キムはそんなことを、他愛ないとばかりに口で説明しながらこなしてしまう。あっという間に片方を終わらせてしまうと、膝に置いてあったエリィの手をてきぱきと取り、残る半分に取り掛かろうとする。エリィはまだ、指一本も仕上げていなかったというのに。
 しかしふと、キムの手が止まる。
「既成の色だけでは、つまらないな……そうだ。エリィ、何か細かな、プラスティックの欠片みたいなものは、あるだろうか。光を反射するものなら、なお良い。色々と装飾を施すのも、面白そうだ」
「キム」
 やっとのことで声を出すことのできたエリィに、彼女の手を捧げ持ったままのキムが、また筆を走らせる。ひとまず工夫を凝らすのは次回にして、今は全ての爪をつややかに仕上げることを優先したらしい。戸惑ったままの彼女へ、視線は爪へと向けるため伏し目がちになりながら、やんわりと言い聞かせるようにキムは口を開く。
「――筆遣いで、僕より君が長けているとは思えない。これでも割合と長く、筆とは近しい関係でいるものだからね。それに専門ではないが、僕だって外科の技術は持っているんだ。外科医の手先が器用だってこと、知っているだろう?」
「ええ」
「ただ、君が特殊なわけじゃない。そもそも上手く扱える者など、なかなかないだろう。乾きやすさと剥がしやすさを兼ね備えた素材を選んでいることから、最初から失敗が多発するのを見越して、再挑戦が安易にできるようにしている。しかし、こんな古風な化粧い方を、よくみつけてきたものだ。」
 最後に、エリィが初めに挑んで失敗し、つややかさとはかけ離れた荒地のようになってしまった指へ向かう。既に乾いたらしい表面を軽い手つきで剥がしてしまうと、後は素早い筆が刷き清めてゆく。
「……よし、できた」
 いつになく饒舌に、筆との付き合い方を心得ている彼が、ちょっと得意げに語るのをエリィは緩やかに顔をほころばせて聞いていた。
 そうする間に、早くもキムは彼の仕事を仕上げてしまい、出来栄えをしげしげと確認してから、満足げに立ち上がる。それでも彼女の手を取ったままだったため、まるで古にあるように、紳士が淑女をお誘いしている姿に見えた。
「小さな筆だけれど、あなたの気分が味わえるかな、あなたの見ているものが見えるかな、って思ったのよ」
 訊ねられる前に、エリィはすんなりと心情を吐露する。恐らくは世界の誰よりもキムを理解している彼女ではあるけれど、もっと知りたいと思った。より深く、より奥へ、沈みこむほどに。親愛なる対象へ近づくため、最も手っ取り早い方法は同一化とも言われる。迷いなく信念を貫く彼の道を辿ることで、更なる理解へ近づこうとした。その強さの欠片でも、得たいと願ったのやもしれない。けれど。
 彼女を覆っていた得体の知れない暗雲は、結局、塗り隠すことはできなかったが、彼が筆で切り裂いてしまった。そもそも、嫌な雲は吹き払うか切り開くかしないと、追いやることはできないものね、と彼女は今更ながら気づく。
 彼女の告白に、キムはいささかも驚いた様子はなかった。彼としても、彼女が自分の好む行為へ近づこうとしたのが、面白く、また面映ゆく感じたのやもしれない。ほのかに生じた照れくささを隠すためか、シニカルに目を細める。
「それで、ご感想は?」
「少しは、見えたように思う。あと、改めて思い知ったことがあるわ」
「何を?」
「適材適所の大切さ」
 一言一言をゆっくりと、おどけた調子でそう答えると、彼の手を頼りに立ち上がる。そうしてお互いに向かい合ったふたりは、視線を一つに繋いだまま、どちらからともなく笑い声を漏らすと次第に音を大きくして、やがて室内へ朗らかに響かせた。
 艶っぽいカシス色の光沢に彩られた、ひどく、ひどく穏やかな、6083年の夜。
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