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とまり木 常盤木 ごゆるりと

ひねもすのたのた

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二月大生誕祭第十三夜


本日のお話の中で使用している歌詞の著作権は広井王子さんのものです。
……最初にこう書いておけば大丈夫みたいに聞きましたが。どうでしょう。
引用という形で使わせて頂いています。とはいえひやひやしています。
問題がありましたら、どうぞおっしゃってください。すみません不勉強で。

ともあれ前回の続きです。
さあさ。ジェミニさんのオンステージです。
いっつしょーーーーたーーーーーーいむ。

『あなたと誰かのあまい夜を(後編)』


 スポットライトもない、薄暗い甲板に、ほのかな星明りと控えめな街灯の光を受けて、そっとジェミニが立ち尽くす。軽くうつむいたさまからは、面に薄い影がかかっていることもあって、表情を読み取ることができない。胸元に緩く握った片方の拳を当て、呼吸を落ち着けようとしているようにも見える。やがて僅かに顔を起こすと、瞑目したままの顔が現われ、それが合図だったのか、大神が分かりやすく手を掲げると、最初の一音を鳴らした。
 間隔を置いて、二つ目。瞼を押し上げ、伏し目がちになったジェミニのさまに、ここまで今一つ関心が薄そうだったゼンガーやリュウが、ぴくりと眉を動かした。人がそれぞれに固有のものとして持っている、『気』とも呼ばれるもの。ジェミニの持つそれが変化したように、彼らは感じ取った。しかし決して別人のものではなく、あくまでジェミニのものとしてありながら、ごく微量としか言いようのない匙加減で、質を変えている。歴戦の武人らはそれに反応を示したが、強者でありながら同じ女優でもあるパイは、『スイッチが入った』と判断した。
 更に三つ目。音が複数重なる。大神に率いられる形で、タイミングを計っていたハーケン、ダンテ、ヴァシュロンがクラップに参加する。ジェミニが、すう、と胸に息を満たす。
 四つ目。放たれた音へ跳躍するように乗り、蹴り、五つ目が鳴る前にジェミニが口を開いた。

「こんな素敵な恋を 誰も知らないだろう この街の誰もが・・・」

 低く、静かに滑り出した旋律に、軽い気持ちで耳を傾けていた面々が、良い意味で面食らったようにやや目を見張る。普段の元気に溢れ、輝くような笑顔を見せるジェミニからは想像もつかないような、繊細な温もりや危うい切なさを含んだ歌声だった。
 一同の新鮮な驚きなど意に介することもなく、既に舞台上の人となったジェミニは、時折高く聞こえる波の声さえ音響として、その狭間を縫うように歌い続ける。胸の奥から感情を淡々と絞り出すように、胸元へ添えた手へ力を入れる。淡い微笑と共に。

「こんな甘い思いを 誰も知らないだろう ふたりだけの恋を・・・
たとえ明日 散りゆくとも 夜の星だけが知っている」

 天高く広がってゆく歌声に、何となく床へ落ちそうになっていたリエラとイムカの視線が、手を取られるように夜空へ導かれ、二人は見上げる。星が、片目を瞑って悪戯っぽく彼女たちを見守るように、瞬いている。
 ジェミニのまとう表情や雰囲気が、またふわりとした薄絹のように衣装を変える。浮かべた微笑はそのままに、どこか諦観じみたものが匂うようだった。

「いろいろな苦しみは 鉄の釘で刺して 過去の川へ捨てた
冬の瞳は閉じて 春の陽射しを受け わたしは暖かい」

 優しい諦めを漂わせた後、何かをそっと抱き締めるように両腕を動かしてから、胸元へ受け止める。凍える夜を抜けた朝の木漏れ日が、晴れやかに満ち足りた笑顔と共に歌い上げられる。
 甲板へ直接腰を下ろしていたゼファーが、無言のまま目を伏して、ぐっと奥歯を噛む。隣に座っているリーンベルは、声もなく表情を強張らせた少年のさまにすぐさま気づき、そっとさりげなく、二人の距離を詰めた。隣り合った肩が触れ合った。

「あなたと会って 幸せだった 長い 夜の道を歩いて
思い出してる」

 凛とした歌声がふと尾を引いて、一瞬潜められる。その間隙をつくように、これまで賑やかしくパフェをつついていた小牟がぴたりと手を止め、誰にも気づかれない微かな笑みを口の端に浮かべた。

「Kiss me sweet このままずっとずっと ふたり 夜を溶かして
Kiss me sweet 星に祈り ふたり 強く強く」

 星空へ伸びやかに歌声が満ちる。楽しげに観劇していたモリガンは、ゆっくり長い足を組み直すと、彼女のよく知る夜とは随分と雰囲気を異にした夜が描かれるのに、可愛い夜もあるものねと、艶然と目を細めた。

「Kiss me sweet 夢を重ね 過ごした日々に こころ感じてる」

 音を立てずに本を開いたシリルが、そっと上向けた右手の平へ注意深く、息を吹きかける。普段は戦いにおいて敵の身を焦がす雷が、今は細かく分かれて宙へ漂い、きらきらと輝く小さな星のように舞台を彩る。
 手に取れそうな星明りを幾つも従えて、浮かび上がるジェミニの表情が、物憂げに揺らぐ。滑らかな絹のヴェールを夜空へ広げるように、遠くまで届いた歌声を再び手元へ引き寄せ、小さく折りたたんで囁き声じみたものにする。

「胸の奥の 傷を癒す 愛を いつもあなたがくれた
思い出してる」

 過去へ思いを馳せても、視線は彼方へ向けられるのではなく、むしろ自身の内側へと送られる。そっと優しく傷を撫でるように、ジェミニは薄く微笑む。その傷が自身のものか誰かのものかは、判然としない。
 うっとりと聴き入っているシャオユウと、観測と分析を高速で試みているアリサが仲良く並んでいる後ろで、仁がふっと一瞬、表情を緩めた。しかしすぐさま厳しく戻すと、改めて唇を真一文字に引き結ぶ。歌声に誘われ、つい過去の日を思い出してしまった自身を、戒めるようだった。
 観客の思いを知ってか知らずか、ジェミニはいよいよ階段を駆け上がるようにして、歌い上げる。

「Kiss me sweet 燃える胸に いつか 黄金の鐘が鳴る」

 守るように左右へ控え、腰を下ろしているユーリとフレンの腕を取り、二人の真ん中でエステルがにっこり微笑む。突然に、姫君を中心とした腕鎖の輪の一つとなり、フレンは驚いた顔をする。しかし姫君と同じく、それなりに楽しんでいるらしいユーリは、無邪気にはしゃぐエステルにつられ、薄く笑ってグラスを傾けた。

「Kiss me sweet 天使が舞い ふたり 空を翔る」

 歌唱が始まってからも、くだらない、とばかりに腕組みをして背を向けていたT-elosが、ちらりと視線をKOS-MOSへ寄越す。秩序の彼女はいつもの無表情で、そして無言で、戦闘用アンドロイドという存在意義から考えれば当然のことながら、特に反応を示した様子もない。ただ情報収集のためか、アイカメラをう゛ぃむ、と動かして焦点の微調整をする。無機質な双眸に、情感豊かな少女を映し出す。その瞳の色は。

「Kiss me sweet 世界中に 甘い夜の 慈しみ溢れ」

 いつもの飄々とした笑みをたたえたまま耳を傾けていた小吾郎は、ふと何やら頭を後ろに引っ張られる感覚をおぼえ、振り向こうとして、やめた。素知らぬ顔で、ただ少し、笑みを深める。彼の後ろでは、恐らく視線を明後日の方向へ向けたお嬢様が、家庭教師の長い髪を軽く掴んでいるのだろう。長年の付き合いで、こういう時に相手が何を思っているのか、何をして欲しくてして欲しくないのかは、だいたい察することができる。
 だから彼は何も言わず、振り向きもせず。ただ、したいようにさせておいた。

「Ah,Kiss and kiss and love あなたとだけ」

 高らかに、音の一つ一つに感情を凝縮して主旋律を歌い上げるジェミニを、さくらとエリカの歌声が寄り添うようにして、ハーモニーを重ねる。荘厳なほどに清らかで、けれど確かな熱を宿した歌声は、美しく寄せる幾つもの波紋が調和してゆくように、お互いを尊重しあいながら、高まってゆく。
 すると、その美しい水面を乱さないよう、ここまでずっと影に潜んで適切な拍を取っていた大神が、少し身を乗り出した。そして、鳴らしていないほうの手を大仰に動かし、皆の呼吸を見計らってから、人差し指を唇の前に立てた。
 合図と共に、フィンガークラップが一斉に止み、細波すら遠い静けさの中を、ジェミニの独唱が響く。

「Kiss me sweet このままずっとずっと ふたり 夜を溶かして」
(ああ)

 時宜を得た大神が大きく人差し指を動かし、観客席へ向けて手を差し出すと、再び力強くクラップが蘇る。
 ジェミニの歌声は、高まった感情と共に、更に昇り詰めてゆく。曲へ没入すればするほど、ありありと、ある光景が目に浮かんでしまう。辺りにシリルの撒いた小さな星たちを浮かべているジェミニからは、客席が暗くなってしまい、よく見えない。しかしそれが逆に、今は遠く懐かしいシアターを、強く思い出させた。ごく当たり前のように舞台へ立ち、仲間たちに支えられたり支えたりしながら歌って、踊って、演じていた、紐育の日々を。

「Kiss me sweet 星に祈り ふたり 強く強く」
(みんな)

 周囲で密やかに煌めく星々や、すぐ側で支えてくれている、さくらやエリカの歌声がまた、いつも一緒にこの曲を歌っている面々の存在を改めて鮮やかに浮かび上がらせる。出会った時から皆ずっと仲良し、というわけではなかった。けれど戦いと舞台の日々を経て、スターファイブは五人揃ってのスターファイブなのだと、互いに強く結びついた仲間になった。緊張して足がすくみそうな時、喉が怖気づきそうな時、いつも他の四人は一緒にいてくれて、励ましてくれた。
 そして、また、脳裏を掠める。この曲を歌う時、いつだって思い浮かべる、たったひとりの人物だって。

「Kiss me sweet 夢を重ね 過ごした日々に こころ感じてる」
(新次郎)

 朗らかな性質で、穏やかに笑い、濃やかに気を配る、スターファイブにとって大切な大事なポーラースターたる摩天楼のサムライ。叔父である大神のように力強くはないし、泰然とした貫録もないし、あとやっぱり身長も足りない。けれど、そんな紐育星組隊長は、守るべき人であり、守ってくれる人でもあった。全てを任せてしまうのではなく、一緒に手を取り合いながら、迷いつつも同じ速度で歩んでいくような。
 頼りなく見えるのに、時に驚くほど凛々しくて、誰より安心する背中を持っている。それこそが、歌声の底に潜むもの。彼へと向かう、あいのうた。
(会いたいよ)
 ここまでずっと女優として歌っていたジェミニの表情が、初めてぐらりと揺らぐ。微笑がなりをひそめ、胸の痛みも鮮烈な、苦しげな色がさあっと面を走る。舞台上で素を出してしまうことなど、滅多にないのだけれど、今夜ばかりは様々な要因が重なりすぎた。彼を思い出しすぎた。
 しかし、それでもジェミニは女優だった。悲壮なまでの面持ちをのみこんで、感情は全て歌声へとそそぎこむ。声の質が変わったことに、歌へ共感していた幾人かが敏感に気づいた。ジェミニがこらえかねたように動かした手の指先が唇をかすめて、前方へと差し伸べられる。それと同期して、大神から最後の合図が飛んだ。
 そうして、やはり、あらゆるものを受け止めた上で、ジェミニは輝くような笑顔を目一杯に花開かせた。

「Kiss me sweet 夢を重ね 過ごした日々に あなた感じてる」


 しばしの沈黙と、その表面を薄く覆う余韻が僅かな間を置いて、晴れてゆくと、割れんばかりの拍手と、完成と、指笛が甲板に響き渡った。歌い終わったジェミニが我に返った後も、なかなか観客の興奮はおさまらず、こうなると一曲で終わらせることなど考えられなかった。ジェミニが頬を紅潮させて一礼し、奥へと引っこむと、最初から打ち合わせはしていたのだろう、大神が次の曲についてまた注意やご案内の前説を開始する。その間に、再び女優陣は音合わせの打ち合わせを行う。
 そうして観客の訓練が着々と進み、スタァたちは自慢の喉を披露する。入れ代わり立ち代わり主演を交代し、やがて一緒に口ずさむ者や踊りだす者が現われ、更に誰かが船倉からピアノなどの楽器を発掘してくると、最早収拾がつかなくなる。最後には舞台の上と下などなくなって大合唱へと至り、観客と演者が一体となった特別公演の夜は、大成功のまま更けてゆく。
 歌いすぎて笑いすぎて頬が痛いほどになったジェミニが、ふと見上げた夜空から、北極星が微笑むように見下ろしていた。


 この後。感の良い連中からジェミニは「一体誰をおもって歌っているのか」とさんざにつっつかれた。しかし照れながらも正直に差し出した写真が、よりにもよって彼を映した手持ちがこれしかなかったプチミント(※新次郎女装時)のブロマイドであったため、仲間たち(歌劇団関係者含む)を一時騒然とさせ、様々な物議や憶測を呼んだのは、また別の話。
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