とまり木 常盤木 ごゆるりと
ひねもすのたのた
(ある程度)怪我をせぬよう、祈りをこめて
いっぺんに涼しくなって秋めいて参りました。
いや秋めくも何も秋なので当たり前なのですけれどね。
そして神無月ということは、祭り月なのですよ。
今年もこの季節がやって参りました。
そういや今頃、島根のほうは神在月なのですね。
素敵ですねえ。一度、訪れてみたいものです。
で。地元の神様は島根のほうへおいでです。
その間、こちらではさんざに秋祭りで盛り上がるのです。
今日も朝からお宮はお参りの人やらお札を買う人で賑わったそうです。
わたしもまたごあいさつへ行かないと。
今年もどうか、我が家の男衆が酷い怪我もなく祭りができますようにと。
残り二週間。地元が盆より正月より浮足立つ季節です。
よその方には、なかなか理解して頂けないやもですが……。
『祭りのにおい』、みたいなものがあります。
わたしはこないだの台風後くらいから感じるようになりました。
友人は『えー、まだやろ?』って言いますけれどね。
まあ人それぞれ。でも、『祭りのにおい』という共通認識があるのは確か。
これという確かなものではないのです。
ただ、それが大気にまじると、『あ、祭りだ』と思います。
やや涼しくなった風に、金木犀と砂埃が淡く入り混じったような。
祭り当日ともなると、そこに汗と熱気とアルコールが含まれます。
そんな季節。
八幡さまに申し上げます。
どうか今年は人死にもなく怪我もある程度な祭りでありますように。
こんな郷土愛だか何だかよく分からない日記のくせにまた習作です。
百話到達まで道はまだまだ遥か。
でもせめて、早く一割くらいは到達したいものです。
『……反則?(百夜白夜)』
黄色く、円い、ふかふかとした姿が現れた気配を、ころり、と少女が感じた途端。瑠璃は今ぞとばかりに両眼をくわっと見開き、ベッドに横たわったまま突然両足を大きく振り上げると、その反動で文字通り跳ね起きた。掛布団など投げ飛ばし、起き上った勢いのまま、電灯から伸びる紐を暗闇の中で過たず掴むと、力いっぱい、引っ張り抜く。
ぱ、と室内に明かりが灯ると、少女の勝ち誇ったような笑顔が照らし出された。
「てんてんはんそく!」
一繋がりの言葉を唱えて、瑠璃は歓喜を露わにする。手にした紐も放り出して、再びベッドへ飛びこむと、両手でしっかりぶーちゃんIIを掴んで相手の顔を満足げに覗きこむ。
「てんてんはんそくっ!」
「難しい言葉知ってるんだねえ」
「パパが教えてくれたの!」
「へえー」
ここまで瑠璃が見せた一連の行動へ、何ら動じた様子もなく、ぶーちゃんIIは感心しきりだった。そんなこぶたの態度に乙女心がくすぐられたのか、瑠璃は夜にも拘らず、高らかな声を上げてはしゃいでみせる。しかも喜びのあまり、手にしたぶーちゃんIIを中空へ軽く放り投げてはまた掴む、という新しい遊びさえ考案してしまった。その手つきは、ボール遊び以外の何物でもなかった。
「前に一度来たっきり、ぶーちゃんII、ちっとも来てくれなかったでしょ?」
「うん」
「また会いたくて。どうしたら会えるかなって、晩ご飯のときに、なっとうぐちぐちまぜながら言ってたら、パパがお味噌汁のおわん持ちながら”てんてんはんそくしないとね”って笑ったの」
「へえ」
「ママと目を合わせてね、ふたりで、くすってしてた。だからあたし、パパの言うとおり、てんてんはんそくしたのよ! そしたら、こんなにばっさりばっちり、ぶーちゃんIIに会えたもの!」
パパの言ったとおりだわ! と瑠璃は感極まったように天井を仰ぐ。胸からむくむくこみあげる、父の誇らしさも手伝ってか、動かす手に力が入る。宙を舞うぶーちゃんIIの高度が、ゆるゆると上がり始め今や天井を尻尾がかすめるほどになってきた。
きゃらきゃらと笑う瑠璃に、比喩抜きで手玉に取られているにも拘らず、ぶーちゃんIIは穏やかなものだった。放物線を描きながら、時には魔球がごとく高速きりもみ回転さえ加えられながら、のんびりとした口調は揺らぎもしない。
「どんな風に、してみたの」
「んーとねえ」
問われた拍子に、瑠璃が手を止める。そのため、重力に従って宙から落ちてきた待ち人というか待ちこぶたを両手の内におさめると、この夜自分がしていたことを思い出すべく、今度は自身の視線を宙に躍らせた。ぱちぱちと盛んに瞬きを繰り返す。
「てんてんはんそくしようって思ったんだけど、どうしたらいいのか分かんなくって。どういうことがてんてんはんそくなのかなあって、ずっと考えてたの」
「うん」
「パパとママにどうするのってきいても、くすくすしてばっかで、教えてくれなかったし。だからあたし、自分で考えたのよ。ご飯のあとも、お風呂のあいだも。考えすぎて、のぼせちゃうくらい!」
「へえ」
「でね。お風呂から上がっても、おやすみなさい言ったあとも、お部屋の電気けして、おふとん入ったあとも。ずうっと、てんてんはんそくを考えてたの」
「うん」
「知らない言葉に、なんだかどきどきしてきて。ねむれなくなって……そしたら!」
声と胸の高鳴りが、瞬く間に空まで届けと突きあがる。それと同時に、ぶーちゃんIIも天井にべしゃりと突きあげられる。剛速球で放り投げられれば、そのぶん、帰る道でも剛速球。天井へご挨拶した次の瞬間、再び瑠璃の手に帰還を果たす。
夜の闇も、ものともしない。きらきら輝く瞳と上気した頬を持つ瑠璃を、ぶーちゃんIIはやや乱れた毛並みで正面から見据える。
「僕が、いたんだね」
「うん!!」
前歯の歯抜けさえ見えるほど、会心の笑みを炸裂させた瑠璃は、渾身の力でぶーちゃんIIを胸に抱き締める。口を噤んだまま、若干細長くなった黄色いこぶたに頬を寄せ、決して滑らかとは言えない毛にすりつける。
(眠れるまで、また、おしゃべりできるね)
「うん」
(色んなお話させてね)
「うん」
瑠璃の瞼が下りる。ぶーちゃんIIの、あるかないかの耳が、ぴくりと動く。
「ところでさ。実際、輾転反側って、何だと思ったの」
(? 魔法のひみつのおまじないでしょ)
部屋の電気が音もなく消えた。
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