『轍も螺旋もうわばみの…（1）』

もぎゃー母の日のお話てんやわんやー。
お祝いのお話とみせかけてあと二回か三回続きます……。


二回かなあ。二回でおさまればいいですねえ。
でもわたしの前科から考えておさまるとはとてもうわあ。
ちゃんと書き上げてからアップしなさいなわたし。
うう。でもイベントごとなのですよ。
せっかくの母の日なのですよ。
日にちを外しては、また来年まで待たなければなりません。
ただでさえわたしこの話数年寝かせてますのに。
これ以上は。もう。

そんなこんなのどうにもこうにもで。
いっぱいいっぱい未完成な母の日のお話。
性懲りもなく、またも喫茶で。
母の日ですので、最終的には全員出ますけれど。
今回のメインは、イドと二人のアベルたち。
早急に完走できるよう、よろしければ祈ってやってください……。
すっごい出だしで終わっちゃいますが、続きからどうぞ。
今回ギリギリのくせ題名が珍しくなかなかのに決まってわーい。

『轍も螺旋もうわばみの…（1）』


　『彼』らが司る銀色の砦へ矢継ぎ早に飛びこんでくる、伝令じみた紙片が目に見えて数を減らし、やがて途切れたことに、イドは溜めこんでいた息を、やっとのことで吐き出した。むやみに重たげなその呼気を、誰も笑うことはできない。もっとも、手にする刃が剣でなく包丁の騎士らが集う砦こと、喫茶のキッチンには今、彼以外の姿はない。
　喫茶の一日、その中で。随一の繁忙を誇る、昼食前後の書き入れ時をくぐりぬけて、イドはやれやれとばかりに手近の椅子へ腰を下ろす。疲労のあまり神経質そうにぴくつくこめかみを、軽く指先で押さえ、改めて浅く息を吐いた。
　喫茶のホールを駆け回る『彼女』たちが、集めてはぴかぴか銀色に輝くキッチンに貼りつけていく、注文伝票。時にびっしりと、のれんのように垂れ下がるオーダーの数で、表の賑わいを計ることは容易い。しかし目を閉ざしていても、ホールから聞こえてくるざわめき、足音、声の調子や人の気配などで、客の入りは把握できるのをイドは知っていた。
　今日は、どっしり腰を落ち着けて過ごす客よりも、急ぎ足で持ち帰りを希望する客のほうが多いらしい。当然だ、と彼は瞑目したまま思う。

　この日。喫茶は、常より閉店時間が早く設定されていた。
　いつもは夜遅くまで開いているところを、本日は夕方まで、ということを早めに張り紙や口頭で告知している。お客さま第一の喫茶とて、無理を通したい日もある。何せ今日は、『母の日』なのだから。
　喫茶にとって―…というよりも、喫茶の面々にとって、この日は、特別な意味を持つ。深く考え出すときりがなく、また実にややこしい事態に陥るため、取り敢えず『女性陣に感謝する日』となっている。そして女性陣を代表し、原初のエレハイムが一番に望む『全員揃って一緒に晩ごはん』という願いを叶えるために、早めの店じまいをすることが、以前から決められていた。
　そのため。普段はゆったりランチに舌鼓を打ったり、三時のおやつを楽しみつつ日が落ちるまでお喋りに興じたり、といった常連さんたちも気を利かせて早めに切り上げていた。お陰で昼時の繁忙を過ぎると、キッチンでの裏方たちは楽なものだった。代わりとばかりに、母の日ということもあってお菓子の持ち帰りが非常に多く、ショウケースを守護するエリィたちはてんてこまいだった。しかしイドは、そんな表の様子を知っていて、今は一人で一服している。

　いっそ別の意味でも『一服』したいところだと、ぼんやり思うも、喫煙厳禁のキッチンでは、それもままならない。もし強行しようものなら、ココアのエリィからコテンパンロッドで文字通りコテンパンにされると分かっているため、そんな願いはすぐさま胸の内へ引っこめる。幾許かの苦い思い出と共に。
　無意識のうちに古傷などないはずの側頭部に手をやり、前よりも重い息を落とそうとして、ふと彼は来訪者の気配を感じ取った。それと同時に、きい、と小さなネズミが鳴くような音を立てて、控えめにキッチンの扉が開かれる。ゆっくり瞼を押し上げて視線を向けた彼は、現れた影二つを認め、僅かに眉をひそめた。
「…………イド」
　低い声で彼を呼ぶのは、しゃんと背筋を伸ばした大きいアベル。深い黒曜石の瞳で、ひたりとイドを見据える。その傍らには、双子の弟のような、小さいアベル。こちらはいつもの明るい笑顔をすっかりしぼませて、今にも泣き出しそうにしょんぼりうつむいている。きつく握り締められた拳も痛々しい、喫茶で最も幼いものの姿に、イドはどうしようもなく嫌な予感がした。肺の底から絞り出したような溜め息を吐いて、彼は椅子を立った。