無題

せっかく、拙宅のような僻地にも、お越しのお客様がいらっしゃるのです。
読まれて楽しくない日記は、書かないようにと心がけています。


ただ。今夜だけは。
もう、Y染色体の人（複数別口）から殴るとか殺すとか油かけて火ぃつけるとか言われても、揺らいだりしないようにしますから。
これだけは。

いいこ。
おびんた（臆病）で、あまえた（甘えん坊）で、困った子。
疲れたね。痛かったね。その痛みを代わってやれなくてごめんね。
ほんの一年前までは、一日三度のお散歩を楽しみにしてたのに。
足が萎えて。動けなくなって。寝たきりになって。
とうとう何も食べられなくなった。
ここ二週間くらいは、特につらかったろうね。
骨と皮ばかりになって、寝てばかりだから、腰に床ずれができて。
赤い肉が生々しく存在を主張して、見るも痛々しかった。
けれどお薬塗ったり、ベッドを工夫したりして、やっと治りかけてた。
そしたら今度は胸。
ああ、腰のはまだ良かったんだなあと思った。
だって『見るも痛々しい』っていうレベルだったから。
胸の傷は、白かった。骨がのぞいていた。
直視することができなかった。
絶望した。
同時に、薄情な自分に吐き気をおぼえた。
その痛みがわたしのものになればいいと思った。

わたしの人生の半分以上、おまえは一緒にいたね。
震災の前からずっと。だからついに、そこいらの小学生より年上になって。
同じ道をお散歩して、色んなものを見たね。
春の桜並木。花吹雪の下をうきうきと。
夏の木陰。蝉時雨をくぐって、蚊との戦い。
秋の銀杏。地面に落ちたぎんなんを避けつつ。
冬の木枯らし。コートの襟立てて、完全武装も寒いものは寒い。
れんぎょう。木蓮。ゆきやなぎ。
三日月。オリオン。流星群。
とてもとても書ききれないほどたくさんのものを、一緒に見たね。
おまえはわたしにとって、はじめてできた弟。
年を取るのが早い弟。
いつの間にやら兄になって、おっさんになって……おじいちゃんになった。
それでもおまえはわたしの弟。
おびんたで、あまえたで、最高に可愛い子。

いいこ。
疲れたね。よくがんばったね。えらかったね。
おやすみなさい。
親戚のみんなやご近所さんが、お悔やみにきてくれたのを見ていた？
誰にも彼にも吠え回るおまえを、とてもたくさんのひとがあいしていたよ。
あのやかましさが防犯的な意味で信頼されていたらしいね。
お花も、お菓子も、いっぱいいただいたから。
最後の三日ほど、何も食べられなかったぶん、うんと食べなさいな。
なんでも好きなの、いっぱいおたべ。
実は、まだそこいらにいるでしょう。
だったらちゃっちゃと遊びにおいで。

人の手噛むわ、人の手の平に穴あけるわ。
自分が可愛いことを自覚して猫をかぶってみせるわ。
とんだおばあちゃんキラーでえさを貰いまくってた腹黒わんこ。
おびんたで、あまえたで、だいすきなだいすきなわたしの子。
ありがとう。おやすみ。
そしてごめん。もっと痛みを分けて貰えば良かった。

また会いましょ。そいで遊ぼう。
夢の中にでも、おいでなさいな。