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とまり木 常盤木 ごゆるりと

ひねもすのたのた

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『やがて夜明けの太陽王』


本日は、いつもと少々趣向が変わりまして。
こんな形の、二次創作です。


なんだか、ずうっと、書かずにいて。
書かないでいることが当たり前のようになっていて。
それはかつて、わたしの呼吸でさえありましたのに。
音もなく、手を、指を、離れてゆくようでした。
ところが。先日。
久方振りに、『書きたい』という衝動に襲われたのです。
深く深くに沈みこんで肉の内側へ消えていきそうなそれが。
ぽん、と種のように、はじきだされた。
血の通わない言葉ばかりに塗れていた指は、ぶきっちょで。
いつも以上に上手く、キィを走ることができません。
そんな、ぎこちないさまでも、書きたくてならなかったのです。

元にさせて頂いたのは、こちらの素敵な、あまい、絵。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=19221466
お菓子の子ら、そのうちの、アルファベットの七文字目を司る子のお話。
勝手に綴ってしまったものへ、掲載許可をありがとうございました。
けれど何より。
錆びかけた心も指も揺り動かす、素晴らしい絵を、ありがとう。

続きに隠されたお話は、わたしの勝手な独自解釈です。
素敵な絵のイメージを損ないたくない、とお思いの方は退避なさってください。
また、絵には出ていないお菓子が、一つ(一人?)でてきます。
そういったものがお嫌な方も、お手数ですが回れ右をお願いします。
一目見て、お話が浮かんだ。
少なくとも、わたしにはそう見えてしまった。
大きな冠、百合の紋章、そして背負ったその名前。
『王様のガレット』たる彼のお話。


『やがて夜明けの太陽王』


 玉座に深く、腰かける。にょっきり突き出された細い足は、爪先が床をかすめることすらないけれど、それでも鷹揚に組みかけられる。そばかす一つない白磁の面で、形の良い鼻をやや上向かせながら、王様は――ガレット・デ・ロワは、満足げに目を細めた。

(ぼくは王様。ぼくが王様)
 胸の内で、王様は何度も楽しげに繰り返す。実際、声に出してはいないものの、その悠然とした、言い換えればやや尊大な態度から、王様が件の内容を至極お気に召しているらしいのは、簡単に見て取れた。もし許されるお立場ならば、滑稽な鼻歌でも口ずさんで、それに合わせて足をぷらぷら揺らしかねないほどに。けれど絹のストッキングに覆われた両足は、芝居がかって大きく振り上げられると、もったいぶった調子で組み直されるだけだった。
 腕を凭せかけきっている肘掛けへ、なんとはなしに、手にした王笏の底をこつこつと打ちつける。
(ぼくが王様。だから、ぼくが一番、えらいんだ。家来のフェーヴはたっぷりいるし、冠だってかぶってる。それに何より、ぼくは”王様”って名前なんだから!)
 高御座におさまったまま前を見下ろすと、廊下から玉座まで長く伸びる絨毯の脇に、小さな陶器の人形がずらりと並んで畏まっている。号令一つで世界中に飛んでゆく、王様ご自慢のフェーヴたちだった。無数の従順な家来たちの姿に、王様はますます天井に鼻を向ける。その拍子に、ずしりと重たい王冠がずり落ちそうになるも、慣れた手つきで傾きを直す。
(みぃんな、ぼくには従わないといけないんだ! ザッハトルテやマドレーヌあたりが、なんだかやかましく言うだろうけれど、構やしないね。あいつら、自分のほうがえらいと思ってるみたいで、おかしいったらないや。ぼくが王様で、だれよりえらくて、なんでも一番にされるのは、当たり前のことなのにさ!)
 すぐに思い当たる、幾人かの気に食わない連中のしかめ面が、嫌になるほどはっきりと目に浮かぶ。ここまでずっとご機嫌だった王様が、初めて不快そうに顔を歪める。それはどちらかといえば、かんしゃくを爆発させる直前の、子供の顔によく似ていた。
(そうだ。あのおせっかいの、シャルロットみたいのもいる。たかだか帽子のくせに、ぼくの心配なんてするんだよ! みのほどしらずって、あのことだね。ぼくは王様で、冠を持ってるのに、帽子なんかにとやかく言われることはないんだ)
 笏で肘掛けを叩く音が、気忙しく、間隔を短くしはじめる。いらいらとするあまり、腕の動きが大きくなっているのか、輪をかけて冠がずれやすくなる。そもそも、真っ直ぐでクセのない、絹布のように滑らかな王様の髪は、安定した足場に相応しいとは言い難い。また、よく見てみれば、降り注ぐ灯りを眩いほど乱反射して煌いてみせる至宝の冠は、どうも王様には若干大きすぎるようでもあった。
 けれど、流石は王様で。笏をいじりながらも、空いているほうの手で、常に冠の位置を寸分違わずぴたりと整えてみせる。かくもややこしいことを、ご本人はいとも容易く、無意識のうちに行ってしまう。余程、その動作が身にしみこんでいるのだろうと思われた。
(ぼくが、王様なんだぞ!!)
 そう腹の底で喚くと急に頬が熱を帯び、王様自身は気づかないまま、かぁっと面が怒りの朱に染まる。次々と脳裏に蘇ってくる無礼者たちのさまに、王様がその時の憤激も同時に蘇らせたあまり、一層高い音を立てて、肘掛けが強く叩かれた。と。

 何者かがゆっくりと、玉座の間、その前を、通り過ぎようとした。
 玉座の間と表を繋ぐ入口は扉もないため、いつでも通り抜けが自由で、廊下の往来も楽に見渡せる。そのため王様には、のんびりと目の前を横切ろうとする人物の存在が、注視するまでもなく確認できた。無礼にも王様に挨拶もせず、無礼にも王様より背が高く、そして何より無礼にも、王様に気づいてもいない様子で歩み去ろうとするのが。
 ただでさえ火種を燻らせていた王様は、思わず王者らしい寛大さを投げ打ってしまうと、どかんと派手に、噴火したような勢いで声を荒げた。
「おい、おまえ!!」
 雲上の方とは到底思われない言葉で、無礼者を呼び止める。発してから、それが悪い言葉であると王様も気づいて、少し胸がどきりとするも、無礼者がいけないからだと思い直して自分を納得させる。
 そして声を投げつけられた、当の無礼者は、空を渡るようだった緩やかな足取りを休めると、声の主をおもむろに見やった。そして王様は、向き直った相手の様子を見て、呼び止めたことを少しだけ後悔した。
 歩みをやめたため、はっきりと見えるようになった無礼者の姿は、ひどく奇妙なものだった。頭の上から服の裾まですっぽり覆ってしまう、ラバだかロバだかの、とにかく獣の皮をかぶっている。しかもご丁寧にも、大きな獣の頭を自身の頭上に頂いているため、顔の半分も隠れて見えない。一瞥しただけでは性別すら謎に思えそうだったが、皮の端からのぞく華奢な白い手足から、無礼者が無礼者嬢であることは王様にも分かった。
 なんともいえない不気味さに、さしもの王様も玉座の上で、軽く身を強張らせてしまう。しかしそこは、やはり王様。こんな気味の悪いものが無礼を働いたのだと考えると、すくみかけた体の底から、むくむくと怒りが湧きあがってくる。肘掛けと笏を持つ手に力をこめると、思い切って、獣の皮嬢をとびきりきつい眼差しで睨めつけた。まなじりを険しく吊り上げ、敵意が剥き出しにされた視線を突き刺してくる王様に、相手は臆す様子もない。しばらく、皮の下から静かに王様を見つめたかと思うと、かろうじて見える桜桃の唇を、優美な弓の形に微笑ませた。そして爪先から、恐らく一筋の髪の先端まで、己を構成する全てへ神経を行き渡らせたように、しなやかな所作をしたかと思うと、この上もなく典雅なコーテシィで王様へ会釈を捧げた。目の前のさまに、飴細工色をした王様の両眼が、大きく見開かれた。

 今まで、王様は、これほど純粋な敬意を向けられたことがなかった。それこそ、一度きりだって。数える指が追いつかないほど名前も顔も思い浮かぶくせ、仲間と呼ぶ気にはさらさらなれない、隣近所の部屋に住まう連中。いくら王様が自身の尊貴さや偉大さを大声で言い募っても、誰一人として賛同する者はなかった。それどころか、かえって王様をたしなめようとしたり、酷い時などあからさまな嘲りさえも向けてきた。もっとも、王様にとって一番屈辱的なのは、憐れまれることだったけれど。
 自身は王様であると、他の誰よりも優れた存在であるのだと、王様は確信していた。それを説明するための証拠や根拠を、先のように王様はふんだんに持っていたため、声変わりさえしていない喉で一々さんざにぶってみせた。その結果、彼にかしずくのは、物も言わず、意志さえない、ただ前に並ぶのみのフェーヴだけだった。なのに彼女は、王者への敬意を表した。初めて、王様は、王様として扱われた。
 あれほど求めていたのに。本人は、当たり前だと信じ切っていることが、やっと実現されただけなのに。王様は息を呑み、また、胸を殴りつけられたような衝撃をおぼえた。

 言葉を失い、ひゅ、と短い音が唇から漏れると、呼吸すら寸の間止まる。ついさっき、自身に送られた優婉な振る舞いが、目に見えない甘い霧となって、ゆっくりと肌へ染み渡るようだった。いたたまれないこそばゆさと、とろけてしまいそうな快さが同時に訪れ、王様は内心でひどく狼狽える。王様として扱われているのに、王様としてどう応えれば良いのかが、分からないためだった。そんな困惑の王様をよそに、獣皮の君は何事もなかったかのように泰然とした様子で、元の道に戻ると、その場を辞去する。踵を返した際、僅かに皮の裾が翻り、何かきらきらとしたものが一瞬輝いたようだった。それがきっかけというわけでもないけれど、王様は咄嗟に、玉座から飛び出した。
「待てっ…」
 あれほど誇りに思っていた玉座を、後ろに蹴倒してしまう勢いで絨毯の上へ駆け出す。なぜ、と問われて、明確に論理的な答えを返すことは恐らくできない。ただ、今、彼女から離れたくなかった。何も知らないまま、初めて彼を望むままの姿で扱ってくれた姫君と離れるのが、耐え難くて仕方がない。知りたかった。粗末な皮でその身を卑しく覆い、しかしそれでも揺るがない気高さを保ち続けている、真に貴なる身分であろう彼女のことを、知りたくてならなかった。後生大事に握り締めていた王笏が、いつの間にか放り捨てられ、百合の紋章を中心に回転しながら床を滑っていった。
 底の厚い靴は走るのに適していない。大体、王様ともあろうものが、かけっこに得手なはずもなく、これまで試したことすらなかった。それでも王様は、慣れない足を叱咤し、油断するとすぐ絡みつきそうな外套をうざったげに振り払って、彼女を追う。制止するため声をかけようとして、けれど何と呼び止めるべきなのかが分からず、一度口の中で言葉をぐるぐるとためらわせてから、思い切って絞り出す。
「ねえ、待って、きみ」
 裾の長い外套やら重たげな靴に邪魔をされ、平坦な絨毯の上で、幾度もころびそうになる。周囲を取り巻くフェーヴたちは顔色一つ変えず、手を貸しもせず、無言で眺めているだけだった。王様はそのさまへ軽く唇を噛むも、すぐさま気を取り直して前を見る。崩れかけた姿勢をどうにか元へ戻し、改めて走ろうと勢いをつけた拍子に、頭上へ見せびらかすように頂いていた冠が、軽い音を立てて床に落ちた。しかし王様はもう振り向きもしない。ただその、いやに厚みのない響きと、自由にさらさらと流れ出した自身の髪の動きだけは感じていた。
(ああ。そっか)
 今更のように、王様は思う。
(ぼくの冠、金の折り紙で、できてたんだった)
 絢爛豪華で奢侈極まりない、見る者全てが溢れんばかりの贅沢さにあてられて、くらくらと酔ってしまいそうに艶冶な王冠。世に並ぶもののない、雄偉なる王様に相応しい冠は、そういったものであるはずだった。けれど実際そこには、螺鈿も、真珠も、宝石も、飾りつけられてなどいなかった。そのことを、王様は今になって、長い眠りから覚めたように思い出した。
 冠の枷を振り払い、身も心も軽くなった王様は、更に駆ける速度を増して、遂に玉座の間を抜けた。つんのめるように廊下へ至ると、悠々と歩み去ろうとする背中へ向けて、叫ぶ。これまで、出したこともない声だった。
「いかないで!!」
 廊下へ響く悲鳴じみた声に、やんごとない獣皮の姫君が、ようやっと足を止める。そしてやんわりとこうべを回らし、廊下の真ん中で大きく肩を上下させている王様を視界へ入れると、そのまま向かい合った。いかなる用件で呼び止められたのか分からないのだろう、獣の皮越しに、こくりと僅かに小首を傾げてみせる。それでも口元にたたえられた微笑は、先と全く変わらない。
 自身の望み通りにいかないでくれた相手に対し、まだ息の荒い王様は、威厳をもって感謝の言葉を述べることもできない。それどころか、慣れない一人徒競走のため、どつどつと重く忙しない音を立てて打つ鼓動に、すっかり翻弄されてしまいそうだった。油断するとすぐ熱に襲われ、ろくに考えをまとめられなくなる頭を、必死に落ち着かせようと落ち着こうと自分へ言い聞かせる。ぜいぜいと渇いた呼吸を重ねながら、王様はぐっと大きく喉を動かして、ありとあらゆる訊ねたい事項の中から、最も知りたいことを漸く選び取る。かすれた喉が、弱々しく相手へ問いを投げかけた。

「きみ…の、名前、は?」
 あれだけ非の打ちどころのないコーテシィをする者が、卑賤の輩であるわけがない。見た目で何事も判断はできない。誰よりも王様らしい姿をしている彼が、本当は王様ではないのと同じように。ならば、それほどまでに高雅な姫君を、いつまでもきみ呼ばわりするわけにもいかない。きちんと、名前を呼びたかった。初めて彼を、王様扱いしてくれたひとを、知りたくて分かりたくてたまらなかった。
 うっすら頬を上気させている王様に、彼女は世界の秘密を囁くように、そっと、唇を動かした。
「ガトー・アムール」
 金と銀と水晶の鈴を鳴らすような声で、彼女は名乗った。その名に、王様がまなじりを決したかどうかという瞬間、ガトー・アムールはするりと獣の外套を体から滑り落とさせた。
 そうして現れたのは、生地も刺繍も縁取りも、縫いこまれた宝石さえも黄金に耀う、太陽をそのまま写し取ったような、目も眩まんばかりに豪奢なドレス。そして衣装にも負けない、蜂蜜の川のように流れ出た、見事に長い金糸の髪と、照り輝くばかりの美貌を備えた姫君。正しく”愛”の名に相応しい、生まれながらの、混じり気なしの王女だった。
 もし彼女が太陽の化身だと名乗ったなら、王様は疑いもせずにそう信じ切ったことだろう。それほどに圧倒的な美々しさだった。しかし王様は、彼女が口にしたその真実の名を、知っていた。
 伝説的な名。かつて父王に愛され、愛されすぎたがため、求婚すらされた姫君がいた。思い悩んだ末、その姿をみすぼらしい獣の皮で覆って他国へと逃れ、下働きに身をやつして、日々の生計とした。流寓の姫君はその運命に苦しみながらも悲観することなく、端女としての仕事をこなしながら、密やかに暮らす。やがて彼女の真の姿を見抜いたがため、恋の病へ陥った王子に捧げるべく、姫君は数あるレシピの中から一つを自らの意志で選択し、その手で愛をこめて作り上げた。その菓子の名を、ガトー・アムール、”愛のケーキ”と言った。
 獣の皮を脱ぎ捨てて、その下に着こんでいた太陽のドレスを現し、王子に手を取られ王女へと戻った姫君へ、ガトー・アムールという名の彼女は寄り添い続けていた。
「いつかの夜会でお会いしましょう。幼い王よ」
 そんな、世にも名高い愛の王妃は、人体に許される限りに流麗無比な会釈と、ちょっと悪戯っぽい微笑を未来の王へ捧げた。そして一つきりの指輪で飾られた手でドレスの裾を摘まむと、脱いだ外套を携え、場から歩み去る。当の王妃が遠ざかっていっても、太陽の欠片が残り香のように漂っているのか、空間自体がきらきらしい残滓で染め上げられたようになってしまう。小さな胸は即座に、むせかえるほどの高貴さ、光輝さに満たされ、酔いにも似た感覚がいかなる言葉も奪い去る。
 やがて、黄金の気配がしずしずと薄れてゆく只中で、後には、一人の少年が、ただ佇んでいた。

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