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とまり木 常盤木 ごゆるりと

ひねもすのたのた

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『ワールドエンドインマイルーム』


ははのひおめでとうございます。
……何か、もう、すみません。


色々と限界でした。こらあかん。いやほんまあかん。
これ以上あれこれ言うと、何だか酷い言葉を書いてしまいそうです。
『折れてしまえ指』とまで思ったのは久し振りです。
どうしてこうも動かないのか指!


『ワールドエンドインマイルーム』(真白き子供の子供部屋)

(しろ)
 そこへ横たわったまま、子供はぼんやりと言葉を掴まえる。
 意識しているのか、いないのか。そもそも子供に、『意識』という概念が備わっているのか、理解しているのかさえ、ろくに分からない。
 彼の部屋は、ただ白かった。床、壁、天井、それぞれの境界を把握することが難しいほど、ひたすらに塗りこめられた一色。長時間眺めれば必ずや目を痛めてしまうだろう、乱暴な白の只中で、ただ一つきり取り残された影のように、黒曜石の瞳と髪を持つ子供は、糸の切れた人形じみて動かずにいた。切り落とされた、夜空のハギレのようだった。
(これは、”しろ”)
 くたりと投げ出された四肢をそのままに、子供は緩やかな『観測』を続ける。彼にはあまりにも知らないものが多すぎた。次から次へ、定義づけるものがありすぎて、休む暇もない。例え現在彼を取り巻いているのが、永遠に変わりなさそうな無機質で無感動な白い部屋であろうとも。そこからさえ、子供は新たなものを見つけ出す。厳密に言うと、『思い出す』。
(”しろい”。”へや”)
 緩く握られていた掌が、ぴくりと動いた。

『お部屋には、色んなものが飾ってあるのよ。さっぷうけいだなんて、可愛くないわ!高い場所にはうんとこさ背伸びするか、椅子を持ってきたりして、何があろうと飾るんだからね。とにかくモビールがなくちゃ私は嫌!雲と、かもめと、くじらのね。風が吹くたび、ゆらゆら揺れるの』

 『うた』は、彼にそう告げた。よく通る声で、ひばりのように高らかに。時折、合間にくすくすという笑い声や、うんと賑やかなお喋りを挟みながら、彼にそう話しかけ続けていた。子供はそれを聴いていた。だからこそ、今、彼は部屋にいた。
 暁色の幻影を、黒い瞳にかすめながら、子供はのろのろと右手を持ち上げた。
(”くも”と)
 人差し指が、中空をキャンバスに、ぶかっこうなわたあめじみたものを描き出す。
(”かもめ”と)
 わたあめから少し離れた位置で、左右の羽が不揃いの、何とも個性的な顔立ちをした鳥らしき生き物が翼を広げた。
(”くじら”…)
 壁を海原に、鯨が黒い巨体を揺らめかせ始めると、子供はゆっくりと体を起こした。そして唐突に、取りつかれたように狭い部屋中を駆け回りだした。

『おっきな出窓があるのよ。勿論レースのカーテンで、ちゃあんとお花も飾るの』
 開け放ったそこからは、魂ごと吸いこまれそうに青い空が覗いている。
『ふたりがけのソファを置いてね。そしたら、お昼寝だって一緒にできちゃうわ』
 お気に入りの布を選んで、椅子職人さんに張って貰わないと。
『額のない壁って、そうぞうするだけで寒そう。あなたが描いてよ、とびっきりきれいなの!』
 世界から額縁がなくなってしまうほどに絵を描こう。そこには必ず、きみも収められている。
『シャンデリアなんておもたくっていけないわ!鈴蘭の形した灯りを天井から下げて』
 ひたひたと忍び寄る闇も、ぼんやり照らされたそこでは控えめな影でしかない。
『そんなお部屋で、あなたときっと、甘いミルクを飲むんだから!』

 最後の言葉を、耳元で大きく歌い上げられた気がして。目の前で暁色の誰かがきゃらきゃらと笑ったように見え、彼ははっと両眼を見開くと、はじかれたように飛び起きた。
 そこは白い部屋だった。残酷なまでに、ただただ、白い、彼の部屋だった。ついさっきまで、途切れることを知らないキャンバスのように、歌声を、彼女の望みを具現化させ続けていた魔法の画布や筆は、もうなかった。彼の指から色など出ないし、雲もかもめもくじらも、何処かへぷかぷか浮かんでいったらしかった。けれど、瞬きもしない深遠宇宙の瞳に、部屋の姿はさっきと変わって見えていた。
 確認するように、盛んにそこかしこを黒い目が動き回る。
(白い、天井。白い壁。床。僕)
 小さな体をそらすように、上半身をぐるりと巡らせようとすると、起き抜けのぎこちない手が、こつんと何かに触れた。子供は、ただでさえ大きな目を更に見開き、それを手に取る。
(”クレヨン”)
 最初から部屋にあったのに、彼は今の今まで、そのちゃちな画材に気づきもしなかった。そして驚きをそのままにして、また彼は新たな発見に瞠目する。
(”積み木”。”絵本”。”人形”)
 真っ白な部屋にちらばる、子供のためのもの。その数々。
(”くるま”、”お花”。”くま”、”うさぎ”、”かもめ”、”へび”)
 玩具の形を認識し、そこで表現されているものを感じ取り始める。砂漠へ水が注ぎこまれる様に、急激な理解だった。空いている手を伸ばし、思わずそれらに触れてみる。不自然に組み上げられていた積み木が、がらんと崩れた。それでも子供は気に留めない。一心に何かを探そうとし、玩具の散乱する床を更に掻き乱して、あるものを求める。しかしやがて、その手も止まった。
(”きみ”はいない)
 そこまで考え到ると、子供は一瞬動きを止めた後、素早く手を動かし始めた。少しの時間が経ってから、子供はクレヨンを置くと、描き上げたものを確認して、薄く笑った。本人すら気づけないだろう、微かすぎる笑みは、彼が『生まれて』初めて浮かべたものだった。
 がしがしと力をこめて描ききった、暁色の歌姫、その肖像へ寄り添うように、子供はぺたりとまた横たわる。さっき夢で描いたくじらたちのように、彼女が形を伴って、画布から出てくることはない。それでも子供は気にかけることなく、再び目を閉じる。

(ああ。これで)
 子供は小さく息を吐く。
(目を閉じても、開いても。きみを、みることができる)
 穏やかな寝息は、甘いミルクのようだった。

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