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とまり木 常盤木 ごゆるりと

ひねもすのたのた

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『歯車とパートシュクレはよく似てる』


ゼノブレ、お誕生日おめでとうございます!
そしてE3も開幕おめでとうございます!!


もうおめでとう尽くめですよどうしたらいいの。
審判を待つように、発表にそなえますよ……。
まあ時差の関係で、リアルタイムでは見られないのですけれどね。
ちくしょう。

いいのです、お話は書けましたから。
しかも、レシピどっちゃり、詰めこめましたー!
ああ嬉しい。たべものを書けるよろこび。おんなのこを書けるしあわせ。
少し前に書いた、空前のごつくろしさの反動がまだ響いています。
わたしあれお話一つに通常の十個ぶんくらいのごつさ入ってましたよ……。
濃縮というか…十倍希釈というか……。
お陰でしばらく、いくらおんなのことたべもの書いても飢えていそうです。
今回はどちらも書けて、ほくほくしています。楽しかったです!


シュルクは、たべることに興味を抱かなさすぎです。
それはダンバンさんにも言えることですけれど。
ともあれ、シュルク。きちんとごはんを食べてください、と思います。
ただそれを書きたかっただけの、ED後のお話です。
ちょっとメリアをおかしな方向に向けすぎたやもしれません……。
妙に熱弁ふるってる彼女がお嫌な方がいらしたら、回れ右を。
……でも、おんなのこたちがレシピの話してたら可愛くないですか。
好き勝手に、いやしんぼ魂炸裂なお話。よろしければ、続きからどうぞ。

もう一度。お誕生日おめでとう。
あなたに携わられた方全てが、幸福でありますように。






『歯車とパートシュクレはよく似てる』


 丁寧に手入れを重ねて使いこまれたペンが、切りつけるように紙の上を走る。

 壷に戻す僅かな時間さえもどかしいとばかり、滴るほどにインクを含んだペン先は、書き手の溢れ出しそうな衝動を代弁するように次から次へ記号の羅列を生み出して、いっかな止まりそうにない。
 普段のシュルクならば、たまに手を休め「頑張って作った甲斐があったなあ」と、お手製のターキン族の尾羽根ペンを見やっては、満足げに顔をほころばせたりもするだろう。使えば使うほど指に馴染んでゆく自作の筆記具は、書き心地を試して貰ったジュジュやテトから大評判を勝ち得た、最近の中だと会心の一品であったから。その出来栄えに、少しばかり自賛気味の感慨を抱いてしまっても無理はない。
 けれど、今の彼は、それどころではなかった。

 神なき世界は開かれて、果てのない水平線に目も眩むほどの広大さだった。そこへ住まうようになった人々にとって、暮らしも、町も、まだ模索しながらの建て直し真っ最中。しかしこの再建の過程さえ、茫漠と呼んで良いほどの広がりを見せる新たな世界へ踏み出すための、助走に過ぎない。次なる未来を見据え、あらゆる種族の力を結集しつつもお互い競いあうように、シュルクのような研究者たちは技術革新に日々挑んでいる。
 そんな中。ここ数日ずっと懸案に頭を悩ませて、夜もろくに眠れないほど思考を燻らせ続けていたシュルクの脳裏へ唐突に、暁と共に解決の糸口が閃いた。正面突破だけでなく搦め手からの攻略を試みても、不動だった難攻不落の計算式が、何気なく投げてみた石ころ一つで、ぐらりと緩む気配を見せた。それは、針の先でぽちりと開けられたような突破口だった。
 必要だったのは飛び道具なのか、と発想の硬直性に自分のことながら軽く頭痛をおぼえつつ、今こそと急ぎ紙を引っ張り出して机へ向かう。自室にも戻らず、研究室の椅子でまどろんでいたシュルクにとって、肩から滑り落ちた毛布を拾うよりも、ペンを握るほうが優先すべきことだった。
 そしてインクが、紙の上で文字や数字という形を取り始めるや、今にも消えてしまいそうにあやふやだった思いつきが、頭の中で磐石な解決策として完成された。蛍じみた点滅にすぎなかった閃きの欠片が、突然に巨大な花火として炸裂したようなものだった。

 まるで魔法の引き金が引かれたようだった。シュルクは内心で悲鳴じみた歓喜の声を上げながら、がむしゃらに数式へ向きあう。こんな思考の喜ばしい誘爆は、望んでも滅多に得られるものではなく、数年に一度あるかどうかというくらいだった。あらゆる定理や法則が、最初から定められていた場所へ戻るように、ぴたりぴたりと当てはまってゆく。動く指も回る頭脳も、体の内側から押し寄せる0と1の奔流に突き動かされ、息をする暇さえ惜しいと思えるほどで、もう体のことになど構っていられなかった。そんな些末なことより、新たな世界に生まれる新たな真実を見出すほうが急務なのだから! と、いよいよ机へかじりつくシュルクの鬼気迫る勢いは、誰にも妨げられそうになかった。
 が。


「やっぱり野菜を食べなきゃ駄目よ。体に良くないでしょ!」
「いやしかし、栄養素で分類するとだな、別に野菜でなくとも果物で補えるものもあるのだぞ。だからそう、無理に野菜を摂らずとも……」
「それはメリアが野菜嫌いだからでしょ」
「う」
 良く言えば城、悪く言えば巣である、旧コロニー9に位置するシュルクの研究室。様々な機材が雑多に居並ぶ部屋の中、現在のシュルクにとって主戦場である机の上で、神剣でなくペンを振るう彼の背後に、二人の少女はいた。鈍く煌く金色の配管や、細かな数字の刻まれた多数の計器に囲まれ、研究などとは全く縁遠いものについて、フィオルンとメリアは真剣な口調で意見を交わしている。
 胸裏でふつふつと煮えたぎる演算の情熱に駆られているシュルクは、今のところ、前方より他に視線を向ける予定が微塵もない。そのため後方にいる彼女らの表情は分からないが、その口ぶりから、いかにも真面目な顔つきで話しあっているだろうさまが、簡単に思い浮かべられた。
 しかし、心に一抹の申し訳なさを抱きながらも、二人の相手をするわけにはいかなかった。今は一分一秒すら、計算以外にかまけることが、もったいないとしか思えないのだから。
 そんな、一向に振り返らないシュルクの態度など意に介した気配もなく、少女たちは更に続ける。
「まったく、野菜嫌いなところは誰かさんと一緒ね! でも、その分、腕のふるいがいがあるわ」
「うむ。フィオルンのごはんは美味しい―…お陰で、少しは苦手なものも克服できたぞ」
「ふふ、メリアのお墨つきだなんて光栄ね。それじゃあ、野菜たっぷりの新しいレシピを、どんどん考えてみなくっちゃ!」
 どこか呆れ声だったフィオルンが言葉の端々に笑みを含ませると、誘われるように、ついメリアは正直に心中を明かす。野菜嫌いという事実をごまかしたり否定したりせず、正面から認め、その上で何とか挑もうとしている。その気概こそ、長く英雄宅の台所を預かってきたフィオルンが何より望ましく思い、いよいよ腕まくりをしたくなる反応だった。
 来客用の椅子などない、実用一辺倒の研究室であるから、二人の少女が並んで腰を下ろしているのは、床のあちこちから生えるように存在している金属製の円筒だった。こつ、こつ、とたまに聞こえてくるのは、床に届いていない足が左右に揺れて、靴の踵を合わせる音か。たったそれだけのことで、『機械を蹴ったりしないように』と気をつけてくれているのが伝わってきて、紙の上を駆け抜けようとしたシュルクの指が一瞬、怯みそうになる。
 ぐっと羽根ペンの軸を握り直し、シュルクは再度、計算に取りかかった。

「メリアは、あんまりお肉お肉したの得意じゃないわよね。なら、アンセルの七色手羽先を茹でて、サラダに入れてみよっか。これならしつこくないわ」
「名高い奇跡の手羽先を茹でるのか? 焼くのではなく?」
「どうしても焼きたくなるけど、茹でるとあっさりして、でも噛むたびに味が七段階に変化する特性はそのままで、美味しいの! 茹でてから軽く叩いて、細かく裂いてね。あとはスウィートパプリカやジューシートマトと和えて……」
「……なぜ私の苦手なものを二連続で投入するのだ」
「ならトロピカルダイコンも入れちゃうわ」
「―…よし、ならば挑もう」
「因みに七色手羽先は、揚げちゃってもいいのよ。パンに挟んで、サンドイッチもいけるんだから」
「その場合、味つけはどうなる? 簡素に塩胡椒くらいしか浮かばないが……」
「ふふー、最近ね、シブドウからお酢が開発されたのよ! 果物の風味がある、さっぱりしたお酢! 揚げた七色手羽先に少しかけるだけで、効果は抜群。しかも、アンセルの味自体を邪魔しないの」
「おお、それは素晴らしい技術革新だな!」
「でしょうー!」
 きゃっきゃとはしゃいだ声を上げる彼女たちの口から、まさか技術革新という言葉が飛び出すとは、思いもしなかった。自分が考えている形だけではなく、様々な視点と角度から、この世界は日に日に前へ進もうとしているのだと、今更のようにシュルクは気づかされる。そして自分の内へ不意にぽん、と生じた、フィオルンお手製サンドイッチに用いられるパンが、バゲットなのかデニッシュなのかという疑問の存在にも。
 慌てて頭を左右に振り、数式と理論以外のものを、ふるい落とそうとする。集中しなければ、と気を引き締めて背筋も伸ばし、計算式と対峙する。次なるレシピに取りかかるフィオルンの声が、僅かにからかいを混じらせているように聞こえるのは幻聴に違いないと、懸命に自分へ言い聞かせながら。

「やっぱり、味が濃くないなら、お肉でもメリアは平気ね。それじゃあ、お鍋なんかもどうかしら。お肉も野菜も、たっぷり摂れちゃう! 私、一度アリエスの幻雪肉は扱ってみたかったのよねえ~」
「幻雪肉ならば、たまに宮でも膳に上がったぞ。確かにあの見事な霜降りは、鍋にも合うであろうな……」
「あ、やっぱり? と、なると。決め手はやっぱり、お出汁か」
「ライアの肉汁エイヒレはどうだ? 前にあれでシチューのフォンを取ったら、ラインから絶賛されたと言っていたではないか」
「そう。ハーブ類との馴染みも良いし、ポトフとかも良いと思うの。でもライアは我が強いというか、存在感があるのね。せっかくの幻雪肉と喧嘩しちゃいそうで……だから私はここで、トーターの透明スープを推すわ」
「そうくるのか……! 手に入れるのに多少ばかり骨は折れるが、その苦労に報いる上品な風味が容易に想像できるぞ……!」
「ここにコンブダケをたっぷり入れて、あとシブコールラビもいいかな? サルサペリラは、ちょっと個性がきつすぎるわね……」
「ならば刻んで、薬味でいいのではないか」
「あっ、それ名案!」
 初めて箸という道具に出会った頃は、不慣れなあまり箸を使用する料理全般にすら苦手意識を抱きかけていたのが嘘のように、今のメリアは鍋に対して乗り気だった。フィオルンでさえ思いつかなかった野菜の利用方法を新たに提示していることから、普段以上に一生懸命な面持ちで、不安定な円筒の上から隣の少女へ身さえ乗り出しているのでは、とシュルクは思った。
 脳裏へ陽炎じみて揺らめき浮かぶのは、議論を続ける二人の顔と、誘うように立ち上る湯気の狭間で低い音を立てて煮える鍋。きらきらと澄み渡るスープにたっぷり浸った幻雪肉からは、上質な油が水面へ溶け出すだろうし、くし形に切られたシブコールラビが、しなしなと柔らかくほどけてゆく光景も想像に難くない。もし、その隣にトルマリンダケを入れたなら、と仮定したところで、シュルクは自身の指が止まっていることへ気づき、密かに動揺しながら急ぎ計算を再開する。
「ご飯もののレシピも欲しいわねー。このところアルマの放牧が順調だし、ドリアもいいな」
「どうしてアルマがドリアに関係あるのだ?」
「ミルクが安定供給になったのは知ってるでしょう?」
「ああ。このところは誰も彼も、すっかりミルク党だ」
「ドリアに必要な乳製品といえば?」
「――チーズか!」
「そうなの! この間、試作品を食べさせて貰ったんだけど、なかなかのものよ。このぶんだと、普及も早そうね。ご飯に、エキドナの顎肉とビターブロッコリーをまぜて……その上に、アルマの濃厚ミルクからできたチーズを!」
「チーズのコクで苦味を消す作戦だな」
「メリアも慣れてきたわね、その通りよ」
 くすくすと、微かな笑い声が控えめな二重唱となって聞こえてくる。即座にレシピの意図を見抜いてみせた、打てば響くようなメリアの返答が、フィオルンには嬉しくてならないのだろう。そしてメリアも、期待に応えられたのが、どこか誇らしいものなのだと。恐らくは二人で顔を見合わせて、お互いの出した案について楽しみながら、なおも料理革新を続けようとしている姿が、シュルクにはありありと思い描けた。
 これまでの人生において、台所に立った経験など皆無のメリアにとって、レシピの相談を持ちかけられた当初は、料理上手のフィオルンに圧倒されてばかりだった。しかし元から舌が肥えているぶん、意見は的確なものだったし、一旦興味を持ち始めると知識の吸収も早い。流石に手先が伴っているわけではないが、議論という形ならば、フィオルンと同等に渡りあうことができている。
 ゆくゆくはこの二人で、タテドナスさんたちみたいに切磋琢磨することになるのかな……と、シュルクは自前の未来視で見るような気がした。そしてホコの名前から、以前に味見させて貰ったキングの甲羅味噌汁のことを思い出し、咄嗟に白いご飯の残像が頭にちらついた。


 二人で相談を重ねれば、話しあえば話しあうほど、いくらでも新たなレシピが生まれてくる。手元に資料はおろか、筆記用具さえないというのに、シュルクも舌を巻くほどの見事な製作速度だった。しかも、これだけのことをしているフィオルンもメリアも、疲労の色がたいしてない。彼女らの顔色を確かめることなど、背中を向けたっきりのシュルクにはできない話で。けれど、うきうきと明るく響く音吐から、気怠さの類など呆気なく蹴散らされていることが透けて見える。浅い眠りの中でも数字にうなされ続け、ここ数日ろくに太陽の顔さえ見ていないシュルクとは雲泥の差だった。
 疲労や睡魔と全くの無縁なさまは、いっそフィオルンの元気大爆発が伝染しているのでは、とさえシュルクには思われた。しかしそんな風に考察されているとは露ほども知らず、メリアは考えを深めながら呟く。その探究心の勢いが衰える気配は、これっぽっちもない。
「しかしミルクとチーズが揃えば、朝食も賑わいそうだな」
「ね。朝食の王様といえば、やっぱりクライブの濃厚卵が不動だけど、選択肢が増えるのは嬉しいな」
「確かに。世にトキロスの鳥王卵やターオスの鳳凰卵など、卵は数あれど、やはりクライブには敵うまい」
「最初からベーコンとウィンナーと調味料の味がするとか、家計に優しすぎるわ……。あの卵があるだけで、朝の食卓は大助かりよ」
「だが最強はフィオルンの作る、クライブのオランデーズソースからなるエッグベネディクトだぞ! フラミーのポーチドエッグ…あの絶妙なまとまり具合、ふるふると波打つ白身に包まれうっすら姿を見せる黄身、そして割ると同時に流れ出す黄金の輝き! その上に重なる、淡い桃色をしたオランデーズソースとの調和と言ったらない!」
「ベーコンやハムがなくたって、クライブの濃厚卵があれば成り立つんじゃあ、と思った節約レシピなんだけどね」
「発想の妙だ。初めて目の当たりにし、そして食した日の衝撃ときたら、言語を絶したぞ。私はいまだ、あれに勝る朝食を知らぬ!」
「ありがとう~! また頑張って作るわね!」
 妙に力の入った口調で熱く力説するメリアに対し、フィオルンは感極まった声で応じる。かつ、かつ、かつ、と賑やかに鳴らされる踵の音は、もたらされた圧倒的な賛辞に、あまりの嬉しさからつい足をじたばたとしてしまっているためだろう。そして、いちいち振り返って確認する必要もなく、メリアが固く拳を握り締めているさまが、シュルクは手に取るように分かった。
 一体、何がそこまで元皇女を突き動かすのか、と考えたところで、それは朝ご飯だ、とすぐさま答えを捕まえる。腑に落ちるような落ちないような感覚が、のっそりとシュルクを襲う。主に彼の、胃の辺りを。

「さっき、ちらっと言ってたフラミーだけど、食用で使うのは無精卵が有名よね。実際、わたしもポーチドエッグに使ってるし。でも個人的には、双子卵が一押しなの」
「確か、黄身と白身が別々の卵に入っているものだな。混ぜるのが手間ではないのか?」
「分かれてることで、便利なこともあるのよ。例えば、シフォンケーキとか」
「! フィオルンのシフォンケーキは、フラミーの双子卵なのか」
「そう。別々だから、メレンゲを泡立てるのに便利なのよねー」
「成る程。そういった使い方もあるのか……」
「手間は惜しんじゃいけないけど、省けるところは省かなきゃ」
 感心しきりといった風情で唸るメリアに、伊達に長年、小さな奥様を務めてきたわけではないフィオルンが、経験に基づく主婦の鉄則について軽く笑みを宿した調子で語る。そのさまに、ふ、と過去の記憶が光景と共に蘇るのを、シュルクは感じた。
 小さい頃、お菓子作りの手伝いをしていると、卵を割っていたフィオルンが「あっ!? また黄身と白身わけるのしっぱいしちゃった……もう!」と、ぷりぷりしながらレシピ変更しているのを、傍らで時折目撃したのを思い出す。困っているのならば、と早速あれこれ考えを巡らせて、手近にあるもので簡単な卵分離機を自作し贈ったところ、大喜びされたこともあわせて。
 それ以来、ご機嫌なフィオルンによりシフォンケーキが焼かれるたび、シュルクの取り分は誰よりもたっぷりと切り分けられるようになり、ラインからは散々不平の声が上がったものだった。
 作ることが楽しい、喜んで貰えるのが嬉しい、と思った最初の記憶は、あれじゃないだろうか、と。羽根ペンが、中空で動きを止める。

 この場にいる三人がしていることは、どちらもそれぞれ、技術革新なのだろう。ただ手に塗れるものが、シュルクは油と煤で、彼女らはミルクと粉だという違いに過ぎない。
 そういえば、とシュルクは更に思い出す。フィオルンが焼き上げるぺりぽりと音を立てる甘い生地の縁は、いつも規則正しいひだを作っている。その形状はシュルクが親しむ機械の部品に近しいもので。僕があのお菓子を好きなのは、整然とした姿が元から好きなものと似通っていると、無意識に快く感じていたからなのか? というところまで考えついて、目から鱗がぽろりと落ちる。
「そういえば最近、作ってないわね、シフォンケーキ。また焼こうかな」
「フィオルン、先日ノポンたちからフェリスの赤酒血液を貰ったぞ。使えないか?」
「わあ、いいわね! アマアマライムとアメシストレモンを少しだけ落として、タジルブルーベリーも足そうかな。あとはお酒の成分を火で飛ばしたら、美味しくて綺麗なソースになりそう」
「飲み物は。先日試した、あれはどうだ? ほら、デッドライチの……」
「どうにかデッドライチの凄まじい甘さを利用できないか、って二人で頑張ったやつね。まさかクレナイスダチと、あそこまで相性が良いとは思わなかったわ」
「うむ。殺人的な甘味と、辛味に見せかけた酸味が中和するでなく、お互いを見事に引き立てあったな。知恵を絞りあった甲斐もあるというものだ」
「早速みんなにお披露目しなきゃ。うーん、どうせなら新作タルトも出しちゃおっか。メリア発案で、わたし監修の。まだ試作段階だけど」
「クラブドウとエーデルプラムをどっさり乗せたあれだな。私の夢が結実した菓子だ……!」
「最終形態になると、メリアのご希望通り、ルビーマンゴスチンもちゃーんと乗っかるわよ。ただバランスが難しくて、今回は見送ってるの。せっかくだし皆の意見を取り入れて、解決策を探ってみましょう」
「そうだ、フィオルン。せっかく赤色血液があるのだ、これでハートピーチを煮てはどうだろう。タルトがもっと賑やかになるぞ!」
「うん、それも試してみましょう!」

 少女二人の話しあいは、これまでで最大の盛り上がりを見せ、いよいよレシピ会議が佳境を迎えたと知れる。きっと本日の午後三時には、町中から感嘆と羨望を一挙に集めるようなお茶会が開かれるのだろう。それでもなお、まだ次々と新たな食材の名を持ち出して、乙女らの甘いお喋りは舞い散る気配をそよとも感じさせず、爛漫たる花盛りを続ける。
 研究室を満たす、その場違いなほどの華やかさにあてられてか、遂に少年の手がわななきだした。震えながら、爪の先端が白くなるほど、ペンの軸をきつく握り締めたかと思うと、突然、力強く拳が机に叩きつけられた。
 響き渡った荒々しい音に、しんと室内が静まり返る。少女たちがぴたりと口を閉ざしたことにより、聞こえてくるのは低く唸る計器の音だけという空間で、シュルクは叫んだ。
「あ~もう、分かったってば! 食べる! ご飯! 食べるよ!!」
 平生の彼からは考えられないほど、喉の奥から絞り出された猛々しい声に、フィオルンとメリアは、お節介なお喋りが度を過ごし、とうとう怒らせてしまったかと目を見開く。そんな二人に向かい、指から離した羽根ペンを静かに机へ横たえた部屋の主は、ゆらりと席を立ち、振り返る。
「おなか、すいちゃった」
 へにゃり、と。困ったように柔らかな花紺青の瞳を緩ませて、片手を腹へ当てたシュルクが照れくさそうに笑う。
 何より腕のふるい甲斐あるはらぺこおなかが、やっとのことで存在を主張してくれたことへ、二人の少女は顔を見合わせると、満足げに微笑み交わした。そして、待ってましたとばかりに腰を上げ、円筒から軽やかに滑り降りる。シュルクの押さえられた手の下から、くきゅるる、と控えめな訴えが上がるのに、聞こえない振りをしてやりながら。
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