とまり木 常盤木 ごゆるりと
ひねもすのたのた
『ふたつの流れは鎖か糸か』
ぴくしぶさんに先日のゼノ一本勝負をまとめますので。
こちらにもゼファーさまのもののみ置いておきます。
ゼファーさまのお話は、最早別物レベルに大幅加筆してますから……。
ああお目汚しだったと今思い起こしても頭を抱えたくなります。
けれど、あんな形になってしまったのも、無理はないのです。
手を加えなおしてて、しみじみ思いました。
どう考えても一時間でまとめきれる内容ではありません。
普通なら三日か四日かけて書くべき分量です。
それをシュルク参戦スマブラショックとか帝都行き直前テンションとか。
色んなものがないまぜひゃっはーとなった結果があれでした。
シェバトに謝れとしか言いようがありません。
なにせ題名さえ変えてしまってますしね……。
加筆修正にあたって、書き忘れもきちんと仕込みなおしておきました。
何故あの流れでカレルを忘れるのわたしよ。
……いえ、仕方のないことやもしれません。
ただでさえまとめきれず、あぷあぷしていたのですから。
そこへ更にカレルの話も加えたりなんてしたら。
とても最後まで、辿り着けなかったでしょう。
題名もあれこれこっそり練り直しをはかりましたけれど。
何だか。その。今回は特にひどい気がします。
練り直しても悪いとかどういうことなの。
一本勝負中のぶんは、考えてて頭が痛くなりそうでした。
時間内に決めなければいけない、という異様な重圧。
瞬発力も必要なのだなあ……と思い知りました。
それでは、続きに格納してあります。
ゼファーさまのお話。よろしければ、どうぞです。
あ。未完成版をご覧の方は是非とも見直してください後生です。
もうあれめためたすぎて思い出すたび、むやあああてなります。
『ふたつの流れは鎖か糸か』
誰にも気づかれないほど僅かに、若草の瞳が見開かれた。そこに映るものが彼女の胸を抉った。
やや彩りを変えたものの、艶やかに輝く長い髪に、いつもたおやかな微笑をたたえていた紫水晶の双眸を持つ女性。その傍らに立つ、深更とも、深遠宇宙とも呼べそうな黒を身に宿す青年。一国の長であり、けれど明らかに少女の姿をした女王を前に、彼らは緊張と困惑をないまぜにして、どこか強張った面持ちでいる。そんな、『かつての』彼らとは違う様子を見て、ゼファーはようやっと傷みを呑みこみ、口を開くことができた。
「――よくぞ、参られました」
威厳に溢れる女王の言葉は、ぐっと奥歯を食い縛ってから、放たれた。
(あのひとの髪は、金の強い赤褐色、というところでしたが、エリィのそれは目も覚めるように見事な暁色ですね)
床につき、幾重にも絹を張り巡らされた天蓋を見上げながら、昼間に見たものを指で一つずつなぞってゆくように、ゼファーは思い出す。ぼんやり、過去と現在を重ねながら。
(ただ、瞳の色は変わらない。まるで、見透かされてしまいそうで。あの頃のように)
半ば人質のような立場で地上へ送られてきた少女を、かの聖なる女は丁重に、けれどたっぷりとした親愛をこめて迎えた。その温かな対応に、幼い王女が控えめな気後れをみせながらもおずおずと寄り添おうとするさまを、彼女らの周囲は「まるで姉妹のようだ」と微笑ましげに表した。下へ降りてきて日の浅いゼファーは、その言葉が嬉しいやら畏れ多いやらで頬を染めることが多く、そんな少女の様子をまた人々は楽しげに笑った。
(そう。彼らは、特にあの兄弟は、よく笑いました。最初は私が若輩だから軽んじているのではと思いましたが、あれは、混じりけなしの友誼でした。信頼と信愛を根とした。どちらも、あの頃の私がろくに知らないものでしたから、随分、戸惑いましたけれど)
闇の中で瞑目する必要もなく、懐かしい兄弟の笑顔が簡単に思い浮かんだ。何のてらいもなくあけっぴろげに、また奥歯が見えるほど豪放に、それぞれ呵々と笑う二人に当初、世慣れていない王女はぽかんと呆気にとられたものだった。
(彼らの血筋は、バルトへと確かに継がれています。面影がありましたもの。何より、あの髪。砂漠に焼かれた金貨のような眩しい色は、見間違いようもない。ただ―…どちらかといえば、よりシグルドのほうが、雰囲気については極めて近いものがありますね)
ユグドラシル格納直後に起こった戦闘が落ち着いてから、様々な謝辞を改めて正式に伝えるため、銀髪の副官が女王の間へ訪れた。血気盛んなバルトと異なり申し分ない威儀を備え、やや外交の色が強い辞令をすらすらと述べる相手の容貌こそが、より濃密にファティマの血脈をゼファーに感じさせた。喉の奥で思わず呼びかけた名前を、危ういところで押しこめた瞬間は、今思い起こしてもうっすら嫌な汗が浮かぶ。
次から、次に。記憶に軽い混乱を呼び起こす出会いが、たった一日で起こった。ゼファー本人さえあずかり知らないところで、密かな昂揚を生じさせるほどの。
(それに、『彼』。ああ。『ふたり』が、並んでいるなんて)
一瞬、緩やかにほころびかけたゼファーの表情へ、さっと冷えたものが走る。柔らかな気配は即座に拭い去られた。
僅かに髪や肌の色が変わっていたエリィと違い、フェイはまさしく『彼』だった。咄嗟に背筋が凍りかけるほど『彼』そのものだった。勿論、本人ではない。『彼』がどうなったのか、ゼファーは知りすぎるほどによく知っている。それでもなお、五百年前の寡黙な絵描きがふらりと現れたのではと錯覚しかけるほど、フェイの存在は、胸部を殴りつけられたような衝撃を女王に与えた。
(あの頃、あの場所にいたのと『同じ』なのは、私と、もう一人だけ、ですのに)
忘れもしない姿を脳裏に浮かべ、女王は唇をきつく引き結ぶ。
強靭な信仰心をそのまま宿したような、藍色の鋼じみた髪も、今は銀とも灰ともつかない白髪になっていると伝え聞く。あの日、ゼファーや老人たちに罰を与えた青年とは、あれきり会っていない。会えるはずもない。淡々と「死よりもなお苦しめ」とばかりに、仮初めの永遠を、青年はシェバトの人々にもたらした。
ゼファーは青年の制裁を甘んじて受けた。それにより、五百年前の地上で過ごした日々を今も共有しているのは、もう、ゼファーとカレルレンの二人きりになっていた。そうはっきり分かっていても、今日の出会いはありえない多くのことを過去の記憶と混迷させながら、まざまざと絡ませあってしまう。
息が、詰まる。心臓は重い。短いとはとても言えない時間が流れているというのに、遠い昔に空の王国から降りた少女が心から愛し、信じた『ふたり』のような子供らが現れたことで、女王は自身が驚くほど鮮烈な感情を得た。そっと、無意識に片手を胸にそえる。
(私は。まだ。『痛い』と思えるの)
ごく微量ずつ緩慢に、けれど途切れることなく滴り続ける血は、常に新しい。時間は傷にかさぶたなど与えなかった。
降り止まない雪を茫漠と、力ない半眼で眺め続けていた女王は、背後から近づく聞き慣れない足音へ何気なく振り返る。すると、純白で埋め尽くされた世界の中心には、典雅に輝く暁色の髪持つ娘が立っていた。どこか気怠げだった若草の瞳が、引きつるほど大きく、ありありと見開かれる。
声もなく佇む女王へ向けて、澄んだ紫苑の瞳は細められ、娘はたおやかに微笑んだ。
「ゼファー」
去りし日に、尊崇と憧憬の眼差しを送っていたひとと同じ音吐が、名を呼ぶ。その響きは傷を慈しむようになぞり、柔らかく包みこむ。
それはまるで祝福を与えられたようで。また同時に、赦しさえ、もたらされたようで。ゼファーは常に冷厳さで満たされていた面を一瞬でくしゃくしゃに歪めると、今にもくずおれそうな膝が力尽きる前に、よろめきながら駆け出す。言葉を交わさずとも意図を察した暁色の娘は、たたえた微笑をそのままに、ゆったりと両手を広げる。
ようやく辿り着いた場所で、ずっと懺悔を繰り返し捧げ続けてきたひとの前で、体を温かく包む腕の中で。かつての少女は、五百年越しの嗚咽を獣じみた悲鳴めいて漏らしながら、泣き崩れた。
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