とまり木 常盤木 ごゆるりと
ひねもすのたのた
おっはなっし、ひゃっぺん、かっけるっかな?
唐突に何か書いています。何してるのでしょこのひと。
唐突にもほどがありますし、創作ですし、なので隠しておきます。
いやその。なんだか、言葉がずんずん歪められてゆくようで。
言葉に血が通わなくて。ひどく、きもちがわるいのです。
そうこうしているうちに、なんだかお話も書けなくなって。
にっちもさっちもWOーな感じで、悩んだ結果がこれです。
短編を百。書けやしないかと。
同じ題材。同じ状況。それで百。
短編なら負担は少ないですし、いけなくも、と思いまして。
見切り発車もたいがいですが、はじめてみました。
どうにも最近、寝つきが悪くって。
ならばこの状態をお話に出来やしないかと企んだのです。
眠れぬ夜の小さなお話。
習作な上創作なので、続きに隠しております。
サイトのジャンルをほっぽったままで、申し訳ありません。
たまにこうして遊びますので、どうかご容赦ください……。
『なにもない(百夜白夜)』
(わたしは何でも知っているのよ)
「うん」
(子供だからって、あなどらないで)
「うん」
(おふろから上がった後、電気を消すでしょ)
「うん」
(くるっと背中を向けたしゅんかん、そこはハブとマムシとガラガラヘビがいるの)
「へえ」
(それで、急いで走るでしょ。そしたらね、暗い廊下のすみには、タランチュラがいるの)
「へえぇ」
(わたしは何でも知っているのよ)
「うん」
(だから、わたしはベッドの中で目を開けないの)
「うん」
(でも、頭からおふとんをかぶったりはしないわ。逃げるものですか、負けるものですか)
「うん」
(せいせいどうどう、目を閉じるだけよ)
「うん」
(まぶたを開けたら、部屋中に、きみのわるいものが満ちているの)
「うん」
(しかも。うんと、わるいものよ。どろどろのゾンビだとか、首のない青白い女だとか)
「うん」
(胸にのしかかる隙をねらってる、目をつりあげた、コンクリートみたいなチョコレートだっているかもしれない)
「うん」
(だから。わたしは、目なんて開けない。そんなのいない、なんて言われても、だまされない)
「うん」
(子供だからって、ばかにしないで)
「――僕は、君を、ばかにしたかな」
円い声が、夜の子供部屋へ静かに響いた。響く、というよりも、神経質なほどに凪いでいた空間へ、そっと小さな一滴を落とし、水面に波紋をもたらしたかのようだった。
相手へ問うでもなく、自身を責めるでなく、ぽつりと独り言じみて放たれた声だった。けれど、”何でも知っている”と自負していた紫野は、その言葉に思わず目を剥くと、相手へ食らいつく勢いで詰め寄った。
「そんなわけ、そんなわけ、絶対にないわ!!」
草木も眠る深更のこと。引っくり返りそうなほど声を荒げたくても、常識的な彼女は、どうにか喉を押さえつける。それでも、反論したい気持ちだけは自制がきかず、ずっと胸に抱き締めている相手を、更に握り潰してしまいそうなくらい、きつく体に押しつける。
いくら夜目がきかないとはいえ、指や体を通して、彼の感触は闇の中でもよく分かる。ソフトボール大の体を覆う、短い毛足はややくたびれて。それでも、夜に灯台じみて柔らかく灯る、蝋燭の火に似た淡い黄色い毛並みは、ぼんやりと浮かび上がって見える気がした。指で探っても、なかなか見当たらない手足は申し訳ばかりで、絡んでくるしっぽだけがいやに存在感を主張する。
そして何より、光のない中、限界まで拡大された紫野の瞳孔に映る深遠な黒い瞳と、愛嬌のあるぶたの鼻が、彼を彼たらしめていた。その愛すべき鼻を確かに認めると、紫野は少し泣き笑いじみて表情を緩め、彼を見つめる。胸元へ向けた声は、やや掠れていた。
「ぶーちゃんIIは、いつだって、わたしをばかになんてしなかった」
紫野の言葉に、ぶーちゃんIIと呼ばれたぬいぐるみは、安心したように軽く微笑した。
彼がいつからそう呼ばれていたのか、そして、そもそもIがいたのか、明らかにされていることは殆どない。けれど確かなのは、彼がかつてもこれからもぶーちゃんIIであり、眠れぬ子供の隣へ寄り添い続ける、ということだけだった。
「良かった」
彼は、その体格と同じように円い、棘のない声音で、どこか溜め息を織り交ぜたように漏らした。
「僕が知らない間に、君をばかにしてしまったのかと思った」
「ちがう。絶対に、そうじゃないの。ぶーちゃんIIでない、他の大人が、そうするのよ」
肌触りも輪郭も柔軟な相手の拘束を緩め、ぶーちゃんIIと顔を合わせたまま、紫野は言う。誤解がとけた安堵もあってか、そのさまはどこか楽しげだった。心の声だけでなく、実際の声も、饒舌になる。
「自分がちょっと長く生きてるからって、こっちの意見なんて聞きゃしないの。ただ、下品に押しつけてくるだけで、まるで耳がないみたい。どうしてあんなことができるのかしら。誰もが自分と同じだと思っているのかしら」
「君を、相手を、分かろうとしない?」
「うん、そう!」
こちらの気持ちをすぱりと言い当ててくる、ぶーちゃんIIの反応に、紫野は大層満足したらしく、にっこりと満面に笑みを浮かべた。そのまま、かさにかかって、なおも大人への不平不満をここぞとばかりに披露し続ける。立て板に水の独演会を繰り広げるのに夢中になりすぎて、相槌も打たず、ただ目を細めて彼女を見つめるだけのぶーちゃんIIの様子に、紫野は気づくことができなかった。やがて喋り疲れた紫野が、重たくなった瞼をとろとろ下ろし、穏やかな寝息を立て始めるようになっても。ちっとも。
拘束の緩んだ紫野の腕から、転がるには最適な体格をした彼は、ころりと抜け出ると、魑魅魍魎のしっぽも見えない夜の部屋をしげしげと仰いだ。そして、何か幸福な夢でも見ているのか、眠りの中でも薄く微笑む紫野のさまにそっと目を細めた。
「おやすみ」
その声へ応えるように、少女の寝息が一瞬不規則になり、すぐ、元に戻った。
(わたしは何でも知っているのよ)
「うん」
(子供だからって、あなどらないで)
「うん」
(おふろから上がった後、電気を消すでしょ)
「うん」
(くるっと背中を向けたしゅんかん、そこはハブとマムシとガラガラヘビがいるの)
「へえ」
(それで、急いで走るでしょ。そしたらね、暗い廊下のすみには、タランチュラがいるの)
「へえぇ」
(わたしは何でも知っているのよ)
「うん」
(だから、わたしはベッドの中で目を開けないの)
「うん」
(でも、頭からおふとんをかぶったりはしないわ。逃げるものですか、負けるものですか)
「うん」
(せいせいどうどう、目を閉じるだけよ)
「うん」
(まぶたを開けたら、部屋中に、きみのわるいものが満ちているの)
「うん」
(しかも。うんと、わるいものよ。どろどろのゾンビだとか、首のない青白い女だとか)
「うん」
(胸にのしかかる隙をねらってる、目をつりあげた、コンクリートみたいなチョコレートだっているかもしれない)
「うん」
(だから。わたしは、目なんて開けない。そんなのいない、なんて言われても、だまされない)
「うん」
(子供だからって、ばかにしないで)
「――僕は、君を、ばかにしたかな」
円い声が、夜の子供部屋へ静かに響いた。響く、というよりも、神経質なほどに凪いでいた空間へ、そっと小さな一滴を落とし、水面に波紋をもたらしたかのようだった。
相手へ問うでもなく、自身を責めるでなく、ぽつりと独り言じみて放たれた声だった。けれど、”何でも知っている”と自負していた紫野は、その言葉に思わず目を剥くと、相手へ食らいつく勢いで詰め寄った。
「そんなわけ、そんなわけ、絶対にないわ!!」
草木も眠る深更のこと。引っくり返りそうなほど声を荒げたくても、常識的な彼女は、どうにか喉を押さえつける。それでも、反論したい気持ちだけは自制がきかず、ずっと胸に抱き締めている相手を、更に握り潰してしまいそうなくらい、きつく体に押しつける。
いくら夜目がきかないとはいえ、指や体を通して、彼の感触は闇の中でもよく分かる。ソフトボール大の体を覆う、短い毛足はややくたびれて。それでも、夜に灯台じみて柔らかく灯る、蝋燭の火に似た淡い黄色い毛並みは、ぼんやりと浮かび上がって見える気がした。指で探っても、なかなか見当たらない手足は申し訳ばかりで、絡んでくるしっぽだけがいやに存在感を主張する。
そして何より、光のない中、限界まで拡大された紫野の瞳孔に映る深遠な黒い瞳と、愛嬌のあるぶたの鼻が、彼を彼たらしめていた。その愛すべき鼻を確かに認めると、紫野は少し泣き笑いじみて表情を緩め、彼を見つめる。胸元へ向けた声は、やや掠れていた。
「ぶーちゃんIIは、いつだって、わたしをばかになんてしなかった」
紫野の言葉に、ぶーちゃんIIと呼ばれたぬいぐるみは、安心したように軽く微笑した。
彼がいつからそう呼ばれていたのか、そして、そもそもIがいたのか、明らかにされていることは殆どない。けれど確かなのは、彼がかつてもこれからもぶーちゃんIIであり、眠れぬ子供の隣へ寄り添い続ける、ということだけだった。
「良かった」
彼は、その体格と同じように円い、棘のない声音で、どこか溜め息を織り交ぜたように漏らした。
「僕が知らない間に、君をばかにしてしまったのかと思った」
「ちがう。絶対に、そうじゃないの。ぶーちゃんIIでない、他の大人が、そうするのよ」
肌触りも輪郭も柔軟な相手の拘束を緩め、ぶーちゃんIIと顔を合わせたまま、紫野は言う。誤解がとけた安堵もあってか、そのさまはどこか楽しげだった。心の声だけでなく、実際の声も、饒舌になる。
「自分がちょっと長く生きてるからって、こっちの意見なんて聞きゃしないの。ただ、下品に押しつけてくるだけで、まるで耳がないみたい。どうしてあんなことができるのかしら。誰もが自分と同じだと思っているのかしら」
「君を、相手を、分かろうとしない?」
「うん、そう!」
こちらの気持ちをすぱりと言い当ててくる、ぶーちゃんIIの反応に、紫野は大層満足したらしく、にっこりと満面に笑みを浮かべた。そのまま、かさにかかって、なおも大人への不平不満をここぞとばかりに披露し続ける。立て板に水の独演会を繰り広げるのに夢中になりすぎて、相槌も打たず、ただ目を細めて彼女を見つめるだけのぶーちゃんIIの様子に、紫野は気づくことができなかった。やがて喋り疲れた紫野が、重たくなった瞼をとろとろ下ろし、穏やかな寝息を立て始めるようになっても。ちっとも。
拘束の緩んだ紫野の腕から、転がるには最適な体格をした彼は、ころりと抜け出ると、魑魅魍魎のしっぽも見えない夜の部屋をしげしげと仰いだ。そして、何か幸福な夢でも見ているのか、眠りの中でも薄く微笑む紫野のさまにそっと目を細めた。
「おやすみ」
その声へ応えるように、少女の寝息が一瞬不規則になり、すぐ、元に戻った。
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