とまり木 常盤木 ごゆるりと
ひねもすのたのた
『箱庭は今日も晴れあとたまに雹』
新次郎さん、104歳のお誕生日おめでとうございます!
ちっともなんとも初心者ですが、お祝いだけでもさせてください。
これまで。あまり、こういった祝い方をしたことがないもので。
好きな作品の発売日などは、勿論、お祝いしてきましたよ。
ただ、人物に生年月日がきちんと設定されているような。
そんな作品にはまったことが、殆どないものでして。
スパロボOGは設定ついてますが……こちらもわたし新参者ですしね。
どなたがいつ、とか覚えていないのです。
全部ひっくるめた発売日でなく、お一人を集中してお祝いできる。
そんな感覚が、とても新鮮で、同時に面白く思えました。
この数ヶ月、とっても楽しませて頂いてますしね。
ぷくーんの予習だったとはいえ、良いご縁でした。
新しい色んなことを知ることができて、とっても嬉しいのです。
そういったお礼も含めて、うっかりお話、書いてしまいました。
お誕生日のお祝いなのに、新次郎さん全然めでたくない内容ですが。
スターという機体に関するお話。
紐育星組さんは、ついつい全員揃って書きたくなってしまいます。
だって皆さん、本当に仲良しさんなのですから!
皆でわいわい賑やかでものんびり楽しく微笑ましく。
過ごしていらしたら、わたしが嬉しいですよ。
単なる平和っぽいような、日常。
そんなのでよろしければ、続きからどうぞです。
しかしどうもすばるさんメインで進行してます。
最初に書いたお話がすばるさんのだった影響でしょうか。
お話を進める時、すばるさん視点だと大変楽です。
あとすばるさんは基本的にジェミニさんに甘い気がするので妙に注力。
甘いというか、優しいというか。
つまりは全員、仲良しさんということです。
……本当はケーキも焼いてみたのですが。
焼成の段階で失敗してむきいいいぃぃってなったのはひみつです。
ちくしょう生地は最近の中だと図抜けた出来だったのに。
『箱庭は今日も晴れあとたまに雹』
「サジータさんのハイウェイスターは、どうして俊敏性が低いんでしょうね?」
手にしたマグカップに満たされたホットミルクへ、ふうふうと息を吹きかけていた新次郎が、ふと思い出したように言った。休憩中である星組の面々が、屋上テラスでのんびり午後のお茶を楽しんでいた時だった。
間を置かずに、緑茶をすすっていた昴が湯呑から顔を上げ、すぐさま答えてみせる。
「スター各機は、搭乗者に合わせて細かな調整を行っている。それは全機で異なる兵装からも明らかだし、特殊な機体である以上、個体差は出てしまうものだ」
「そうですね。わたしのサイレントスターはデータを集めるのが得意な子ですし、大河さんのフジヤマスターは、とっても丈夫な頑張り屋さんです」
無駄もなく的確な昴の説明へ感心したのか、銀の匙で紅茶をくるくると掻き混ぜていた手を止めて、ダイアナがのんびりと微笑みながら付け足す。いつも身を挺して仲間たちをかばう赤と白の機体を、まるで小さな子供のように表するダイアナへ、昴は一瞬苦笑じみたものを浮かべるが、敢えて指摘しようとはしない。それにその笑みには、分かりにくいけれども、柔らかなものも含まれていた。
「あたしのハイウェイスターは、どっちかって言うと制圧型だからね。火力で押し切るタイプさ。斬りこみ隊長は昴やジェミニにでも任せるよ」
「ふふ…了解した」
「あはは。サジータさんが加わると、一気呵成ですものね」
椅子の背に身を凭せかけながら、鷹揚にコーヒーのカップを傾けるサジータに、昴は意味ありげな微笑で応じる。因みにこの間、残る二名は、リカの注文であるメロンソーダの底へ沈んでいるさくらんぼを、どうやって取りだすべきかと密談を重ねていた。そこへダイアナがジェミニのココアが冷めてしまうとやんわり指摘すると、ロデオスターの斬りこみ隊長候補は慌ててカップを手元へ寄せる。そして、さくらんぼにかかりきりだったくせ、耳はちゃんと働いていたらしいリカが、全力でメロンソーダを飲み干すと、背の高いグラスを元気よく誇らしげに掲げた。
「リカ、シューティングスター! ばきゅーんってやって、どかーんってなって、ごちそうさまなんだぞー!」
「そう。リカは後方からの援護射撃だ。あんまり前に出すぎるんじゃないよ」
「おー! まかせとけー!」
マントと同じ色をした雫をぽつぽつまとわせている、空っぽのグラスから、紅玉みたいなさくらんぼを救出してご機嫌なリカの頭を、サジータがよしよしと撫でてやる。軸ごと甘い実を口に放り込んだリカと笑顔でハイタッチを交わしてから、ジェミニはココアに口をつけながら想像する。
「昴さんのランダムスターや、ボクのロデオスターが先陣を切って……一番槍を巡って、熱い戦いや駆け引きを繰り広げるんだね! あっ、これがバトル・オブ・セキガハラフィールドってやつ!? きゃー、物見でござるううぅぅ!」
「ジェミニ。妄想」
わざわざ低音の声色を響かせ、一人でいやに臨場感のある芝居を始めて盛り上がるジェミニへ、優雅に湯呑を両手で持ちながら、昴が冷静に道を正してやる。ちょっとしたことですぐ妄想の翼を広げてしまい、一人芝居を始めてしまうのはジェミニの困った癖でもあるけれど、そんな自由闊達な演技を孤高の天才は割と気に入っていた。
「はっ、ボクったらまた」
「だが良い声だった」
「はい! ありがとうございます、昴さん!」
さらりと本道へ導いてやることはしても、注意まではいかない。素直に元気に、めいっぱい表情を動かして、落ちこんだ後には輝くような笑顔を咲かせるジェミニに、昴は静かに薄い笑みを刷く。
「ジェミニ…関ヶ原の戦いまで知ってたんだね……」
「台詞から察するに、東軍の井伊勢だな」
別に争うわけではないけれど、機体性能的に戦場では一番駆けになりがちな、二人の会話へ感心しながら耳を傾けていた新次郎が、ずっと言いたかったことをぽろりと零すと、すかさず昴はそれすら拾い上げる。なかなか勉強熱心だ、と日本人二人が評している間、ジェミニは他のメンバーに、彼女の知る関ヶ原の戦いについて説明をしている。勿論、演技を交えて。
あまり馴染みのない、他国の歴史を合いの手を入れたりはやしたり、たまに質問したりしながら学ぶメンバーを横目に、昴は新米隊長へ語りかける。
「分かっただろう、大河。機体の個性は様々だ。それぞれに得手不得手はあるが、それは同時に、星組の中で補い合えるということでもある。各機の特徴を理解し、的確に運用されるかどうかは、君の指揮次第だ。任せたよ」
「はい!」
溌剌とした表情で、思わず敬礼さえして応えてみせる新次郎は、意欲と向上心に溢れ、なかなかに頼もしい。その手元に置いてあるホットミルクが、視界に入りさえしなければ。成長途中の未熟な隊長、だから支えようとしたら、かえってこちらが支えられていたりする。そんな不思議な人物だった。少なくとも、昴にとっては。
それがなんだかおもしろくて。そして快くて。つい、目を細めようとした矢先だった。ぱっと、新次郎の顔に何かがひらめいた。
「あ。じゃあハイウェイスターの俊敏性が低いのは、サジータさんが体重増えたからですね。この間、言ってましたし。あはははっ」
なあんだとばかりに一人で納得し、朗らかな笑い声を上げた新次郎だったが、周囲の気配は瞬時にして絶対零度のごとく凍りついた。さっきまで屋上をぽかぽか陽気にぬくめていた、うららかな陽射しさえ、氷柱と化して地面へ落ちて砕けたようだった。さながら墜落したシャンデリアのように。
発言の直後は凍てついたように硬直していた星組隊員たちだったが、すぐさまそれを解くと、無言のまま即座に行動を起こした。周囲の気圧変化へ気づくのが、他の面々より一呼吸ぶん遅れた新次郎が、声もなく目を丸くしている間にも、彼女らはテーブルに置かれていた茶器類を全て手に取り、菓子皿も持って行き卓上を空にし、そのまま傍らの四阿へ移動し、黙々とテラスから退避する。
「えっ」
言葉にもならない一言を、目の前からマグカップが取り払われ、一人きりでぽつねんと椅子に腰かけている状態となった新次郎が漏らすと、作業していた全員がぴたりと手を止めた。そして、一斉に、顔を新次郎へ向ける。彼女らに見つめられて、何故か謎の痛みをおぼえてしまうような、細く冷え切った針にも似た視線を新次郎へ寄越す。非常に、重々しい声音と共に。
「しんじろー、アウトー」
四阿の入口へ、ぺたんと腰を下ろしたリカが断定する。
「……これは新次郎が悪い」
こくこく頷いて同意を示しながら、ジェミニはテーブルへお茶を並べ直す。
「サジータ。はい、鎖」
昴はどこに隠していたのか、サジータ愛用の得物を淡々と手渡し。
「……ああ、ありがとよ、昴」
顔を俯けているので表情を確認できないサジータが、酷く低い声で応じる。
「大丈夫ですよ、大河さん。ちゃんと、救急箱の用意はしていますから……」
小さな箱を膝に置いて、ダイアナは慈愛に満ちた悲しげな微笑を浮かべた。
ここまできて、流石に鈍感な彼も、自身が招いた事態に気づいた。そうして、彼女たちがこれからしようとしていることにも。慌てて椅子から腰を上げるも、体は既に引き気味になってしまっている。うっかり自分が触れてしまった、恐らく女性にとって一番の禁忌について、弁解を試みようにも周囲の気配に圧倒されてすっかり動揺しきっていた。
「えっ、だって、サジータさん自分で」
「新次郎」
「はっ、はい……」
おろおろと言葉を尽くそうする新次郎へ、表情の窺い知れないサジータが、ゆらりとした足取りで歩み寄る。そして、地獄の底から響いてくるような声で名を呼ばれ、逃げ腰になりながらも答えると、ゆっくりサジータは顔を上げた。
「You are guilty.」
一言一言を噛み締めるように口を動かした彼女は、憤怒に顔を染めながら、凄味のある微笑をさえ浮かべていた。よく見れば目元や口元が引きつってはいても、そこは女優の底力なのか、笑みが崩れるほどのものではない。しかし、これだけ純粋な攻撃の意志を明確にしていながらの微笑というものは、かえって相手には壮絶な圧力となって襲いかかっていた。新次郎も、己のやらかしたことの深刻さが今更のように感じられ、咄嗟に顔色をなくす。
本能的に謝ったほうが良い、と判断し口を開こうとするも、その声は唸りをあげる鎖の音に掻き消された。
「ちょっ、そのっ、あっ、ごっ、ごめんなさ……」
「罪を償えええええええ!!」
「うわあああああああ!?」
遂に仮面も剥がれたか、整った顔を怒りに歪めながら、サジータは得物を手に新次郎に特攻を仕掛ける。迎え撃とうにも空手な上、自身に非があると完全に認識している新次郎が取れる手段は、戦略的撤退しかなかった。こう表現すると聞こえは良いが、単に、迫りくる鎖の攻撃から、ひたすら逃げまくるだけだった。
身軽に、時には紙一重に、轟音を上げる鎖を新次郎はかわし続ける。空を裂き、地面を叩き、草を払うばかりのさまに、サジータは舌打ちしながらなおも攻撃の手を休めることはない。一応、彼女にも理性は残っているらしく、テラスの備品類や庭木への被害は出ていない。ひたすらに新次郎のみを狙う。
そんな二人の攻防戦を、四阿の屋根の下で観戦している面々は、応援したりはらはらしたりと反応は様々だったけれども。一進一退の戦況を冷静に見守っていた昴は、新次郎の二歩先で僅かに隆起した庭木の根を見て取り、小さく瞑目した。
「ダイアナ。医務室の準備を」
「はい」
にこやかに席を立つダイアナを見送り、湯呑を傾けてから、ふう、と昴は一息ついた。
摩天楼の空に、若き侍の叫びとあと何か鈍い音が響いた。そんな、うららかな日。
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