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とまり木 常盤木 ごゆるりと

ひねもすのたのた

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『轍も螺旋もうわばみの…(4)』


遅れまして申し訳ありません。
これで、おしまい。

『轍も螺旋もうわばみの…(4)』


「そういえば、アベルたち、遅いのね」
 小皿をそれぞれの椅子の前へ置きながら、ゼボイムのエリィが言う。いつも進んで手伝いをする子供たちが、姿はおろかその影すらも現さないのを、不思議に思ったらしい。その傍らで、手にした小皿を彼女に渡していたキムが、唐突に視線を明後日の方向へ向けた。
「お花、そんなに見つからないのかしら……」
 色鮮やかなミモザサラダがたっぷり盛られた木製のボウルを抱えて、案じるようにニサンのエリィが小首を傾げれば、そっといたわりを込めて、ラカンが代わりに持ってやる。その際、ちら、とさりげなく室内の掛け時計に目をやった。
「イドも見当たらないのよ! アベルたちと違って、こっちはきっとさぼりだわ」
 空になった硝子のピッチャーに新しく水を注ぎいれながら、ココアのエリィが不満を口にすると、すかさずフェイが摘みたてのミントの葉をピッチャーへ放り込む。
「……お昼のあとくらいから、ずっと、いないの」
 食後のデザート用なのだろう、硝子の食器を布巾で拭きながら、ネピリムが呟く。心なしかうつむきがちで、やってきた面々を迎え入れた時の笑顔が、やや曇ってしまっている。そんな彼女の背中へ、原初のエレハイムが優しく手をそえる。ただ、そんな彼女の表情も、どこか花曇りじみていた。いまだ姿を見せない子供たちを思い浮かべ、嘆息のようにそっと漏らす。
「無理をしていなければ、いいけれど」
「してないよ!!」
 分厚くたれこめた雲も簡単に吹き払ってしまいそうな、天真爛漫な声が青嵐めいて居間に響いた。その持ち主はもはや考えるまでもない。この喫茶で、そんな子供は、たった一人しか存在しない。居間の全員が振り返ると、ついさっき喫茶の大人組が通り過ぎたばかりの階段の入り口に、小さなアベルを先頭にした三人組の姿があった。曇り空を綺麗に拭い去られた原初のエレハイムが、婉然と微笑む。
「三人とも、お帰りなさい」
「ただいま!」
「――ただいま」
 小さいアベルは顔を紅潮させ、いつも白皙な大きいアベルさえ、今日はのぼせたように頬を上気させている。そんな二人を陰で支えるように、彼らの後ろには、意地悪そうな笑みを浮かべるイドが控えていた。その、どこか勝ち誇ったような表情に、ついさっき彼へ怠慢の烙印を押してしまったココアのエリィが、ぎくりと顔を強張らせる。
 けれど、そんな無言の攻防を知っているのかいないのか、原初のエレハイムはゆったりとイドへ顔を向ける。
「ありがとう、イド。アベルたちの面倒を見ていてくれたのね」
「ああ。まあ。な」
 真正面から混じり気なしの謝意を投げかけられ、どこかたじろぐようにイドは視線を泳がせ、皮肉っぽい顔つきを僅かに潜ませる。しかしすぐさま、視線をココアのエリィに向けると、シニカルさをすぐさま復活させ、にやりと笑ってみせる。
「これでもさぼりだって言うのか?」
「……地獄耳」
 やはり聞こえていたのだと思い知らされ、ココアのエリィは苦渋に満ちた声音で小さく呟く。けれどもこれは流石に非は自分にあるとはっきり分かったため、不承不承ながらちゃんと謝った。随分と小声ではあったけれど。彼女のしおらしいような謝罪に、ますます鼻をそびやかすイドを前にし、ココアのエリィは内心で、今度彼に淹れてやるコーヒーにはたっぷりの砂糖をつぎこみ、暴力的な甘さにすることで、こっそり仕返ししてやろうと胸に誓った。暗い復讐に燃える彼女の決意を、傍らのフェイはしっかり感じ取ることができたが、敢えて何も言おうとはしなかった。ココアのエリィにも、勿論イドにも。
 ココア組三人がぐるぐると尾を噛む蛇じみて策謀を張り巡らせている間に、二人のアベルは寄り添いあったまま、原初のエレハイムの前へ、しずしずと歩み寄る。姿を現した二人が嬉しくて、つい駆け寄ろうとしたネピリムに、大きいアベルは人差し指を唇に当てて薄く笑った。そのさまに、何か秘密めいた楽しみを感じたのか、ネピリムも思わず足を止めると、ほのかに顔をほころばせ、軽やかに踵を返すと原初のエレハイムの傍らへ舞い戻る。

 二人で一人、とでも言いたげに、一塊になってアベルたちは動く。足元を確認しているわけでもないのに、二人同時に、同じ足を同じ呼吸で踏み出しては、重々しい一歩をそろり、そろりと進める。
 そんなずっしりな足取りを、エレハイムの前でぴたりと止める。彼らより幾分高い目線にいる彼女から見えないように、二人は体をくっつけて塊となり、何かを隠そうとしているらしい。実に分かりやすすぎる隠し方ではあるけれども、それを分かっていて、エレハイムは淡い微笑を刷いたまま、ゆったりと待ち受ける。エレハイムのすぐ側に佇むネピリムが、うきうきを押し隠したように彼女を見上げると、相手もまた同じような視線をネピリムへ返す。
 二人で、二人を、待ち受ける。この間、キムやラカンがちらちらと落ち着きなく時計へ目をやるのに、ゼボイムとニサンのエリィがやっと気づいた。
「エレハイム。あのね」
 大人組の間へ、静かなさざなみが広がってゆくことなど知る由もなく、おずおずとした口調で、小さいアベルが切り出す。
「お花、みつからなかったんだ」
 思わぬ言葉に、ネピリムがちょっと目を見開く。しかしエレハイムは動じもせず、ただ僅かに頷いた。小さいアベルの言い方から、また、きらきらと輝く元気いっぱいの表情から、まだまだ続きがあると察してのことだった。結論を急がず、子供の言葉を最後まで、腰を据えてエレハイムは耳を傾ける。それに小さいアベルも応えた。
「お花屋さんにきいてもなくって。どこを探してもなくって。僕ら、困っちゃって、だからイドに助けてもらったんだ」
「イドに?」
「うん」
 つい口を挟んでしまったネピリムが、こくりと首を傾げると、大きいアベルがまた薄く笑む。小さいアベルは力強く微笑み、二人のアベルは、背中側に隠していたものを、せえの、と掛け声を合わせてエレハイムの前へ掲げた。天井から降り注ぐ柔らかな光に照らされ、それはちかりと強く煌いた。
 すっくと咲き誇るのは、たった一輪きりの花。けれど、とびきりの、大輪の花。零れ落ちんばかりに豊満な分厚い花弁も、それを支える凛と背筋を伸ばした茎も、控えめに腕を伸ばす葉も、全てがつややかな黄昏黄金に照り輝く、花だった。
 光の残滓を表面に宿し、内に抱き、またそのどちらにも滑らせるようにして、さざめくさまは、宝石の輝きにも純金の艶めかしさにも似ていた。彩りは確かに、母の日に相応しい赤い花とは異なっているけれども、姿かたちは見紛いようもなく、カーネーションそのものだった。
「甘い、カーネーションに、なっちゃったけど……」
「エレハイム、母の日、ありがとう!!」
 見る者をすっかり魅了する、黄金色した飴細工の花が、あちこちに小さな水ぶくれをこしらえた四つの手の平によって差し出される。エレハイムとネピリムが紫苑色の瞳を見開き、誰かさんたちが苛立たしげに壁の掛け時計を見やった瞬間、玄関のベルが鳴り響いた。

 何事かと、エリィたちは目を丸くするけれども、その音を待っていたのか、男性陣の間に共犯者の笑みが、さっと視線で交わされる。そして誰が何を言うでもないのに、ベルの音にはじかれるように、階段近くにいたイドとフェイが、二人同時に階下へと駆け下りた。我に返ったココアのエリィが、声をかける隙もなかった。
「二人とも……ありがとう」
 周囲の動向を全く気にかけることもなく、エレハイムは、そっと甘い花に白い指を伸ばす。花を捧げ持つ幼い手の平、少し傷を負って赤くなった手の平を慈しむように包んでから、受け取った。さあっと刷いたように頬を染めるエレハイムのさまに、アベルたちはそれぞれにできる会心の笑みを浮かべた。
 一方エリィたちは、花とベル、どちらに神経を集中すべきかやや困惑し、残った男衆もまた、視線をどちらに向けるべきか気が気ではなかった。しかしそんな状況もすぐに打開される。エレハイムがそっとカーネーションへ目を落とし、唇を寄せようとした矢先に、階下からイドたちが戻ってきたためだった。
 こちらもアベルたちに劣らず、おかしな双子じみた二人が、隠し通せもせずお互いの間で押しつけあっているのは、隠しようもない花束だった。小声で何やらいかに相手が持つべきかといったことを言いあいながら、花束を往復させている。子供たちより下手な贈り物の渡し方に、残る男性陣は内心で頭を抱えた。
 最終的に、嫌がるイドへフェイがどうにか花束を持たせ、背中を無理やり押し出すと、イドはたたらを踏みながらエレハイムの前へ出ることになってしまった。手の中に、花束を抱えたまま。イドは、きっと背後へ振り返り、フェイに何か憎まれ口を叩こうとするも、そんな彼へ、エレハイムが微笑みかけた。
「イド」
 悪戯を見咎められた子供のように、イドが全身に緊張を走らせる。ぎこちなく正面を向くと、黄金色の花から顔を上げたエレハイムが、両脇に満足顔の子供たちを伴って、イドの前までやってきていた。
 エレハイムが、硝子めいて淡く透き通る花を、守るように胸の前で抱える。
「こんなに甘くて、素敵な、カーネーション。イドが提案してくれたのね」
「……違う」
 全身から清らかな感謝の念が滲み出るような、エレハイムの柔らかな音吐に、イドは緩やかにかぶりを振った。普段から皮肉以外は言葉少なな彼が、いかにも不慣れといった風情で、ぽつり、ぽつ、と説明をしてみせる。少し油断すると、口はすぐさま、への字になってしまいそうだった。
「ちびどもが、花がなくって、涙目で。俺に、飴で作る方法を聞きに来たからだ。俺の手柄じゃない」
「飴細工は、イドが一番上手だから」
「だから、教えてもらいに行ったんだ!」
 否定するイドの言葉を補足するように、アベルたちが声を上げる。しかしそれと同時に、二人の視線はイドの持つ花束に釘づけだった。そちらの説明を省くわけにもいかず、イドは苛立ったように口を一層への字にしてから、観念したか、開き直って語り始める。自然と、声がやや大きく、ぶっきらぼうになる。
「飴の花は作った。だが、それだけじゃ物足りない。花が一本もないってなら、他の手段を探すまでだ。こんな時のために普段から、あちこちに貸しを作ってるんだからな」
 彼が手にし、説明してみせる花束は、決して大振りではなく、豪奢とは到底言い難い。それこそ、アベルたちが一輪の花を彼らの背後へ隠そうとしていた試みよりも、よっぽど楽にイドの大きな背中には隠せてしまうだろう、小ささだった。まあ、それすらも、イドとフェイはできていなかったけれども。
 そんな、ささやかな花束。うっすら金色がかった淡黄色の包装紙にくるまれ、端で綺麗に結ばれたピンクのリボンは、花屋が片目を瞑って魔法をかけたように、甘くつややかな光沢を宿す。かすみ草が柔らかく取り囲む中に鎮座する、四輪のカーネーションが、母の日の主役に向かって、精一杯に花開いていた。
 大きいアベルが信じられないものを見たとばかりに目を見開き、小さいアベルは眩しいほどに顔中を輝かせた。そして、少し離れていた男性陣が名乗りを上げるように、ゆっくりと種明かしを始める。

「一輪でいいから、ないだろうか、って。シェバトのプラントに連絡して」
 傍らで目を丸くしているニサンのエリィへ説明するように、照れくさそうに顔をほころばせたラカンが明かし。
「海の家の縁があるからな、ヴェクターにも話を持ちかけた」
 腕組みをして、どこか得意げに、けれど若干首を捻りながら、なぜかついでにザッハトルテを注文されたが、とキムが付け足す。
「ファウンデーションに相談したら、代表理事が随分乗り気になってくれてさ」
 興味津々に、身を乗り出しそうな勢いで見つめてくるココアのエリィへ向け、小さいほうだけど、とフェイが小さく笑いながら言う。
「―…花屋にもう一度、依頼の電話かけたら、向こうもちびどもに対して気が咎めてたらしく、再度探すって言った。それで、フェイたちが連絡した連中にも、もしみつかったら花屋へ送るよう伝えといたから、全部まとめてさっき、チョコボ頭のバイク便が持ってきた」
 男性陣が不可解な反応を示したベルの正体、それに加えて、たびたびキッチンへ彼らが出入りしていたのが外部と秘密の連絡を取っていたためだと、まとめて説明され、室内へ霧が晴れるように理解が広がる。中でも特にアベルたちは、大人たちが隠し持つばかりで、ちっとも話してくれなかった『他の手』の意味がようやく明らかにされて目を真ん丸にしていた。
 けれど、それも一瞬のこと。二人のアベルが揃って、あっけに取られてから、すぐさま顔を輝かせた。大きいアベルは蛍の群舞めいて、小さいアベルは花火の乱舞めいて。程度の違いはあれど、どちらも同じ、彼らの内に湧きあがった、きらきらしい喜びの発露そのものだった。
 ただ、表情が変わるくらいでは、体中から溢れる嬉しさを表すことが、できないのやもしれない。小さいアベルが今にも飛び跳ね、はしゃぎ、抱きついてきそうだと判断したのか、機先を制してイドが動く。
 視線は明々後日の方向へ飛ばし、かすみ草がしなるほどの勢いで、改めて、ぶっきらぼうに花束を差し出す。ただし、それは乱暴なのではなく、持ち慣れないものの扱いが分からず、力の入れ加減が把握できていないためらしかった。
 そして、しばらく、何か言おうとして言葉を選びあぐね、口の中で舌を持て余し、唇をまごつかせてから、小さくイドは声を発した。
「…………………母の日、あり、がとぅ」
 正面からすっかり逸らされている顔は、エレハイムの位置からでは表情を確認することができないし、もし見ることができても、視界を遮る長い髪に隠されて察するのは不可能だろう。けれど、その見事に赤い髪の間から、そっと覗く耳朶が、髪にも負けず赤いのを認めて、原初の彼女は婉然と微笑むと同時に白い腕を伸ばした。
 エレハイムは片手に金色の花を抱き、伸ばしたもう片方の手で花束を受け取るかに見えたが、その脇をすり抜ける。けれど目を背けるイドは、その動きに気付けない。花束をなぞるように過ぎてから、辿り着いた根元で頑な拳になっていたイドの大きな手に、そっと添えられた。力をこめすぎて、筋が浮くほど強張っていたイドの手が、一瞬びくりとする。けれどエレハイムの細い指が、明らかに自分よりも大きな手を包もうと広げられると、緩やかに彼の拳の緊張がほどけていった。
 イドがどこか、おそるおそるといった風情で戻した視線の先で、原初のエレハイムが花束にも劣らない大輪の微笑で出迎えていた。
「もっと、大きな花瓶に、変えなければね」
 そう言い体ごと一歩踏み出すとイドと距離を詰め、花束を受けとめながら彼の手ごと、胸元へ抱き締めた。
「ありがとう。みんな、みんな、ありがとう」
 軽くうつむいた彼女の声が、少し、潤んでいたような。



 ごはんに、しましょう。

 子供用の、果物たっぷり英国風カレーと、大人用の、とっぷり濃厚芳醇カレーが隣り合い、薫り高い芳香を重ねあう。かちゃかちゃと楽しげに鳴る銀器の音に、グラスや水の囁く声。部屋の中のどこを向いても、あるのは親しい顔ばかりで、あらゆる話題に花が咲く。
 ラカンとエレハイムがカーネーションの種類で談義したり、ゼボイムのエリィに問い詰められ、イドによって飴細工の技術について軽い講義が嫌々ながら行われたり、またカレーのレシピについては誰もが一家言を持つために、いつだって熱く議論が交わされる。断固として辛口がいいとキムが言い張れば、甘口における果物の配合について、ニサンのエリィが控えめながら粘り強く迎えうつ。
 話ははずみ、食事は楽しく、おいしく。わいわい賑やかに語りあい、笑いあいながら、望みのものを皿へ取り分けるのは忘れないで。
「あのね」
 口の端にご飯粒をつけているのを、傍らのネピリムに取って貰いながら、小さいアベルが匙を片手に言う。
「イド、僕らが飴でお花つくりたい、って言う前から、言いたいことを分かってくれて、すぐ教えてくれたんだよ。全部分かっちゃうんだね! すごいなあ」
 心底感心した様子で、朗らかに笑う小さいアベルの横で、大きいアベルも盛んに頷く。すると、フェイとココアのエリィが、ちょっと顔を見合わせてから、くすくすと笑った。そのさまを、ネピリムは不思議に思ったらしく、また小首を傾げた。
「何か、知ってるの」
 少女に問われ、ココアの二人は、ちらりちらりと周囲の大人組が別の話に没頭しているのを確認する。それから、ちょっと手招きをすると、子供たちに卓へ軽く身を乗り出させた。好奇心に煽られて、子供三人は悪戯の共犯者気分で耳を寄せる。
 フェイとココアのエリィは、ふたりだけに分かる視線で話してから、最後の悪戯、その種明かしをするように、意地悪そうに囁いた。
「イドが、みつからない花を、飴で作るのは」
「前に、自分もしたことが、あるからよ」

 いつも以上に賑やかな卓上に、金と赤の花がわんと咲き零れていた。
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