とまり木 常盤木 ごゆるりと
ひねもすのたのた
机の上にはチョコとチョコにキャラメルと
なんだか新しく書くことができていないのです。
見直し、見直し、ばかりで。もっと早くできると思っていたのですけれど。
数年の間隔があいているお話を、見直しているものですから。
わたし当初はこの習作百話、全部読みきりのつもりだったのです。
百個のお話、どれにも関連性をもたない、孤立したもの。
それを再構築にあたって、裏側に繋がりをしくんで。
あと幾つか仕掛けも潜ませて、人数も統合をはかって。
その過程で必然的に発生するつじつま合わせという軌道修正も試みて。
更に、微妙にずれている文体の調整と統一を。
……時間、かかるわけですね。
一時間もあれば二本くらいできるのではーと軽く見ていましたが。
甘かったです。
うう、でもこれで一応はじめの十個は終わりました。
早いところ、次、次!
とか思いつつジョジョも書きたいのですわーん。
存分にご夫婦が書きたいです。ヴィクトリア朝また書きたいです。
やー資料読むの楽しいですー。
せっかく買ったファッジも実はまだ封印中だったりします。
ヴィクトリア朝関係書く時にいただくのだと、心に決めて……。
そろそろ。たべたいです。
早く新しいものが書けるよう、発破をかける意味でも次のお話。
そろそろ個性がきちんと出てきていたら良いのですけれど。
……そういうこと考える前に、きちんと人間が書けますように。
ほんと人間て難しいわ……。
『近道夜道の甘くない罠にご用心』
世界の全てを呪っているような、おどろおどろしい唸り声が低く、どこからともなく這い出てくる。くぐもったうめきの出所は、いっそ地獄の底が似つかわしいほど恨みの念に溢れるも、実際は布団でこしらえられた洞窟からだった。
奥に澱んだような暗がりを満たしている穴は、入り口を覗きこむぶーちゃんIIに、深いと言えないこともないかな、と思わしめるくらいだった。しかし別に警戒をするわけでもなく、こぶたは普段と変わりない様子で敷布団の上を転がると、柔らかな岩屋の主へ声をかける。
「やー、こんばんはー」
自然と深淵にでも向かって叫ぶ体になりながら、ぶーちゃんIIが挨拶を投げると、うつほ全体に動きがあった。比喩ではなく、動きがあった。
地殻変動を自発的に起こしているようで、しばらくもぞもぞと、奥で体勢を整えているらしき間があってから、少年が顔を出した。頭から布団をかぶって引きこもっていたため随分と熱がこもっていたのだろう、血色は非常に良く、けれどそのくせどこか憔悴した面持ちだった。
「……ぶーちゃんII……」
全身で息も絶え絶え、というさまを訴えながら、腹ばいの藍史は掠れた声を吐き出す。こぶたに向かい震える右腕を哀れっぽく伸ばすも、途中で力尽きたのか上半身ごと布団へ崩れ落ちた。
「―…コーヒー飲んだら、寝れなくなった」
「あーあ」
「しかもブラック……」
「うわあ」
いかにも悲嘆に暮れている、とばかり芝居がかって己の苦境を伝えようとする藍史であるものの、その左手はしっかり胃がある辺りに添えられている。慣れない飲み物へ軽率に触れることで、最も酷いしっぺ返しを食らった場所をいたわろうとする様子は、演技でもなんでもなかった。
途中で幾度も、胃の腑が主な要因である唸り声で中断しながらも、藍史は饒舌に語る。浜辺に打ち上げられたくじらじみて、ぐったりと身を横たえている割に、口は達者なものだった。
「……コーヒー飲んだら、大人だと思ったんだ。ほら黒いし、苦いし、いかにも大人の飲み物じゃん?」
「まあ、そんな印象はあるよね」
「だろ!」
ぶーちゃんIIのやや曖昧な相槌も、藍史には力強い後押しに思えたらしい。急に語気を強めると、瀕死のまぐろ状態から蘇って勢いよく体を起こしかけるが、重々しい胃に引き止められて結局また布団へ沈む。
一人で元気にもだえる藍史へ、ぶーちゃんIIは同情とも呆れともつかない声で、素朴な疑問を口にした。
「ただでさえ慣れてないのに、どうしてまた、よりにもよってブラックを選んだの」
「だって大人はブラックぽいじゃん」
自信満々に顔を上げ、何をそんな分かりきったことを、と形の良い鼻を天井に向けながら藍史は言い切る。そのきっぱりとした断じ方に、藍史の中で確固として存在しているらしい大人像を、ぶーちゃんIIは何となく察した。しかしこぶたがそんなことを考えているとは露知らず、藍史はなおも「まあ、夜更かしくらい、ぼくはちっとも構やしないけどさ」や「大人は遅くまで起きてるもんだし」、「問題はこの胃の重さだけで」など、持論をとうとうと語る。
けれどやがて、聞き手であるこぶたが妙に長い無言を保っているのに気づき、慌てた様子で少年は付け足す。
「べ、別に悪いことはしてないし! 母さんが新しいのを作るからって、置いてた古いやつを片づけようとするのを、代わりに流しへ捨てる時に、ちょっと飲んだだけで……」
「ああ、うん、それは分かってるよ。いや、ただね」
「何だよ」
良くない手段で手に入れたコーヒーだと疑われてはかなわない、と弁明してみせた藍史が、不貞腐れたように唇を尖らせる前で、こぶたは僅かに後方へ転がり遠い目で天を仰ぐ。
「飲んだのが、とあるお茶じゃなくて良かったなあ、と思って」
しみじみと、いかにも安堵した口調でぶーちゃんIIが呟くのを聞いて、藍史は不可解そうに片方の眉をぴくりと動かす。どうして、という問いがやってくるのを予期していたか、ぶーちゃんIIは間を空けずに続ける。
もう一度、前方へゆっくり転がりなおして体勢を戻し、少年より更に低い視点から相手を見上げる。
「飲んだら眠れなくなっちゃう成分は、コーヒーより緑茶のほうが多いのもあるからさ。せめて、そういうお茶じゃなくて良かったなあ、って」
「は!?」
さらりと明かされる、少年にとって衝撃の事実に、自信たっぷり夜更かしの余裕さを語っていた藍史がすっとんきょうな声を上げる。完璧に思い描いていた大人への道のりが、随分と出鼻から挫かれていることに肝を潰され、咄嗟に言葉を返すことができないでいる少年へ、こぶたは訳知り顔に頷く。
「いやあ、せめてコーヒーで良かったよね」
「や、ちょ、え、だって。お茶と、コーヒーて」
「特定の種類だけれどね。カフェイン含有量がコーヒーより多いのがあるよ」
「絶対コーヒーのが苦いじゃん……」
「味より成分の問題だねえ」
荒れ狂う動揺をなだめ、どうにか捻り出した問いを、ぶーちゃんIIはのんびりとした声で軒並み沈めてしまう。とうとう絶句してしまう藍史の前で、ぶーちゃんIIはなおも丁寧な説明を重ねる。
「あと、コーヒーの飲み方だけれど。ミルクを入れたって全体のカフェイン量は変わらないから、眠れなさは同じだよ。違うのは口当たりや飲みやすさ、それに胃への優しさかな」
「……」
「そうそう。因みにね、ミルクを入れないでお砂糖だけ入れたら、色はブラックのまま変わらないのに、甘みはたっぷりになるんだ。アイスコーヒーだと、甘さの役目はガムシロップが負ってくれる。チョコレートを混ぜたりする手法もあるし、多彩なものだね。だから、色はさほど問題ではないみたいだ」
「…………」
すらすらとコーヒーについての豆知識を披露してゆくぶーちゃんIIを前に、藍史は最初の立て板に水なさまも消え去って、冷めた半眼でこぶたを見ていた。けれどひとまず、ぶーちゃんIIのコーヒー講座がある程度のところで区切られると、ゆっくりと頭を下げて顔面を枕に埋めた。
少年は無言で。こぶたも無言で。
お互いに長い間、一言も発さないまま、時計の秒針が何周も文字盤を走ってから、羽毛布団越しにうめき声が聞こえた。
「……ちくしょう大人は卑怯だ……」
「つきあうよ」
どうにか時の巡りを早くして、一日でも先に大人へ近づこうとした子供が漏らした恨み節に、ぶーちゃんIIは笑みを含んで寄り添う。これから始まる遠い眠りへの道程を共に歩もうと、緩やかに転がってくるこぶたが、放り出された左手にふわりと触れた。
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