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ひねもすのたのた

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『遊び野の城にラベンダーは視る』


ごきげんよう。久し振りの日記で何かもう色々アレなもえぎです。
いやほんま…ほんまもう何か……。


一月は色々とやろうとしすぎて詰めこみすぎて破綻しました。
瓦解する予定。迷走する指先。ぶつ切りになる集中力。
……己の限界を見極められていませんでしたね。
ええ。調子に乗って、やりすぎました。
自業自得とはいえ、うっかり心が折れそうでした。
まあ正直、現在も進行形でしょんぼりしていますが。
書けないことで心がもろもろ。
その余波で別のことでもあれこれもろもろ。
悪影響が半端ではありません。
立て直すためにも、二月はちょっとペースを落とそうかと。
春から忙しくなりそうなのですよ……いやゼノラッシュの所為ではなく。
うう、精神状態どうにかしないとです。


こんな流れで申し訳ないのですけれど、本日は結婚記念日です。
ジョナエリご夫妻のお祝いがしたくてお話頑張りました!
色んなものを犠牲にした気もしますがもうわたし知らん。
前にも言ってたように思いますが、結婚記念日分かるって良いですよね。
お誕生日を祝えるのは、勿論嬉しいことです。
けれど明確に結婚記念日が設定されているのは、感慨も格別です。
だって滅多に設定されていないものですし!

例によってヴィクトリア朝資料読むのが楽しくてひゃほうな結果です。
部がまぜこぜなくせに19世紀をゴリ押ししましたよ。
しかもシリーズにしちゃってますよこのひと。
月に一回ペースとかは…無理かしら……。
あんまりもりもり背負いすぎないよう、おそるおそるやろうと思います。
何はともあれ、ジョナエリ結婚記念日おめでとうございますー!







『遊び野の城にラベンダーは視る』

 おかしな時間と不思議な空間が幅をきかせるその場所で、次第に人々は――人ではないものも多いけれど――慣れた様子で日々を過ごすようになってきた。
 必要なものは求めるそばから与えられ、場合によっては求める前に用意されてしまう。衣食住は勿論のこと、珍しい顔ぶれや懐かしい面々が揃えば話の種は尽きず、体を動かしたければ手合わせの相手に不足もない。どこかの殺人鬼に言わせれば、もしかするとこれこそが平穏な暮らしなのやもしれない。多少、あちらこちらで破壊音や、それに伴う哄笑の響くことはあるけれども。
 そんな、多くの人々が集う中で。とあるヴィクトリア朝の紳士が、一通りの好奇心を満たしてから、ある望みを抱いた。知る由もなかった未来の事柄を学ぶことに、飽いたわけではない。ただ彼は、自らの血を引いた子供たちが健やかに、誇り高く生きてくれていることが、嬉しくてたまらなかった。
 だから、ふと、願いが口をついて出た。宿舎として提供された部屋のソファへ腰かけて、傍らの愛しい妻へ、幸福に満ち溢れた様子で微笑む。
「ぼくらの家族たちと、一度、三人でゆっくりとお茶をしながら話してみたいものだね」
 始まりの星が朗らかに放った、そんなささやかな希望を、世界に名立たる財団の創設者が聞き逃すわけがなかった。

 紳士の何気ない呟きが発されてからものの数時間と経たず、この奇妙な時間と空間を取り仕切っているスピードワゴン財団事務局から、ジョースターの血に連なる人々へ緊急招集の通知が届いた。
 星の一族が訝りつつ開いた封筒から現れた便箋には、紳士淑女との、お茶会という名の三者面談が行われるので出席するようにという指示と、場所や時間が記されていた。ある者は楽しげに目をにいっと細め、ある者はやれやれと息を吐き、ある者は困り果てた様子で唸りながら眉尻を下げ、ある者は無言で目を丸くし、ある者は口笛を吹き、そして――
 要請ですらない文面に違和感を抱きながらも、ジョースター家の人々は末尾へ添えられた一文に、揃って目を見張った。


『なお、この指示を拒絶することができるのは、当財団に一つとして借りを作ったことのないもののみである』


 ご丁寧にも、財団創始者の署名つきだった。そしてジョースターの血族に、誰一人として拒否権を持つ者はなかった。
 それぞれの通知へ記された時間には差があるだろうに、人々は三々五々、指定された場へ集まりだす。散歩気分の軽い足音や、いかにも不承不承といった気怠い足音などが重なりながら響き、設けられた待合場所が次第に賑わい始める。廊下に親しげな話し声が満ちてゆくうち、やがて最初に指名を受けた人物の時間がやってきた。
 青年は大きな悪戯っ子、といった面持ちで、残る親族らに向けて片目を瞑る。そしてスキップ混じりの足取りで、ご機嫌に扉の前へ赴くと力いっぱいに開いた。





 この時間と空間は一体どのような法則で成り立っているのか、それなりの日数を過ごしてきたにも拘らず、巻きこまれた人々にはさっぱり分からないままだった。連日、大人数が行き交う廊下は大型研究施設のように清潔で、ジョセフにはやや無機質すぎるように感じられた。けれどひとたび、通路に面する様々な扉を開けば、どれもが屋内とは思えない多種多様な世界へと繋がっている。
 確かあのクソッタレ吸血鬼の館に幻影で室内を覆う類のスタンド使いがいたな、と青年は思い出し、これも似たようなものだとすんなり受け入れる。別に困った能力ではなし、何より攻撃を仕掛けてこないのだからと、ジョセフは生来の楽天さから気軽に受け入れてしまう。
 けれど、あらゆる戦いを潜り抜けてきた勇士であるジョセフも、ノックもせずに大きく開け放した扉の向こうで広がる光景には、息を呑んだ。
(ああ)
 澄んだ孔雀石の瞳が、見開かれた後、僅かに強張る。
(オレはここを知ってる)
 無意識のうちに室内へ歩を進め、背後で扉が音を立てて閉まるのにも、青年は気づけないでいた。入りこんだ部屋そのものに呑みこまれるような錯覚を起こしながらも、圧倒されることなく踏みとどまり、内部を素早く見渡す。

 正面に位置する大きな窓から、燦々と穏やかな陽光が射しこむ。アラビア風の気配をまとった、流麗な草花の意匠が施されたタイルで暖炉は縁取られ、柵の内側で火が赤々と燃えている。
(モーガン商会のタイル―…まだ、張り替えて、新しい)
 肉体はやんちゃをしていた若かりし頃の姿でも、その内側には百戦錬磨の不動産王もまた同時に存在している。日々の暮らしで上質なものを見慣れている老練な目は、豊富な知識と経験の裏づけも得て、たっぷりと肥えている。そのため幼い頃はごく当たり前だと思っていた品々が、こうして改めて見ると、一つ一つが非常に洗練された趣味で選び抜かれていたと分かった。
(あれはチッペンデール。あれはシェラトン)
 据えられた家具をざっと眺めれば、それぞれの特徴から名前は自然に挙がってくる。柔らかな曲線を描く調度は飴色に艶めき、マントルピースは東洋風の小さな磁器の壷や皿、時計や造花を釣鐘型の硝子で覆ったグラス・シェイド、そして一本だけ灯されている蝋燭を擁する燭台などで賑わう。うるさくない程度に絵画の掲げられた壁の淡い模様さえ、今のジョセフの目には、胸を郷愁に掻き乱すほど鮮烈なものとして映った。
 そうするうち断片的に脳裏へ浮かぶのは、ここでお茶をするとほんの時折、祖母が語った部屋にまつわる由来や思い出だった。
 「あのひとは屋敷がゴシック風でしたから、かえってアール・ヌーヴォーに惹かれるようでした」や「荘重なものに囲まれて育ったため、この線の柔らかさが新鮮で好ましかったのでしょう」に「喜ぶ顔を見たくて……わたくしもつい、この部屋の壁紙を新しくする際は、モリスのものにしてしまいましたわ」などと、エリナは低く漏らしていた。
 それらの言葉はジョセフにではなく、同席していたスピードワゴンへ向けられたもので、幼い彼には何のことだか分からなかった。けれど血族随一の観察眼を誇るジョセフには、彼がよく知りながらも微妙に異なっているこの部屋の違和感から、かつて祖母の言葉が誰を指していたのかを理解する。
(おばあちゃんは、あんまり写真は飾んなかったもんな)
 室内に品物が溢れているのは、当時の風俗からいってもおかしなものではない。けれど青年が見て育ってきたマントルピースには写真立てが殆どなく、あったとしても、そこに収められているのはジョセフを写したものだけだった。
(こんなに、零れ落ちそうなくらい写真を飾ってるの、見たことねえ)
 ジョセフの過ごしてきた頃ほど、カメラが身近なものではなかった時代、セピア色の一葉一葉に写し取られた人たちは誰もが身なりを整え、どこか緊張した面持ちでいる。それでも、背筋をぴんと伸ばしながら、口の端にたたえられた微笑は素晴らしく穏やかで幸福そうだった。若く美しい祖母も、その傍らにいる人物も。
(ああ。ここは)
 ほんの一瞥でここまで読み取ったジョセフは、胸の内を甘苦い感嘆の息で満たして、正面へ向きあう。ずらりと居並ぶ写真たちに数多く姿を残していたふたりが、その中よりも柔らかな表情で談笑している。けれど彼らは、入室してきたジョセフに気づくと揃って扉のほうを見やり、更に顔をほころばせた。
(ロンドンの家、19世紀の。エリナおばあちゃんの、応接間だ)
 生まれた時から十八歳まで育ってきた我が家の、女王陛下が治めていた頃の姿に、ジョセフは思わず口をへの字にしてしまいそうだった。けれど彼へ向かってたおやかに微笑み、小さく手を振ってくる麗しい淑女の姿に、あらゆる感傷は拭い去られる。
「エリナおばあちゃん!!」
 大きな子供は腹の底から親愛に満ちた名を叫び、からりと晴れ渡った上天気の笑顔で、両手を広げて駆け出した。


 非常に恵まれた体躯の青年が、満面の笑みをたたえて室内を全速力で走り、椅子へ優雅に腰を下ろしている女性へ迫る。勢いあまってぶつかりそうに見えたものの、ジョセフは器用に直前で急停止すると、その反動を利用してきりりと背筋を伸ばした。直立不動のまま、幼い子供のように目を輝かせて、若かりし日のエリナを見下ろす。少しの間まじまじと相手を凝視してから、高鳴る鼓動と楽しみにはちきれそうな胸から長く息を吐くと、恭しげに腰を折り、立ったままエリナを大きな腕で包むこんだ。
「おばあちゃん、お招きありがとう」
「よく来てくれましたね、ジョセフ。嬉しいですよ」
 かつて、それぞれにとってたった一人きりの家族だった祖母と孫は、深い感慨をこめて頬と頬を触れあわせる。きつくはなく、けれど長く、抱き締めあいながらも、ジョセフは油断なく次の展開へ思考を走らせていた。
 大切な祖母とのお茶会など、彼にとってはありふれた日常だったことで、招集をかけられようが何一つ緊張する要素はない。けれど今回は多少勝手が違い、その場には本来ならば会えるはずもない、幻の祖父が同席している。
 この奇妙な時間と空間へお互い身を置くようになってから、顔は合わせているし、言葉だって数回どころではなく交わしている。とはいえこうして三人きりで、改まって話しこむ機会は初めてだった。内心で、さあどうするかと策謀を張り巡らせつつ、エリナから体を離す。企みめいた笑顔を浮かべ、次に打つ手を考えながら上半身を起こしたジョセフは、視界に入った思わぬものに虚を衝かれた。
 ジョセフ自身とは色味の異なる、透き通るような天青石の双眸が、この上ないほど柔らかに細められ、にこにこと彼を見つめている。まだ部屋に入ってきたばかりで、何をしたというわけでもないのに、祖父の微笑は既に花盛りを極めていた。客人を歓迎する儀礼上の笑みにしては、あまりにも情感がこもりすぎているし、仮にそれが表層のみの代物ならば祖父はたいした千両役者だと思われた。けれどスピードワゴンから聞いていた人物像や、これまで本人と僅かながらでも接した印象などから、祖父がそんなに器用な性質だとは考えにくい。
 さしもの策士も、想定していなかった出迎えの表情に、喉元まで用意していた台詞をうっかり呑みこんでしまう。そのまま目をぱちくりと見開くジョセフの前で、エリナは傍らの夫へ婉然と微笑む。
「もう、とっくに初対面ではありませんが……ジョジョ、こちらがジョセフ。わたくしたちの、可愛い初孫ですよ」
「ああ。本当に、エリナの言っていた通りだね。なんて思慮深い、優しい子だろう」
 妙齢の淑女が、早くに分かたれてしまった夫へ成長した孫を紹介する、という非常におかしな光景ではあったけれど、この時間と空間では今更気にすることもない。それより何よりジョセフが引っかかったのは、自身の愛称が別の人物へ向けられていることへの微かな違和感よりも、この紳士の態度だった。
 ふくふくとした陽だまりめいた温もりと、幸福による甘さすら感じさせる溜め息を深々と吐いて、己とそう年の変わらない孫を、ジョナサンは慈しみに溢れた眼差しで見やる。ろくに挨拶もしておらず、そもそもジョセフはお茶の席についてさえいないというのに、もう本懐は果たされたとばかりに満足げな顔つきだった。
 一体どこから、そんな感想を抱いたのか、そんな要素があったのか。訝しむよりも、ジョセフは強く、好奇心を刺激された。気楽な余興程度に考えていたお茶会へ、そして何より祖母が愛し抜いたジョナサン・ジョースターという人物に、俄然激しく、興味が湧き起こった。

 ジョセフはお茶会の主人から勧められるよりも先に、夫妻が囲む卓へもう一つ用意されていた席へ急ぎ腰を下ろすと、椅子の後ろ足が浮いてしまうほど身を乗り出す。けれど知りたがりな本能の赴くまま、ずけずけと質問攻めにしてしまうのは、何だかためらわれた。エリナに対するほどの親しさをまだ祖父には抱けていないことによる気恥ずかしさと、頭脳派で知られるジョセフともあろうものが相手の心理を見抜けないでいることによる密やかな敗北感が、二の足を踏ませている。
 妙なところでしりごみをして、大きな体を持てあますように、ジョセフはごとがたと椅子を鳴らしてしまう。けれど落ち着かないながらも、探究心に輝く瞳をそらすことなく真っ直ぐ向けてくる孫の青年に、ジョナサンは薄い微笑を刷くとおもむろに手を動かした。
「あれだけ元気に駆けこんできたのに、エリナの前へ辿り着く頃には、きちんと速度を落としていただろう? ジョセフ、きみは自分の体つきが他の人たちよりもかなり大柄であることを、利点だけでなく問題点も含めて、きちんと自覚しているね。感情のほとばしるままに行動してしまうと、意図せず傷つけてしまうことがあると分かっている。だから相手のことを慮って、制動をかけたのではないのかい?」
 孫の寄越してくる無言の問いかけをさらりと察して、ジョナサンは流れるように述べてゆく。しかもこの間、傍らにある茶事用の家具から温めていたティーカップを三つ手元へ寄せ、銀の茶こしを乗せると、最適に葉を蒸らしたポットから中身を注ぎ、お茶の支度もこなしている。
 寄せられる指摘と、澱みのない慣れた所作の両方にジョセフは目を見張るも、その前でジョナサンは手も口も休めない。
「いや、分かっているどころか、もう身にしみこんだものなのだろうね。それこそ、無意識にこなせてしまうほど。他者を気遣う優しい心があるからこそ、できることだ」
 小さく頷きながら言葉を区切ると、ジョナサンは音もなく茶器をジョセフの前に置いた。目を丸くしている大きな孫へ、若い祖父はありったけの親愛をこめて、輝く雨のように山吹色の恵みを降り注ぐ太陽めいた微笑を浮かべる。
「ぼくは、きみのような孫を持てたことを、心から誇りに思うよ」
 それは最上級の『生まれてきてくれてありがとう』だった。

 ジョナサンの言い回しは、ジョセフにはどうにも堅苦しく、古風に聞こえてしまう。けれどその衷心から放たれる飾り気のない言葉は、胸の奥や頬を思わず熱くさせてしまうほど力強いものだった。端的に表すとつまり、困ってしまうほど誇らしくて、面映い。
 次々に出されては卓の上を賑わしてゆく菓子の皿や、目の前の紅茶にさえ手をつける余裕もなく、返す声を失っているジョセフに向かいあいながら、カップを口元へ運ぼうとしたジョナサンがふと表情を変える。高潔な紳士然とした面を弱り顔に崩し、眉尻を下げると照れくさそうに笑う。
「―…偉そうなことを言ってしまったけど、それはぼくの実体験でもあるんだよね。ジョースターの家系は揃って体格が良くて、ぼくは特にそうだから……」
「ふふ、仰ってましたわね。成長期の頃は、屋敷に飾ってあった調度にぶつかっては次々に壊してしまって、それはよく叱られたとか」
「父さんだけでなく、使用人たちにもどれだけ怒られたことやら……お陰で、自分の体格に対する自覚や心得を、よく学べたよ」
 我が家には随分と損害を与えてしまったけど、と付け足してから、ジョナサンとエリナは小さく笑いあう。
 ふたりは会話に少しの渋滞も伴わず、すぐさまお互いの言わんとするところを理解しては、共有する。夫婦として過ごした時間はお世辞にも長いといえないのに、その親密さは長年共に暮らしたジョセフ以上のものにさえ見えた。寂しさや嫉みをおぼえるより先に青年は素早く思考を巡らせ、彼の持つ数少ない祖父の知識から、ふたりが幼馴染でもあったことを思い出す。
 目の前で談笑するのは、初恋を実らせて、結ばれて、そうして引き裂かれた百年の恋人たちだった。
(そりゃあ敵わねえや)
 大好きな祖母を取られてしまったような気がして、少々唇を尖らせたくなっていたジョセフだったけれど、これは仕方がないと口の端を和らげる。この祖父ならば、と。
 幾つも会話を重ねないうちから、ジョセフはすっかりこの年若い祖父に対して、胸襟を開きたくなってしまっていた。そして同時に、祖母が心から愛したこの始まりの星を、もっと更に知りたいと望んでやまなかった。
 沈思からふと我に返ると、ジョナサンがまたジョセフを見つめているのに気づく。相手を密かに観察していたものの、思いのほか深くまで考えに耽っていたため、ごまかすこともできず真正面から完全に目が合ってしまう。まったくこの祖父の前では、希代のイカサマ師も形無しだった。
 咄嗟にどう切り出すべきか判断のつかないジョセフに向かい、ジョナサンはまた目を細めるとゆっくり椅子から腰を上げ、誰よりも大きな両腕を広げる。
「それじゃあ、改めて。ようこそジョセフ、来てくれてありがとう」
 どちらも図抜けて魁偉な体格に悩まされ、そして助けられてきた二人だからこそ、分かりあえることがある。それに、幼少期から両親に抱き締められることなく成長してきたジョセフであったから、差し伸べられる逞しい腕が持つ意義は、非常に重い。
 穏やかに顔をほころばせるジョナサンは、言外に「おいで」と促す。全力で、遠慮なくぶつかってきても、必ず受け止めてみせるからと。
 黄金に輝く精神の源を、その微笑の中へ見た気がして、ジョセフは思わず顔をへにゃりと歪める。 
「お、おじいちゃん……」
 のろのろとジョセフが立ち上がると、卓から離れて少し後ろへ下がり距離を取ったジョナサンが、やや腰を落として向かいあう。それでも朗らかな表情は変わらず、ただにこやかに、孫を迎え入れる態勢を整える。ジョセフはこれまで感じたことのない安心感を、その巨木じみた四肢に対しておぼえ、つい目を潤ませると自身も祖父にならって卓から遠のきながら後ろへ下がる。とはいえジョセフのほうは前傾姿勢で、身構えると腕や背の筋肉が生き生きと盛り上がった。
 恵まれた、いっそ神に愛された骨柄の二人は、一騎打ちじみて対峙する。しばらくそれぞれ好機を探りあいながら呼吸を整えるうちに、自然に同じ太陽の波動が体内で練り上げられてゆく。やがて二つの波紋が重なりあうように、息が完全に一致すると、ジョセフは渾身の膂力で床を蹴った。





 扉の向こうから轟いた、ドゴオという衝撃音が表の廊下へも震動として伝わり、仗助は思わず体を強張らせた。
「何かすっげえ重低音したっスよ!?」
「タックルでもしてるんじゃあねえか」
「ああ、元ラガーマンだそうですしね」
「部屋の中でタックルする理由がどこにあるのよ……」
 豪奢な室内とはうってかわって、殺風景な廊下で。壁に沿って一列に並べられたパイプ椅子にそれぞれ座ったまま、星の血族は突如響いた謎の音へ、様々な反応を見せる。
 承太郎は長い足を折りたたむように組んだまま動じず、仗助は何か壊れたのではと心配そうな眼差しを扉へ送り、浮かしかけた腰を再びぺたんと下ろす。行儀良く膝を揃えて座るジョルノは両手を太股の上へ重ねたまま涼しい顔をしているし、徐倫は落ち着き払っている二人へやや呆れ顔を向け、椅子の上へ片足を立ててそこへしなだれかかる。
 ジョセフが扉の向こうへ消えてからというもの、残された四人は他愛のない雑談をするものの、基本的には仗助と徐倫が会話の中心だった。二人に挟まれる形で椅子を配置されているジョルノが時折そこへ参加するくらいで、彼から見て仗助を隔てた向こう隣に腰を据える最強のスタンド使いは、孤高を保つように瞑目するばかりだった。それでも特にやかましいと怒鳴ることもないのは、子供たちの楽しげなお喋りを、口には出さずとも内心では好ましく思っているという証のようなものだった。

 そんな中、徐倫はジョルノを挟んだ向こう側から聞こえるがさごそという音に誘われ、ひょいと上半身を傾ける。そして視線の先にあるものを見て取ると、口を「あ」という形に開いた。
「ねえ、仗助。最初から気になってたんだけどさ……それ、何?」
「ん? ああ、これはよ~…」
 さっきまで、居並ぶパイプ椅子の隙間へ、滑りこむように立てかけられていた薄い紙袋が、取り出されて今は仗助の膝に乗せられている。集合場所に現れた時から少年が手に提げていたもので、何だろうと思いつつも訊ねる機会を逃していたのを、丁度良いとばかりに徐倫が指を差した。紅一点の指摘に、同じくずっと気には留めていたらしいジョルノだけでなく、承太郎さえも薄目を開けて、それぞれに隣を見やる。
 三対の視線を受け、仗助は紙袋に手を入れると包装されていない菓子箱を取り出して、周囲の全員が見やすいように左右へ軽く傾けてみせる。
「ひいじいちゃんと、ひいばあちゃんが招いてくれたんだろ? そういう時は、何か手土産でも持って行ったほうが良いんじゃあないかと思ってよぉー…慌ててたもんで、ごま蜜団子ぐらいしか手に入らなかったぜ」
「SesameがHoneyとかぶっ飛んでるわね!? 味の想像がつかないわ」
「日本のお菓子か……懐かしいな」
 いかにも不良然とした格好をしている仗助だけれども、母の厳しい教育の賜物か、礼儀や常識のわきまえ方は優等生のそれだった。そんな杜王町の高校生が思わぬ招待に困りながらも用意した、精いっぱいの思いやりがこめられた品に、子供たちが一斉に惹きつけられる。
「名物といえば牛タンと悩んだけどよぉ~、やっぱ甘いもんのほうが良いんじゃあねえかなって」
「正解ね。だって、お茶の時間よ! お菓子なら間違いがないわ、ねえねえ、どんなやつなの?」
「日本だと、ごま味のお菓子はよくあるものです。甘さと一緒に香ばしさも味わえて、食べるのも楽しいですよ、徐倫」
 見慣れない菓子に驚きと同時に興味を抱き、好奇心に溢れて徐倫が身を乗り出す。その隣では、幼い頃を思い出してかジョルノが僅かに顔を曇らせてから、いつもの超然とした微笑で憂いを覆ってしまう。
 甘いものの登場に、新たな話題を得た子供たちが賑やかにはしゃぎだそうとするのを、ひやりとした声が諌めた。
「いや、仗助。それは持って行かないほうが良いぜ」
「え?」
 お菓子談義が緩やかに盛り上がりかけたところへ制止をかけられ、驚いた様子で仗助は菫青石の瞳を大きく見開く。きょとんとする年下の叔父へ向かい、承太郎は長い足を組みなおしてから口を開く。
「イギリスのお茶会ってやつは、暗黙の約束事が多くてな。しかも階級ごとに微妙な違いがあったりするくせ、それをおおっぴらに教えあうこともねえから知る機会も限られて、やたらにややこしい。とはいえ基本的に、客は手ぶらで行くもんだ。菓子だの花だの持参するのは、下手すりゃあ無礼にもなる」
「!」
「そうなんスか!?」
 承太郎の言葉に、ジョルノが声もなく一瞬息を呑み、ぎくりと両眼を見開く。けれどそのさまに気づいたのは、隣にいた徐倫だけだった。彼女とは反対側の隣に座る仗助は承太郎へ近い位置にいるためか、若きドン・パッショーネには背を向けており、尊敬する年上の甥のほうへ素っ頓狂な声を上げていた。
 徐倫から見て大叔父にあたる少年は、根っからの素直な性質と杜王町での日々で培われた信頼感から、父の言を疑いもせずに信じきっている。真っ直ぐな親愛を影なく抱く晴天の後ろでは、物憂い曇天が静かに心を揺らがせる。並ぶからこそ際立つその対比が何だか気に入らなくて、徐倫は燐灰石の瞳を不満げな半眼にし、唇を尖らせて反論してしまう。
 ただ彼女は、仗助が安心して身を置いているその距離感へ、自分がまだ踏み入られないことに対する、ほんの僅かな羨ましさが入り混じっていることには気づいていなかった。
「えー、でもお土産を持って行くのって、お招き受けたことへのお礼もあるでしょ? それがマナー違反だって言われても、しっくりこないんだけど」
 善意の贈り物で機嫌を損ねられるだなんてたまったもんじゃないわ、とパイプ椅子の背凭れに思い切り身を預け、不平そうにぎしぎしと軋らせる。
 形の良い鼻を天井に向ける娘の横顔に、承太郎は帽子のひさしへ少し触れてから組んだ足を下ろし、横へ並ぶ子供たちに向かって重々しく座りなおした。
 この場にいる面々の中で仗助だけが、ああこれは解説に本腰を入れたな、と予感し、それは実際に正しかった。寄せられる様々な疑問に対し、後の空条博士による集中講義が、廊下の一角で開幕しようとしていた。

 向きなおるまでの僅かな間に、承太郎は説明の流れをある程度は組み立てていたらしい。帽子の下から覗く眼光も鋭く、話の起点となる年下の叔父を見やると、よく通る低い声を廊下に響かせる。
「仗助。お前、茶道は分かるか」
「へ?」
 泰然とした天河石の瞳で突きつけるように問われるも、思いがけない内容に仗助は思わず言葉を失いかける。けれど、年上の甥と過ごした日々のお陰で、親譲りの判断力や頭の回転は更に磨かれている。やや慌てながらも急いで思考を巡らせると、たいして間も空けずに適切な返答を捕まえた。
「えっと、その、はい、少しくらいなら。学校の体験学習で、やったことがあるっス」
「日本の学校って、そんなことしてんの」
「いや、何か熱心な教師がいてよぉー、校内に茶室があったんだ」
「それがイギリスのティー・マナーに関係があると、承太郎さん」
 やいやいと横道にそれてゆこうとする仗助と徐倫をよそに、座ったまま膝を進めるようにして、ジョルノは更に詳細を求める。
 普段から年の割りに、老成と呼んでも良いほど落ち着き払っているジョルノから、うっすらと生じる真摯な熱を感じとりつつ、承太郎は小さく頷く。
「茶道が分かるなら、共通点の多いそれと比べながら考えると、理解がしやすいってことだ。ジョルノ、イタリア暮らしのほうが長いお前には、ぴんとこねーかもしれねえが……。日本の茶道ってものは、いざ開かれるとなると掛け軸、花、茶道具の一つ一つに菓子の意匠……茶席を構成する全てが季節と客に合わせて準備される」
「はい。実際に体験したことはありませんが、知識は持っています」
「なら上出来だ」
 真剣に告げてくる少年の、恐らくいつもは努めておさえているだろう年相応のひたむきさが垣間見え、承太郎は僅かに口角をぴくりと動かした。この唐突な呼び出しに見舞われてから、イタリア住まいの少年が涼しい顔の裏側で、限られた時間の中、薔薇と紅茶の国の紳士に失礼がないよう懸命に予習へ奔走する姿が目に浮かぶようだった。
 その努力へ報いるためにも、彼が何よりも重きを置く親族の繋がりに対してまだ不慣れでいる少年のために、承太郎は朗々と語る。
「茶席とは、主人の好み、季節の推移、他の道具との均衡……それら全てが細かい計算と感性の上で組み立てられた、もてなしに全力を注いだ空間だ」
「あ。おれ、分かったかも」
 子供たちの中で唯一、茶道へ直接に接した経験のある仗助が、ぽろりと漏らす。承太郎の言葉から直感で何かを察した仗助に、理詰めで考え抜こうとしていた隣のジョルノが目を見張る。対照的な彼らの反応を、傍目には非常に分かりにくいものの面白く、快く思っているのか、承太郎は更に続けようとはせず道を仗助に譲った。
 視線で先を促され、そろそろと足元を探りながら進むように、仗助は口を開く。
「んーと。イギリスのお茶会と、日本の茶道が、似てるんスよね? なら花も、菓子も、全部ちゃあんと最初っから用意されてるってことだから……じゃあ、そこへ勝手に別のもんを持ちこむってぇーのは、ひっでえ無粋な話だ。言い方は悪いけどよー、まるで異物が入るようなことになっちまう」
「……既に完成されている空間を、客の軽挙により壊してしまう、と」
 あやふやな答えを捉えるのに苦心する仗助の後を、静かに引き取ったジョルノが短くまとめた。採点を求めて、深い藍銅鉱の瞳でひたりと見据えてくる少年に、承太郎は僅かな頷きで正解だと示した。そんな父の表情が、どこか悲壮さすら漂わせているジョルノに対して、ふっと目元を和ませたように見えて、徐倫は密かに面食らった。
 娘が人知れず動揺していることには気づかず、承太郎は例の封筒を手元へ取り出すと、改めて中身に目を落とす。
「とはいえ、だ。この通知にも一応記してあるが……これは単に、ご先祖であるジョナサン・ジョースターが、血族の者との歓談を望んだ席だ。家族との気軽なお茶の時間で、作法でがんじがらめになる必要もなけりゃ、むやみにしゃちほこばる理由もねえ」
「――はい」
 言外に、気を張るな、と承太郎が伝えるのをジョルノは確かに受け取る。余分なことを一切含まない、短すぎる返事が何よりの回答だった。
 寡黙な二人がそうして理解を深めあっている光景に、大叔父と大姪はこっそり目配せをしあう。気質としては血族の中で非常に似ている二人であるのに、彼らの間にはジョルノの『父』という存在が影を落とし、他の親族らに比べてまだどこか空気がぎくしゃくしている。どうしてもお互いに敵意のない警戒を抱きがちだった二人が、少し距離を詰めたのを見て取ってから、仗助と徐倫は顔を合わせて、こらえきれないように相好を崩すと揃って大きく息を吸いこんだ。
「承太郎さん! 何か他にもやっちゃあいけねーこととか、決まりがあるなら、今のうちに教えてほしいっス!」
「そーよっ、ご先祖さまに失礼があっちゃあまずいわ。国によって違うこともあるんだし!」
 急に勢いづいてマナー講座をせっついてくる賑やかな二人に、承太郎は帽子のひさしに指を添え、一度深くかぶりなおしながら、やれやれと呟く。仗助と徐倫に挟まれる形で座っているジョルノにもよく聞こえるよう、緩やかに語りだす承太郎の口角は、古い仲間でないと見分けられないほど僅かに上がっていた。

 曰く、お茶に添えられる定番の焼き菓子であるスコーンは、あちらの国では聖なるものと考えられているため、ナイフで割ってはいけないこと。また曰く、ジャムとクリームのどちらを先に塗るべきかという問いは、いまだに議論の尽きないところであるけれど、ジャムファーストという言葉もあることから、ジャムならひとまず間違いはないということ。更に曰く、指定された時間より先に到着するのは、日本人ならやりがちだが準備中の主人にとって凄まじく迷惑なので、何としても避けるべきこと。そして他にも、他にも――
 待ち受ける未知なるものに胸を高鳴らせ、好奇心に輝く瞳で聞き入る聴衆を前に、後の海洋学者はとうとうと語る。承太郎が生来持っている面倒見の良さに加えて、話に耳を傾ける向学心旺盛な聞き手からは、適切な時に適宜な質問や相槌が入ってくるのだから、講師側にとってこれほど心浮く教壇もない。知らず、承太郎の弁舌にも力が入る。
 パイプ椅子の上で開かれたささやかな講義は、その場所の簡素さとは裏腹に、多識と教養に基づく非常に密度の高い上質なものとなって、語り伝えられる。廊下の一角は、これからお伽話じみたお茶会を控える子供たちにとって、この上なく有意義な教室となった。





 しみ一つないテーブルクロスの上に、微かな音を立てながら皿が次々に並べられてゆく。ジョナサンとエリナが座る近くには、たっぷりとした菓子類や茶器の用意されている家具があり、手を伸ばせばすぐに届くため、茶会の主にとって大変重宝される給仕人代わりだった。
 揃えられる銀器や食べ物の種類はジョセフにとって、幾度となく見て、触れてきた、馴染み深いものばかりだった。けれど卓を囲む三人のうち、一人の顔ぶれが変わるだけでこうも違うのかと思う。
(あそこまで表情の柔らかいおばあちゃんなんて、初めて見るぜ)
 確かにスピードワゴンを含めた三人でお茶を楽しんでいる時、エリナの顔つきは普段よりも穏やかなものだった。とはいえ、過去へ思いを馳せる祖母のさまには、いくばくかの苦味がいつだって落とされていた。なのにジョナサンと同席している今は、陽だまりに口づけられた露草のように、うっすらと頬を上気させるほど甘く顔をほころばせている。
 ジョナサンに皿の置く場所を空けるちょっとした所作や、それに応じた視線を細かく合わせるたびに、エリナの微笑はますます華やかに咲き零れてゆく。それはジョナサンのほうも同じで、僅かな頷きや眼差しを向ける際の挙措で心を通わせ、そのたびにふたりは笑みを深めていった。
(ヴィクトリア朝の夫婦……いや、いっそまだ恋人みてーなもんか。言葉で直接に伝えねえから、秘密の仕草とか、テーブル下の合図で意思疎通してたとかって話は、本当だなこりゃ)
 夫妻が交わす濃やかな遣り取りに、いくらでもその達者な口でずけずけと明らかにしてしまうジョセフは、それを奥ゆかしくも、やはり面倒なものに思った。とはいえ、このふたりには似つかわしいものだとも考えるうち、眼前に出された一皿に青年は観察など放り出して声を上げた。
「メイズ・オブ・オナー!!」
「これが好きでしたね、ジョセフは」
 思わず腰を浮かしてしまうほど身を乗り出す孫に、エリナは満足げに目を細める。

 卓の上には既に、ふんだんすぎるほど豊富にお茶の支度一式が整えられていた。
 定番中の定番である、きゅうりのサンドイッチは二種類のパンでもって美しく据えられている。ふんわりと焼き上げられたロンドン風スコーンは、黄金の焼き色につやつやと輝き、傍らにたっぷり添えられているのは、木苺や黒すぐりのジャムだった。共に並べられているクロテッドクリームは、いつもエリナが好んで用いていたデヴォンシャー産に違いない。横に寝かせたワイン壜でも入りそうな、繊細な透かし彫りのされている細長い銀の器はビスケットホルダーで、素朴な菓子を一枚一枚、几帳面に縦へ並べて置いてある。けれど何よりジョセフの目と心を惹きつけたのは、芳醇なクリームチーズと程よい甘みのカスタードが織り成す、香ばしく艶めく小さな丸い焼き菓子だった。
 かつて国王陛下のために作られたその菓子は、あまりの美味さに支配者を虜にし、考案者であるメイドを王宮に閉じこめてまで門外不出とされた品だった。しかしそれも過去の話で、ジョセフの頃には広く民の間にも知られるようになり、そこかしこの台所で再現が試みられていた。もっとも、伝説のレシピを受け継いだ、元祖と名高い店もきちんと存在して、そちらも大盛況であったけれど。
「アメリカに行ってからは、全っ然みつかんなかったんだぜ!」
「そうでしたね。あちらにも様々なお菓子がありましたが、メイズ・オブ・オナーはついぞ見かけませんでした」
「そうなんだ、あまり知られていないのかな? 美味しいのに」
「イギリス菓子で、スージーも知らねえから作ってくんねーし! うおおお、オレすっげえ久し振りだぜ食うの!」
 懐かしい故郷の菓子に目を輝かせ、手に取るや待ちかねたようにかぶりつく。噛み締めた途端、幾層にも重ねられたパイ生地が快く鳴る食感と共に、濃厚なクリームの芳香が口内で花開くように広がり、ジョセフはたまらず喉の奥から感極まった唸りを上げる。
 そんなジョセフの反応はお見通しだったらしく、メイズ・オブ・オナーは特にたっぷりと用意されていた。嬉々とした表情のまま大口を開けて次々と平らげてゆく健康的な姿に、ジョナサンとエリナはますます笑みを深め、そしてジョセフの隙をついてはカップに新たな紅茶を注いだ。
 口の端にパイの欠片をつけて、リスのように頬を膨らませていたジョセフが、思い切り中身を嚥下しきった際にふと疑問をぶつける。
「ところでエリナおばあちゃん。この応接間はともかく、茶器だの菓子だのって類のもんは、どこから調達してんの」
「それがね、ジョセフ。部屋の仕組みも含めて、わたくしにもよく分からないのです。スピードワゴンさんに、あの頃のようなお茶会をしてみたいとお伝えしたら、全て手配してくださって……」
(スピードワゴンのじいさん、このふたりに関しちゃ色々と容赦ねえな)
 頬に片手を当て、不思議そうに小首を傾げるエリナの言に聞き入りながら、再び菓子をもりもりと頬張るジョセフの脳裏を、権勢という単語がかすめた。 世界屈指の大富豪である石油王の、全身全霊をこめた献身に孫が思いを馳せているとは露知らず、祖父はのんびりと新しい紅茶を自身のカップへ注ぐと銀のシュガートングで角砂糖を落とす。
「凄いよね、茶葉なんかもそうだけど、お菓子も当時とちっとも変わらないんだ。そこの扉を開けて階段の下へ行ったら、今にも厨房で懐かしい料理長に会えそうな気さえするよ。向こう側へ実際にあるのは、ただの廊下だと分かっていてもそう思えるのだから、実に奇妙だね」
「けれど今は、嬉しいことですわ」
「うん。こうしてお茶を、可愛い孫と楽しめるのだから」
 ジョナサンはゆったりと満ち足りた息を漏らし、取っ手に白蝶貝が施された匙で、カップの中身を掻き混ぜる。どれだけ会話を重ねようと、顔を合わせようと、今日の紳士は殆どの感想がそこへ行き着いてしまうようだった。
 最愛の妻と寄り添いながら、家族とお茶を楽しむ。こんな、傍目にはささやかすぎるほどささやかに見える願いが叶えられることに、ジョナサンは底なしの喜びをおぼえている。身の内から湧きだす幸福感が、紅茶と共に飲み下さないことには、溢れてしまいかねないようなさまだった。
(ただの、お茶会だってのに)
 こんなに小ぢんまりとしたお茶の時間なら、ジョセフは数え切れないほど経験してきている。しかしそれすら、かつてこのひとは叶えられなかったのだ、と思うとジョセフは密かに眉をひそめた。胸の内で、どこかの吸血鬼に対して全力で悪罵を投げつけるものの、すぐさま頭を切り替える。
 にんまりと顔中が口になるほど大きく笑ってみせると、紅茶で軽く唇を湿してから、作戦を実行に移す。急に表情を変えたジョセフに、夫妻が向けてくる視線を一挙に束ねて捕まえて、青年は胸いっぱいに空気を満たす。
「ジョナサンおじいちゃん、エリナおばあちゃん。オレさあ、他の家族たちのこと、たっくさん知ってるんだぜ!」
 ふたりの知らない、そして何より知りたいと思っている子供たちについて、ジョセフは血族の誰よりも長く深く把握している。なら己の持つその情報を駆使して、ジョナサンたちを目いっぱいに楽しませてしまおうという方向に、ジョセフは舵を切った。
(昔のぶんも含めて、今のこのヘンテコな時間を、最高に面白く過ごせば良いじゃあねえか)
 好奇心にぱあっと顔を輝かせる祖父と、そのさまに目を細める祖母を前に、紅茶のカップが軽やかな音を立てて皿に置かれた。


 慣用句的な意味でも物理的な意味でも、一度、腰を据えて話しあえば、お互いの間にうっすら澱んでいたよそよそしさなど、あっけなく吹き飛ばされてしまう。その上、今のジョセフは祖父母夫妻を楽しませることに、全精力を注いでいた。
 ジョースター家の中では特に長くを生きてきたジョセフは、多くの家族に囲まれ過ごしてきたお陰で、祖父母の知らない家族の歴史については誰よりも詳しい。豊富な話題へ加え、不動産王として数え切れない交渉の席を丁々発止と戦い抜いてきた経歴から、弁舌も非常に磨かれている。相手が聞きたがっている箇所をすかさず見抜き、心理を読みながら興味を掴むと、変幻自在の話しぶりで賑やかに楽しく話題を展開させてゆく。
 自身の舌には格別の自身を持っているジョセフではあるけれど、このお茶会においては特によく回っていることへ、うっすらと気づく。祖父母らの注目を一手に引き受けたまま、思考も口も動かす傍ら推測するに、恐らく原因はジョナサンだった。己の力量は勿論のこと、話術を心得た聞き手が時宜を過たず的を射た問いかけや相槌を投げることで、巧みに次へ誘導されているためだと、ジョセフは確信する。
 お茶会を催す主人は複数の客を招く際、それぞれの興味が及ぶ分野に立場、個人の関係性まで考慮に入れて、席の並びを決めるという。そしていざ開かれると、卓の上で交わされる会話の流れを微細に感じとり、流れを差配するとも。
(これが繁栄の黄金期な女王陛下の御世、上流階級で磨き抜かれたヴィクトリア朝貴族の社交術ってやつか)
 匙加減の難しい社交界という舞台を、堂々と渡ってきた19世紀人の実力を目の当たりにして、ジョセフは内心で舌を巻いた。しかもジョナサンは、ジョセフが話しやすい空気を保ち、方向を促しながら、食器や茶器の状態にも注意を払っている。濃くなってしまったポットの中身は、金彩で飾られたスロップボウルへ流れるような手つきで空けられて次が用意され、内容が寂しくなってきた皿は、さりげなく下げられると新たな皿が現れた。エリナと分担しているとはいえ、その端正な所作に滞りは一切なかった。
(オレよりガタイはいいわ、学者だから博識だわ、その上に高潔極まる貴顕紳士そのもので? こりゃエリナおばあちゃんが再婚なんぞしねーわけだ)
 頑ななまでにレディ・ジョースターとしての生涯を、エリナが貫いた理由。そしてスピードワゴンが心酔の域を通り越すほど、ジョナサン・ジョースターという人物を崇敬していた理由もまた、ジョセフは肌で感じた。
 すっかり祖父という存在に圧倒されてしまいそうなジョセフではあるけれど、彼とてその内面は、酸いも甘いも噛み分けた、百錬練磨の不動産王。ただ掌の上で転がされているわけもなく、いっそ負けじと奮起して、自身が有するあらゆる手札でもって機略を縦横に張り巡らせ挑みかかる。
 ジョナサンの知らない、多くのこと。ジョセフが歩いてきた道、エリナとの日々、スピードワゴンの支え、そうして巻きこまれた戦いの中で出会った大切な親友、妻、母、そして子や孫……。その中にはエリナですら知らないこともたっぷり含まれており、ジョセフの語り口に夫婦は揃って引きこまれる。
 駆使できる限りの話術をふるい、持てる限りのきらきらと輝く思い出たちを解き放って、ジョセフは祖父母と卓を囲んだまま夢中で話し続けた。

 楽しいお喋りは途切れもせず、話し手も聞き手も楽しく耳を傾けた。けれど時間は止まらないもので、卓の上の菓子は次第に片づき、ジョセフの舌も勢いを緩めた。
 区切りの良いところまで語りあげると、ジョセフはカップの中身を思い切り飲み干して人心地つく。すると、ここまでずっと微笑を絶やさずにお茶会を堪能していたジョナサンがカップを手に、しみじみと満足げに息を吐く。
「今日は、たくさん話を聞かせてくれたね。ありがとう、ジョセフ。とても楽しかったよ」
「いやいや、おじいちゃんに教えたいことなんて、まーっだまだあるんだぜ? これくらい氷山の一角にすぎねえから、もっと、どんどん訊いちゃってねン」
 鷹揚と落ち着いたジョナサンの謝辞に対し、ジョセフはどこまでも飄々と軽やかに笑ってみせる。とはいえ言葉に嘘はない。自らの手で子を抱けなかったぶん、余計に一族の子供たちを思いやっているジョナサンには、求められればいくらでも話したいと思っている。
 とはいえ今のところは、伝えるべきことは全て伝えたと満足し、にっかとジョセフは破顔する。その満開の笑顔を受け、ジョナサンもまた笑みを深めると、かちゃんと硬い音を立ててカップが皿へ置かれた。
「それじゃあ、浮気の件について訊こうか」
 光源も定かではない、うららかな陽光にくつろいでいたジョセフの笑顔が音もなく凍てついた。一方の紳士はたたえた微笑を揺らがせもせず、どこか凄みのある威圧感を総身から溢れさせていた。
 びりびりと空気や肌を震わせるほどの圧倒的な迫力と、春の凪いだ湖面のように微動だにしない穏やかな表情の差があまりに激しく、突然陥った窮地の中でジョセフは総毛立つ。
(やべえ)
 恐らくジョセフにとって、この世で何より一番の急所が、抉られる。内心で血を吐くようなあまりの痛撃に、先程までくるくると目まぐるしく回っていた舌は咄嗟に動き方を忘れた。まるで縫いとめられでもしたようだった。くつろぎの場である応接間での急襲に、絶句するジョセフをよそにジョナサンは片手で顔を覆い苦悶する。
「ああ、何てことだろう! 愛する妻がいながら、不義を働いてしまうなんて」
「ええ、本当に……。スージーQは素晴らしい花嫁でした、あんなに良い娘を悲しませて……」
「彼女だけじゃあない、東方家にも不実なことをしてしまった。いくらお詫びしても、足りやしないよ」
「仗助がとても心の優しい、良い子に育ってくれたことに救われる心地がしますわ」
「うん。そこは救いだね……」
(どうしよう。心臓にリングつっこまれた時よりも胸が痛え)
 体内で動揺が嵐のように荒れ狂うジョセフは、時折かぶりを振りながら嘆く祖父母の前で無言を貫きながら、裏側では長い人生でも最大級の痛みにびっしり脂汗を滲ませていた。いつの間にか唇を引き結んでしまった面からは表情が消え去り、脳から血が噴き出しそうなほどの勢いで、この危機を脱する策を求めて狂奔する。

 背中にも頭皮にも嫌な汗が流れるのを感じながら、大きな体を縮こまらせるジョセフの内面における死闘など知らず、エリナが溜め息を落として頬に手を添える。
「わたくしたちがこの件を知った時も、あまりのことに思わず耳を疑いましたが、ツェペリさんのお孫さんも大層、驚かれたそうですよ」
 突如、祖母が口にした人物の反応に、ジョセフの体が明らかにぎくりと強張った。しかしジョナサンは孫の緊張には特に気づかず、妻の言葉に重々しく頷く。
「ツェペリさんが言っていたね。それにシーザーくんのところはカトリックだから……婚姻の秘蹟を蔑ろにされることに対しては、ぼくたちよりも厳しく考えているのかもしれない」
「そういえば少し前に、廊下で何か棒のようなものを素振りしているのを見かけましたわ」
「何だろう、クリケットかな?」
「金属製のようでしたわよ。それに、先端が鉤のようになっていましたし」
(レンチだそれ! ぜってーレンチだそれー!?)
 のんびりと会話を交わしながら小首を傾げる夫妻を前に、ジョセフは胸の内で悲鳴じみて絶叫する。そして、ドス黒い憤怒の気配をまとって黙々と、波紋入りレンチの角度を確かめている親友の姿が容易に脳裏へ思い浮かんで、ジョセフは背筋に冷たいものが川のように流れるのを感じた。
 脂汗と冷や汗が入り混じり、最早区別などつかない。それでもジョセフは不屈の精神で再び立ち上がろうとし、とにかく流れを止めるべく、口を開いた。ろくに策も整っていない、空手のままであろうとも、ジョースター家の人間には挑まなければならない時があるものだった。
「え、えっとねえ、ジョナサンおじいちゃん、エリナおばあちゃん」
「大丈夫だよ、ジョセフ」
 引きつったままの口元を、むりやり笑みの形へ持っていこうとして失敗している孫のぎこちない言葉を、ジョナサンはやんわりと制止する。20世紀人であるジョセフには、浮世離れとさえ思える悠揚迫らぬさまで、ヴィクトリア朝の紳士はカップを口元へ寄せる。
「機会はまだまだ、沢山あるよ」
 穏やかな中に揺るぎない圧力を宿して、ジョナサンは莞爾と微笑む。曇りなく輝く太陽の笑みを浴びながら、ジョセフは前途に待ち受ける氷の監獄を思って身も心も凍りついた。
 ジョナサンがゆっくりカップを傾けると、マントルピースに飾られていた蝋燭が時間を計る役目を終えて、ふ、と燃え落ちた。





 なかなか熱い盛り上がりをみせた空条博士のマナー講座も、やがて一段落する。好奇心や知識欲をそれなりに満たした廊下の面々が、そろそろ時間をもてあましそうになってくると、全員の視線はどうしても仗助の持つ菓子箱に向かう。持って行くのを止められた品であるし、ここで食べてしまうべきではと、小腹の空いてきた一同は無言のまま甘味について意識を共有する。それぞれに彩りの違う三対の視線を受けて、仗助がごま蜜団子の蓋を、開きかけた矢先だった。
 扉が、開いた。

 お茶会の順番待ちをしている星の血族が、一斉に見やった先へ現れたのは、妙にやつれた顔つきのジョセフだった。危うげな足取りで、よろめきながら室内から抜け出てくる姿は、入室時にご機嫌なスキップすらしていたさまから変わり果てている。普段の、からりとした快晴の空にも似た明るさを知る親族らへ、僅かに衝撃が走る。
「おい、じじい」
 全員の気持ちを代表して承太郎が鋭く問うと、ジョセフはぎこちなくこうべを巡らせると孫のほうを向き、力なく片方の口角を上げてみせる。しかしそれはどこか錆びついており、何より孔雀石の瞳には生気がなく、笑っていない。更に不思議なのは、誰より心配そうに見つめている仗助には視線すら寄越さずいっそ伏せて、顔をそらしたことだった。
「……ちょっと、風に当たってくるわ……」
 頼りない足の運びで、195センチの巨体をふらつかせながら、返事も待たずにその場を歩き去る。どういうことなのか、中で一体何があったのか、状況が一切掴めず四人が顔を見合わせた時、承太郎の腕時計が彼の招かれた時間の五分前を指した。

 そうして二本目の蝋燭が、灯される。
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