とまり木 常盤木 ごゆるりと
ひねもすのたのた
『遊び野の城に子供はあそぶ』
このひと、最初、「んー、六千字くらいで!」とか言うてたのですよ。
結果。一万四千字オーバーでした。
何なの。アホなの。ええ、アホですよ……。
計画性のなさが、ぐさぐさと突き刺さるようです。
文字数カウント画面がつらいです。
けれど、どこかで納得もしています。
ああ、そりゃあ当初予定日数が倍以上に延びるわな……と。
いやここでうんうんと得心してしまってはいけないのでしょう。
ほんと、わたしはいつになったらきちんと目標を達成できるのやら。
まあ、ぐだぐだと前置きという名の言い訳が長くなりましたけれど。
どうにかこうにかもう一つ、ジョジョのお話書けましたわーい。
おんなのこを書けるのがこんなに嬉しいとは。
あまりも喜びっぷりに、徐倫さん描写にブーストがかかりました。
お読み頂ければ一目瞭然ですが、わたしはしゃぎすぎです。
心底ひゃっはーしてました。もう嬉しいったらなくて。
あと書いててずんずんジョルノくんが楽しくなってきました。
仗助くんだいすきですし、徐倫さん可愛いし、ジョルノくん楽しいし。
この三人が仲良くしてる光景は、書いていて、とっても楽しめました。
しかし、今回のお話。
わたしただ「ヴィクトリア朝資料読んでたのしい」
ということを、書きたかっただけなのですけれど……。
気づけばどういうわけだか、こんな長さに。
当初は短いギャグのはずでした。謎の発展すぎます。
うう、次こそ、次こそギャグを書くのです……!
色々と思惑のはずれ倒したお話、続きに格納しております。
本編に続いて、後日談までついていたりします。
両方あわせた文字数については考えないようにしたいです。
たぶん格ゲーのASB時空で、4~6部主人公の三人がメインのお話。
よろしければ、どうぞです。
結果。一万四千字オーバーでした。
何なの。アホなの。ええ、アホですよ……。
計画性のなさが、ぐさぐさと突き刺さるようです。
文字数カウント画面がつらいです。
けれど、どこかで納得もしています。
ああ、そりゃあ当初予定日数が倍以上に延びるわな……と。
いやここでうんうんと得心してしまってはいけないのでしょう。
ほんと、わたしはいつになったらきちんと目標を達成できるのやら。
まあ、ぐだぐだと前置きという名の言い訳が長くなりましたけれど。
どうにかこうにかもう一つ、ジョジョのお話書けましたわーい。
おんなのこを書けるのがこんなに嬉しいとは。
あまりも喜びっぷりに、徐倫さん描写にブーストがかかりました。
お読み頂ければ一目瞭然ですが、わたしはしゃぎすぎです。
心底ひゃっはーしてました。もう嬉しいったらなくて。
あと書いててずんずんジョルノくんが楽しくなってきました。
仗助くんだいすきですし、徐倫さん可愛いし、ジョルノくん楽しいし。
この三人が仲良くしてる光景は、書いていて、とっても楽しめました。
しかし、今回のお話。
わたしただ「ヴィクトリア朝資料読んでたのしい」
ということを、書きたかっただけなのですけれど……。
気づけばどういうわけだか、こんな長さに。
当初は短いギャグのはずでした。謎の発展すぎます。
うう、次こそ、次こそギャグを書くのです……!
色々と思惑のはずれ倒したお話、続きに格納しております。
本編に続いて、後日談までついていたりします。
両方あわせた文字数については考えないようにしたいです。
たぶん格ゲーのASB時空で、4~6部主人公の三人がメインのお話。
よろしければ、どうぞです。
『遊び野の城に子供はあそぶ』
不思議におかしな空間で、奇妙にあらゆる時間が混ざりあいながら存在していることに、巻きこまれた人々は最早疑問を抱くことすらやめてしまった。それに、ここへ集うのは、優れた適応力をもって数多の戦場を乗り越えてきた、歴戦の猛者ばかり。揃いも揃った勇士たちは、どうせならば現在の状況を楽しみ慣れ親しもうと、順応への道を模索しだしていた。
そんな時であったから。一つ、二つ、と星たちがそれぞれの距離を狭める兆しを見せるや、自然とお互い引かれあうように、ひとところへ寄り添い始めた。気紛れな女神の手繰る見えない糸に、星々が導かれるようだった。
共通の友人を持つということもあり、話題には事欠かない少年二人は、打ち解けた様子で談笑しながら廊下を歩く。しかし、ふと会話が途切れた隙間に、彼らは前方に見知った人影を見つけた。
少年たちがいるのは普段から人通りの多い、様々な部屋へ繋がる通路であったから、行くたびに誰かしらと顔を合わせるのが常だった。だからそこで、二人がよく知る線の細い後姿が佇んでいるのに居合わせても、おかしなことはない。けれど、その人物はただ立ち尽くしているのではなかった。
不自然なほど盛んに目の辺りをこすったかと思えば、左右に頭を振ってみたり、今度は顔全体を広げた手の平で覆ったりする。背中を向け、しかも間に多少なりとも距離があるというのに、彼女の動作は簡単に見て取れた。
年の近い血族である二人は、無言のまま揃って顔を見合わせた。言葉を交わさずとも意を察して軽く頷きあってから、ゆっくりと相手に声をかける。
「徐倫、ちわーっス」
何気ない風で、やんわり仗助が呼びかけながら、少年たちは緩やかに距離を詰めて歩み寄る。自身に向けられた声に反応して顔を上げた少女が振り返る僅かな間に、聡い子供二人は徐倫の頬が濡れていないのを確認し、内心で安堵する。目元を拭うようにも見えた彼女の動作から、何か悪いことでもと構えかけたのは、喜ばしいことに杞憂で終わった。
「仗助、ジョルノ」
瞼に当てていた指を離し、薄く笑みを浮かべて体ごと二人へ向きあい、迎えようと待ち受ける徐倫にジョルノは目を細める。
「あなたの姿が見えたものですから」
「何? ティータイムのお誘いなら大歓迎よ。前に差し入れしてくれた、ジョルノお勧めのチョコレートケーキ、超おいしいんだから!」
「ご所望なら、またお持ちしますよ」
「マジで!?」
他愛のない会話をさりげなく続けながらも、少年たちは足を止めることなく、徐倫がはしゃいだ声を上げる頃には合流してしまう。三人で小さな輪を作れるほど至近距離になるや、徐倫はケーキの予感に心を奪われ、ジョルノへあれこれと甘いものへの熱を情感たっぷりに語ってみせる。それを受けるジョルノも淡々としているようにみせかけて、実はドルチェについては一家言を持っているのか、甘いもの、特にチョコレートの素晴らしさについて強く賛意を示して応じる。
そうして甘味談義が盛り上がりをみせる間に、こっそりと相手を観察し続けていた仗助が、僅かに眉をひそめた。
「なあ徐倫。何だか顔色、悪くねえか?」
相手へ悟られないよう横目に投げていた視線を、隠そうとする努力を捨て、正面から向ける。まじまじと女性の顔を凝視するのは失礼なことだと、当然ながら仗助も分かっている。けれど血縁の気安さと、大切な大姪への心配から、つい見入ってしまう。
「ほら、くまになってるぜ」
「嘘!?」
少し高い位置から徐倫を覗きこむ仗助が、自身の顔を使って同じ箇所を指で示すと、はじかれたように娘は顔へ手を当てる。その慌てた様子から、仗助に便乗して徐倫を眇めた目で密かに診察していたジョルノは、彼女の悩みを大まかに把握した。
「寝不足、ですか? いけませんね、シニョリーナにとって美容の大敵なのでしょう。トリッシュがよく言っていました」
今度は少し低い位置から覗きこまれ、全てを見透かしたような視線と口調で射抜かれてしまう。上下から、まるで挟み撃ちにでもあった気分なのか、徐倫は遂に観念し、やれやれとばかり肩をすくめた。
「そーよ、正解。寝不足なの。原因はよく分かんないけど、最近なんだか不眠気味でさ。夜に眠れないぶん、今みたいな明るい時間に眠くなっちゃうのよね」
洞察力に富んだ身内を相手に隠し事はできないと判断したか、徐倫が素直に己の悩みを白状する。どうにか押しこめようとしていた頭の痛みも、最早感づかれても構わないと開き直るや、眉根を寄せながらこめかみに手を添える。
「あー、ずっと目ぇこすってたのは、そういうわけか~」
「成る程。最初から声に張りがないので、おかしいと思いました」
その告白にすっかり得心がいった様子の少年たちは短く感想を述べるや、どちらからともなく、ゆっくりと足を動かして徐倫へ歩き出すことを促す。通路の途中に、ちょっとした休憩所が設けられていることを彼らは知っている。体調の優れない女性を延々立たせっぱなしにしておくなど、男の沽券どうこう以前に、二人の中ではしてはならないことだった。
事前に役割分担を決めていたわけでもないのに、ジョルノはさりげなく徐倫の手を取ると休憩所にしつらえられたソファへ彼女を導き、仗助は飲み物を確保に自動販売機へ向かった。二人とも、注意深く徐倫を守り、気遣おうとする。けれど本来、徐倫はただ守られるよりも、守ろうとする強靭さを持つ女性であったから。あまり弱いもののように扱いすぎて不快に思わせてはならない、という考えも裏にきちんと抱いていた。徐倫には悟られないように、と少年たちは心がけていたが、聡明な彼女は勿論気づいていた。
それでも、自然にいたわろうと立ち回る彼らのさまが、何だかくすぐったいほど嬉しくて。敢えて何も口にしようとはせず、徐倫は快く、そのかしずきへ甘えることにした。隠し切れない微笑が、つい唇に柔らかな三日月を描かせた。
喉を潤すものはたっぷり備えられているし、座り心地の良いソファはいつでも誰かをふわふわと待ち受けている。こんな条件が揃っていれば、そこは軽い歓談の場所として全く申し分がない。事実この休憩所では、廊下を通りすがる際に思わぬ顔見知りと行きあった人々が、喜びと懐かしさのあまり長時間座りこんで昔語りに花を咲かせる光景が、日常的に繰り広げられていた。
その上、現在ここに揃った三人は、お喋りに目がない十代の少年少女ときているのだから、なおのこと。通路を背にした大きなソファへ腰かけようとした徐倫が、想像よりもうんと座面が柔らかだったのか、沈みこむ体に早速うおおと逞しい声を漏らすのに、ジョルノはまた目を細めると、静かに隣へ浅く座った。
そこへ仗助が紙コップを一つ持って戻ってくる。全員分の飲み物を揃えるより、今はとにかく徐倫を優先したらしい。ほい、とオレンジジュースがなみなみとした紙コップを大姪に手渡しながら、彼はふと困ったように眉尻を下げた。
「しかし、寝不足か~。うーん…悪ぃ、おれのクレイジー・ダイヤモンドじゃあ、それはなおせねぇ……」
「やだ、何言ってんのよ仗助! あんたが悪いことなんて、どこにあるっていうの。それにそもそも、たいしたことないわ、ただの寝不足なんだし!」
どこか深刻な表情で隣へ腰を下ろす仗助に対し、当事者である徐倫は、からからと明るく笑い飛ばす。別に虚勢を張っているわけではなく、本人は純粋に些細なことだと思っているらしかった。しかし、いくらそう言われても、目の下へ実際にくまをこしらえた顔では、説得力に乏しい。飲み物について、ありがと、と仗助に短く礼を告げてから紙コップへ唇を寄せる徐倫の言葉に、治療を得意とする男子二人はそれぞれ表情を曇らせたり険しくしたりした。
嚥下音を派手に響かせながら、さも美味しそうにカップの中身を干してゆく紅一点を真ん中に挟んで、ソファに座する三人の様子は文字通り三者三様だった。
自身のスタンド能力により、あらゆる破壊や怪我を『なおして』しまえる仗助にも限界はあり、病気の類には歯が立たない。同じく治癒、むしろ再生と呼んだほうが真実に近いスタンド能力を持つジョルノも、また然りだった。しかしその能力ゆえに、両者とも根底に『なおしたがり』といった性質を持っている。その上、困っているのは、一族にとって大事な宝物のような女の子。なんとかしたい、なんとかしなければならない、と知恵を絞りあう流れになってしまうのは、必然だった。
「おれでなおせない症状とかは、やっぱトニオさんだよな。何か作って貰うか」
「ああ。きみの町にあるというトラットリアのスタンド使いですね、噂には聞いていますよ……色々と。ただ、なおす時の光景が女性にはやや衝撃的すぎやしませんか」
「言っとくけど、あたしそれなりに修羅場くぐってるから平気よ?」
「いやでも症状によって臓物ぶちまけたりとかすっからなぁー」
「何それ本当になおしてんの」
「スタンドを用いる以外の方法となると―…あとは、波紋、でしょうか」
やや言葉をためらわせながら、ジョルノが呟く。珍しく歯切れの悪い口振りになるや、軽く伏し目がちになる少年のさまに、残る二人は意味ありげに視線を合わせると、気づかれないよう悪戯っぽい笑みを交わした。しかし両者とも、そんな顔つきは一瞬のもの。すぐさま魔法のように、企みめいた表情を奥へしまいこむと、空とぼけた声音と態度で丁寧に覆い隠してしまう。
「あー、じじいが若い時してたとかってヤツか~? おれ詳しく知んねぇけど、簡単な治療とかはできるらしいな」
「そうそうっ、あたしもひいおじいちゃんから小さい頃に聞いたことあるわ。何でも呼吸がどうとかで」
考えに沈潜するあまり、背筋はぴんと伸ばしたまま少し顔をうつむかせてしまったジョルノの表情を伺うように、徐倫が横からずいと身を乗り出す。一方の仗助は逆に、猫が伸びをするように背凭れへうんと体をそらしてみせた。
「波紋法。太陽のエネルギーを呼吸法に取り入れた、吸血鬼退治に特化した技術です。液体を媒介とするため、約六割が水分で構成されている人体に対しても効果を及ぼします。仗助の言う治療とは、このことですね。体内の血行やリンパの流れにも干渉できるでしょうから、概日リズムの乱れに起因する不眠症ならば、対処として適切なものだと思われます」
床に落とす、とまではいかずともジョルノは視線を低い位置に這わせたまま、すらすらと解説を口にする。てんであやふやな二人の聞きかじりを、正確な知識に根ざした澱みない説明で、論理的にまとめてゆくさまは、先に感じさせたぎこちなさとは全く無縁な姿だった。
ジョルノによる波紋講義にすっかり聞き入った様子で、仗助と徐倫は感心しきりに頷いてみせる。しかしそんな聴衆の反応に、とうの講師はあまり意識を向ける素振りもない。言葉を形にすることで自身の考えをまとめながら、更に深く思索へ耽ろうとしている。お陰で、講義の隙に徐倫が軽くあごをしゃくって大叔父に視線で何らかの合図を送っても、ジョルノに悟られることはなかった。
ある種の信号を受け取った仗助は、いよいよ大きく体を伸ばして弓なりにすると、しみじみと息を吐く。
「へぇ~、とにかく凄ぇ特殊能力なんだなぁ~」
「スタンドじゃなくても、色んな能力が世の中にはあるのね」
「ええ。ですから、ツェペリ家など波紋使いの方に頼んで……」
「ひいじいちゃーん! ちょっと徐倫に波紋してほしいっスー!」
「!?」
突如、威勢良く声を張り上げた仗助に、何よりその呼びかけた人物に、ジョルノは思わず息を呑む。滅多に見られない、ギャングスターの少年が浮かべた、ぽかんとした年相応の表情を満足そうに眺めていた徐倫が、おもむろに片手を口元に寄せる。シルシルという音と共に、彼女のもとへ引き戻されてくる一本の糸が次第に指の形を取り始め、その人差し指の先端から伸びる糸の終わりにつけられた、空っぽの紙コップが姿を現す。目を丸くするジョルノに向かい、紙コップに軽く口づけてから見せびらかすように緩く振り、にぃっと徐倫は会心の笑みを浮かべた。
簡易の集音装置らしきものを見せつけられ、ああこれで足音を拾ってあのひとがくるのを察知したのか、とジョルノは酷く冷静に分析した。現実では、言葉を失うほど困惑しているというのに。ジョルノが無言の高速思考を繰り広げる間にも、徐倫はしてやったりのご機嫌な表情のまま、少年の視界を遮っていた自身の体を後方にそらす。
急に広がってみえた空間には、元気に目いっぱい手を振る仗助に片手を挙げて応じ、にこやかな笑みと共に近づいてくる大きな体があった。その姿を認めて、まだ声を取り戻せないジョルノは、ますます藍銅鉱の瞳を見開いた。
かの人物の体躯は、最早、神に愛されたとしか思えなかった。
自身の努力で鍛錬を重ねた影響も、当然ある。とはいえ縦にも横にも恵まれすぎた骨柄は、大抵の人間にとっては嘆声と共に見上げるよりほかないものだった。それは普通ならば、息も詰まるような威圧感を周囲へ振り撒くだろうに、とうの本人は朗らかで高潔な英国紳士そのものだった。今も愛しい曾孫の声に応えて、柔和な微笑みをたたえたまま三人のもとへやってくる。
「どうしたんだい、仗助? 徐倫に、やあ、ジョルノも一緒なんだね」
誰より長い足を運べば、ちょっとした距離など、あっという間に詰められてしまう。三人が腰かけるソファの真正面まで赴くと、偶然に通りかかったところを呼び止められても嫌な素振り一つ見せず、ジョナサンは顔をほころばせる。そこに計算というものはなく、単純に己の血に連なる子供たちといられるのが嬉しくて仕方がないようだった。その古風で真っ直ぐな愛情の示し方は、百年以上の時間を隔てた子供たちにとって、たまに照れくささを感じさせるくらいだった。
とはいえ、圧倒的な親愛の情と共に向けられる、温かな眼差しが快くないわけもなかった。ただ中にはまだ、慣れない面映さに囚われて、抜け出せない者がいるやもしれないけれど。
「ひいじいちゃん、急にすんませんっス。あの、徐倫がこのところ、夜あんまし寝られないみたいなんスよ。秘密のオーバードライブで何とかできないスか」
照れはまだ多少ながら内に抱きつつも、しゃちほこばることなく、仗助は状況をざっくり説明してみせた。するとその傍らから、更に補足しようと徐倫も続ける。ちらりと視線を、膝の上できつく拳を握り締めている隣の少年に向けながら。
「そうなのよ。きっと何日かしたらなおるだろうし、あたしはそんなに気にしてないんだけど。ジョルノたちが心配してくれるもんだから、何とかしたいなーと思って」
敢えて「ねえ、ジョルノ?」とさえ後に付け加え、お互いが触れあうほど側にあった少年の肩を僅かに押して反応を促してくる。わざとらしく片目まで瞑ってみせる徐倫を、さしもの若きギャングスターもこの時ばかりは、やや恨めしく思った。
まだ父親という存在に対して、どのように接して良いものか距離感を測りかねているジョルノを気遣い、何とかできないかと心を砕いてくれている。そんな二人の気持ちはありがたいし、どこかこそばゆくなるような落ち着かない心地良さすら、おぼえている。けれど胸の内で「あなたたちだって、ぼくのことは言えないでしょうに」と不平じみた感情が湧き上がるのも事実だった。
けれど今は、そんな気持ちを精査している暇もない。すぐ眼前で、ジョルノの顔がよく見えるようにと腰を折り、覗きこもうとする優しい太陽が待っているのだから。
隣に立っている時でさえ見上げるような巨躯を持つジョナサンであるから、ソファに座ったままの子供たちが向きあおうとすると、いきおい首は垂直になってしまう。それをジョナサンも察しているのだろう、ゆっくり大きな身を屈めて相手に目の高さを合わせると、正面から何のてらいもなく微笑みかける。
「そんなに徐倫を案じるだなんて、ジョルノは優しいね」
「あなたの、波紋が、有効、だと、思いました」
「うん。確かに、波紋なら体内のリズムを整える助けになれるよ」
真っ直ぐに押し寄せてくる柔らかな温もりに、これが太陽の呼吸なのかという錯覚をおぼえながら、どこかたどたどしくジョルノは答える。正体を掴みかねている面映さの影響で、相手を直視するのも緊張するというのに、今はそこへ、出した声が上ずってはいないかなども考えねばならない。表面に出してはいないものの、ジョルノは内心、冷や汗ものだった。
そんな子供を慈しむように、ジョナサンは笑みを深めるも、黙りこむ相手にこれ以上の返答を求めはしなかった。まずは己のなすべきことを、と子供たちの願いを叶えるべく今度は徐倫へと向きあう。中腰で屈んだままの体勢が続いてはつらいのでは、と仗助は曾祖父の体を気遣うが、視界を埋め尽くす、己のスタンドよりも筋骨隆々とした四肢に、心配するだけ無駄だと即座に判断した。
波紋を行使するにあたって、流石に不安定な今の体勢ではやりづらさをおぼえたか、ジョナサンが少女の前で片膝をつく。そしてゆっくり手を持ち上げかけながら訊ねる。
「徐倫、触れても良いかな?」
「勿論よ。わざわざ許可なんて取らなくって良いのに!」
前もって丁寧に伺いを立てるジョナサンに、お願いしたのはこっちじゃない! と、徐倫はからりと笑ってみせる。けれど相手の面持ちは真剣そのもので、現在取っている、姫君を前にした中世の騎士じみた姿勢も手伝って、徐倫はまるでお伽話の中へ引きこまれてゆくような気がした。
「そんな。いくら血族とはいえ、妙齢の淑女の顔へ手を触れるんだ、きちんと許しを得ていなければ、そんな無礼なことはできないよ」
大きな両手の平が頬へひたりと寄り添ったから、という理由だけでなく、徐倫の面にほのかな朱が差した。
無事に淑女の尊顔に触れる栄誉を賜ったジョナサンは、真摯に自身の務めを果たそうとする。よくよく相手の顔を見やると、やがて手だけでは足りないと思ったのか、己の額を徐倫の額へ軽く押し当てようとする。うっすらと開いたジョナサンの唇から、低く、耳慣れない呼吸音が漏れ聞こえた。そうして、お互いの肌が僅かに触れたかどうか、と感じたところで、ぱりん、と小さな火花めいたものが二人の間で爆ぜた。
その途端に、先程まで徐倫をうんざりさせていた眠気や頭痛が、追い払われたように影もなく失せた。どういった仕組みなのかは皆目分からなかったが、今も体中に巡り続ける微弱な痺れから、波紋とかいう力が行使されたらしいのが、徐倫にも把握できた。つきまとい続けていた睡魔たちが、太陽に退治されちゃったみたいだわ、と彼女は思った。
驚きに目を見開く徐倫のさまを見て、正しく効果が表れたことを確認し、満足げにジョナサンは頷いて体を離す。
「これで、よし。あまり強くはしていないから、あとは体の自然な回復力に任せるだけだね」
「スゲーわ…一発で眠気なくなってる……」
「マジで。流石おれらのひいじいちゃん、グレートっス!」
「でも体内時計を今の時間に一応合わせただけだから、今夜きちんと眠れる、という保証はないんだ。体調が良くならない限りは、すぐ時計も狂ってしまうから。できれば眠る直前にもう一度、軽く波紋を流してリズムを整えたいけれど……それこそ淑女の寝所に夜分お邪魔するなんて、言語道断だし」
「あーもーだからそれやめてって! 照れるから!!」
「ほらね」
「いや、ひいじいちゃん、徐倫が照れてる理由は別だと思うっスよ」
「そうなのかい?」
気負いなど皆無に、さらりともたらされるジョナサンの言葉で、来孫の少女はとうとう自身の手で顔をすっかり覆ってしまうと、悲鳴まじりの声と共にじたんばたんと床を踏み鳴らす。二人の少年に左右を挟まれ、正面では紳士に跪かれたままの徐倫が、気恥ずかしさに身もだえするさまを間近に見ながら、ジョルノは道連れが増えたと密かに悪甘い感情を抱いた。
いくら仗助から説明を受けても、徐倫の顔が赤い理由を正確にはきっと理解しないだろうジョナサンは、まだ不眠の問題に意識を向け続ける。
「ともあれ。波紋だけだと、よく眠れるようになるまで、少し時間が必要になってしまうのは避けられないよ。もし即効性を求めるなら、体調が戻るまでは当面、これを使ってみてはどうかな」
波紋の有効性を語りながらも、決して便利な魔法などではない、その技術の不得手な点も明らかにする。その上で、弱点を補うための方策を提案し、ジョナサンは負っていた鞄を下ろすと中身を探りだす。
むずがゆいほどの照れくささや、謎の面映さなど、身の内を襲う様々な感情に揺さぶられていても、一族に共通する旺盛な好奇心には逆らいようがない。いったいどんな品が現れるのかと、数名まだ血色の良い顔をしたまま、三人は興味津々にソファからやや身を乗り出す。
答えを待ち構えて、きらきらと輝く三対の視線に頬を緩めながら、ヴィクトリア朝の紳士は一本の小壜を取り出した。
「ぼくらの時代で用いられていた薬だよ。とても便利なものでね、眠れない時は勿論、痛みを和らげたい時なんかにも役に立つ、万能薬みたいなものかな」
軽く横に振られて、壜の中身がたぷん、と揺れる。けれど濃い茶色をした硝子に遮られて、薬そのものの姿を捉えることはできず、見えるのは液体の影だけだった。
「へえぇ~、百年前の薬っスか!」
骨董品、と呼んでもさしつかえのない品を使用者の生活感に溢れた説明と共に示されて、仗助が感嘆の声を上げる。
ただでさえ小さな壜は、ジョナサンの手の内にあると余計におもちゃじみたものに見える。しかし目の前にあるものは、確かに自分よりもうんと長い年月を経てきており、その不思議さがますます仗助を惹きつける。一層はしゃぎだす好奇心に背を押され、更にずいっと、壜に張られたラベルへ顔を近づけた。
が。心浮くものを抱いて陽気に煌いていた菫青石の瞳は、すぐさま引きつったような半眼になってしまう。
「……読めねぇ」
「もうちょっと英語の勉強しなさいよ仗助……でも、あたしも読めないところあるわ、これ」
「―…印刷されたものではなく、手書きのラベルですね。流麗な筆記体です。恐らくは元々その薬が入っていた大きな壜から、携帯にも用いやすいよう小分けにされたのかと。その際に壜の内容を書き写した、と見るべきでしょう」
「薬の効能とか、使用期限かしら。それにしちゃあ見覚えないわよ、こんな単語」
「あっ、でも『エリクサー』ってのは、どーにか読めるぜ! ぜってぇこれ効き目グレートなやつだって!」
「どうしてそんな単語は知ってるんです、仗助」
「ゲームで見たッ!!」
「ほんとゲーム好きねー、下手なのに。それにしても、ダフィーズ・エリクサー…エリクシル、かな? このラベルにある薬品名はなんとか読めるけど、やっぱ分かんないとこあるのよねぇ~」
「文字自体が少しかすれている上、ぼくたちから見ると達筆すぎるきらいがあります。また、古語が含まれている可能性だって否定できない以上、読めなくても不思議はありませんよ」
ラベルの表示をきっかけにして、自然なやりとりが溢れ出す。ここまでの流れで、すっかり普段の調子を狂わせてしまっていた面々も、次第にいつもの自分を顔色と共に取り戻してゆく。それには勿論、どこか不自然に肩へ力の入ってしまっていたジョルノさえ含まれている。
目の前にちょこんと鎮座する、秘密と魅惑をないまぜに含んだ小さな壜に誘われて、やいのやいのと子供たちは賑やかに声を交わし始める。あっという間に花盛りとなるお喋りにより、休憩所の空気が華やぐのは、傍目には大変に微笑ましく映るのやもしれない。歓談中もぱらぱらと、廊下を通り過ぎてゆく姿が幾人もあったが、時折そちらから柔らかな眼差しが投げかけられてくる。とはいえ会話に夢中の当事者たちは、気にする様子もない。
いくら、ああだこうだと話しあっても、やはり徐倫は馴染みのない単語が引っかかって仕方ないらしい。ラベルを睨みながらおとがいに指を添え、首を傾げる大姪を見やりながら、げんなりした顔つきの仗助が、壜の表面をこちこちと音を立ててつつく。
「徐倫で読めねぇのに、おれが読めるわけねーな……因みに、悩んでるのって、どれだ? ここのちっちぇー、Lで始まってるやつ?」
「そう、それ。えぇっと……? l・a・u・d・a・n・u・m 」
商品名に比べ、随分と小さく表記されている単語に目を留めた仗助が、人差し指で示したラベルの箇所へ引き寄せられるように、徐倫も同じ指をひょいと側へ寄せる。そうしてなぞるような声音で、徐倫がゆっくり読み上げるにつれ、ジョルノの表情が一文字ごとに強張ってゆくのに、その場にいる誰も気づくことができなかった。
八文字の単語がもたらした小さな異変を、何らかの形で全員が把握できたのは、徐倫が唇を「m」の形にしたかどうかという瞬間に、四人の眼前から壜の姿が消えうせた時だった。
「あれ?」
掴んでいた手の形もそのままに、壜だけが忽然と姿を隠してしまったことに、ジョナサンが心底不思議そうにきょとんと目を見開く。それはついさっきまで壜と向きあっていた四人全員に、程度の差こそあれ共通する反応であったけれど、いち早く仗助が事態を察する。うっすらとしたものではあるものの、たった今ぴり、と肌の表面を走った違和感に、思い当たる節があるためだった。
はっと顔を上げた仗助が周囲に視線を巡らせると、一呼吸ばかり後に徐倫も同じく、慌てた様子で辺りを見回す。虚を衝かれたジョナサンの表情がさっきのジョルノによく似ている、ということに気を取られて、つい出遅れてしまった。
しかし時間にして、殆ど差はない。何かを探していた二人は、ほぼ同時に、予想通りの人影を予想よりずっと近くにみつけた。
ジョナサンに比肩する上背を誇る、均整の取れた体格に裾の長い学生服をまとった立ち姿は、仗助や徐倫のよく知るものとは少し異なっている。けれど高祖父の傍らに、やや胸をそらすようにして堂々と立つ人物の本質は変わらない。ただでさえ感情の読み取りづらい面が、帽子のひさしを深く下ろすと、いよいよ分かりにくくなることも、また。
いつもと違う点を挙げるとしたら、呼吸を荒げているのか肩を軽く上下させていることと、その右手にしっかりと握り締められている、見覚えのある小壜の存在だった。
「承太郎さん!」
「父さん!」
『すぐ側で時を止められた感覚』の経験を持つ、仗助と徐倫が揃って声を上げる。とはいえ二人とも、一体何が最強のスタンド使いを、肩で息をする羽目に陥らせたのかは分からなかった。
「あ。承太郎、その壜は……」
そもそもスタンド能力自体を持たないため、見ることすらままならないジョナサンには、何が起こったのかをすぐに理解することができない。とはいえ、度量については血族随一の広さを誇るジョナサンであるから。状況が分からずとも、玄孫が手にしているものについて、鷹揚としたさまで問おうとする。
しかしとうの承太郎は、三人から口々に呼びかけられても、そのどれにも耳を貸す気配がない。むしろ真っ先に意識を向けた相手は、迷いもせずに無言のジョルノだった。四人を一瞥すらせずに選び出したことから、時を止めている間にでも判断したのやもしれない。
ソファ周辺にいる面々の中で唯一、話し相手に足るとみなされたらしいジョルノを、承太郎は鍔の下から射抜くような眼差しで見やる。鬼気迫る厳しさを宿したそれは、相手を貫くようであったけれど、それにおじけるジョルノでもなく、同様の鋭さで見返す。
「―…頼めるか」
「…………ええ。専門、みたいなものですから」
重々しく吐き出す承太郎に、ジョルノはゆっくりと頷いてみせる。それを受けて承太郎は手にした壜を、ジョナサンの頭上越しに相手へ差し出した。
緊迫した空気を間に漂わせていながら、両者は何らかの危機意識を共有しているようだった。無駄な説明どころか、ろくな主語さえない会話で二人は理解しあえている。補足なしのやりとりを前に、すっかり置いてけぼりをくった仗助は、頭上に浮かべる疑問符の数を増やすばかりだったが、両手で壜を受け取ったジョルノへ何気なく目をやって、ぎょっと顔を引きつらせた。
「うおおおぉぉ!? 顔色が真っ青じゃあねーかジョルノォ!?」
「ちょっと!? 文字通り顔面蒼白ってやつじゃないの! あたしなんかより、あんたのほうがよっぽどヤバイわこれ!?」
「大丈夫、大丈夫ですよ……仗助、徐倫。ありがとうございます、なんでも、ありません」
比喩抜きで色を失っているジョルノの姿に、仗助と徐倫が叫びじみた声を二重唱させる。どうしたのかと驚き慌て、思わず腰を浮かしかけた叔父と娘を封殺するように、ぴしゃりと承太郎が切り捨てた。
「アヘンだ」
唐突な短い一言が、息も詰まる圧をもたらす。場が、しんと静まり返る。
一瞬にして音をなくした休憩所で、後の海洋学者は更にたたみかける。
「laudanum。アヘンチンキ。アヘンをアルコールで浸出させて作られる薬物であり、鎮痛剤などとして取り扱われることがある。だがつまるところ、これは、アヘンだ」
「えぇっと…てぇーことは、それって……」
誰より先に、訥々ではあるものの仗助が声を絞り出す。歴史の教科書くらいでしか聞いたおぼえのない単語について、うっすら浮かぶ嫌な汗を背中に感じながら、おそるおそる確認するように承太郎を上目遣いにする。
嘘だ、という言葉を密かに期待しながら向けられた尻すぼみの問いへ、承太郎は容赦なく答えを突きつける。
「麻薬だ」
一切の婉曲表現をなぎ払った言葉に、徐倫が息を呑んだ。
ここまでの説明を受けてようやく、仗助と徐倫は、休憩所の脇を素知らぬ顔で歩き去ろうとした承太郎が、足どころか思わず時まで止めて壜を没収しようとした理由が分かった。しかし愕然としている二人の前で、壜の持ち主であるジョナサンはまだよく事態を把握できていないのか、薄い微笑をまとわせたままだった。
いつの間にか顕現していたゴールド・エクスペリエンスが、小さな壜を両手でしっかり抱えるジョルノの、血の気の失せた顔をいたわるように覗きこむ。しかし本体である少年は、ただでさえ硬質な表情を普段以上に凍てつかせたまま、微動だにしなかった。ひたすら、手の内にある麻薬と睨みあいを演じている。
言葉を発する気配のないジョルノに代わってか、承太郎がジョナサンに向かい口を開く。
「ひいひいじいさん。あんたの時代ならいざ知らず、現代だとあの薬は劇物及び麻薬指定だ。厳重な管理のもと慎重に処方されるもので、医者の判断もなしに使うことはできねえぜ」
「けれど、きちんと薬事法に則って販売されているものだよ?」
「あんたの頃のは、砒素の販売さえろくに規制されてねえザル法じゃあねぇか」
「よく効くのになあ」
「だからこそ、だ。ヤバイ代物が入っているからこそ、即効性がある」
事実に基づく淡々とした説明を受けても、長く利用し続けているヴィクトリア人には、腑に落ちかねるものがあるらしい。立ち上がったジョナサンが、承太郎と同じ目線の高さであれこれと話しこむ。そうして背の高い二人が繰り広げる問答を頭上から浴びつつ、ジョルノは一度ゆっくりと瞬いた。
そうして静かに、大きく深呼吸を一つすると、件の品を握り締めていた手を、そろそろと開いた。ソファに座る残りの二人が心配そうに見守る中で、ジョルノは両手の平を台座にし、壜を捧げ持つようにそっと眼前へ掲げる。途端、ゴールド・エクスペリエンスの二つの拳が、挟みこむ形で背後から振り下ろされた。
飴細工じみて壜は砕かれ、数多の破片が煌きながら飛び散ると思われた側から、少年の手の平より鮮紅色の花弁が舞い上がった。
この後、思わぬ薬物の登場に危機感を持った承太郎とジョルノは手を組み、19世紀の人々に会って回り徹底的に回収を行った。特にジョルノは志を同じくする仲間との誓いもあり、対象を根扱ぎにする勢いだった。
最大の回収量となったのは、当時の医療従事者であるエリナのもとへ赴いた際だった。時を隔てても、彼女も看護婦という立場上やはり薬の取り扱いには関心が尽きないのだろう、滔々と回収の意図を語る承太郎の説明へ熱心に聞き入った。
そうしてエリナは丁寧に相槌を打ち、たっぷりと理由を呑みこんでから。
「百日咳の処方にも良いのよ?」
と、さも不思議そうに小首を傾げた。そのさまに、麻薬の根絶を掲げる若きギャングスターは一世紀という時間の重みを噛み締めながら、思わず胸の中で「ヴィクトリアン……ッ!」とうめいた。
言うまでもなく、エリナが所有していたダフィーズ・エリクシルは全て回収され、粛々とゴールド・エクスペリエンスが殴りつけては花弁を撒き散らした。しかし中身はともかく壜については、一部の女性陣から「デザインが可愛い!」という、承太郎やジョルノからすると耳を疑うような意見が寄せられ、幾つかは破壊を免れた。
今もどこかで誰かの手により、野の花でも活けられているのかと思うと、二人は何とも言いがたい複雑な気持ちになるのだった。
因みに。
当初の懸案であった徐倫の不眠対策については、血族であり波紋使いであり且つ女性、という全ての条件を満たす存在であるリサリサに就寝前の波紋を頼む、ということで解決した。
数日後、同じ休憩所の同じソファに腰かけながら、具合はどうかと仗助が訊ねるより先に、徐倫は水蜜桃の色をした肌のきめもつややかに、大輪の笑顔を咲き誇らせた。生き生きと輝く燐灰色の瞳が、何よりも雄弁に語っていた。
とはいえ、徐倫が言葉で伝えるのをやめるわけもなかった。身振り手振りも力強く、目を見張るばかりの回復を見せた己の体調について説明をする。曰く、この良好な健康状態は、リサリサによる波紋が全ての原因、というわけではないらしかった。ジョナサンに言われた通り、人間が本来持つ自然な回復力をもって、根本的な解決をしなければと心がけてこの数日を過ごしていた。自分で自分を助けようとしたのよ、と生活の改善に力を尽くした徐倫は笑う。
努力の賜物である、瑞々しい桜色に染まるたっぷりとした唇が、嫣然と弧を描いた。
しかし何よりこの行動への原動力となったのは、あの日、隣でみるみる青褪めていった少年の悲壮な面持ちだったらしい。「薬へ頼る前に自力でどーにかしなきゃ、なおさなきゃ、って。切実に、本気で思えたわ。あのジョルノの顔見たら」と、極めて健全な生活を手に入れた少女は遠い目で、ぽつりと語った。
『遊び野の城にヒースは揺れる』(とある親子の後日談)
「なァ~にィ~? オレがいない間に、そんな面白いことがあったワケぇ?」
ある日突然、息子から実母である波紋使いの紹介を頼まれて、不思議に思っていたジョセフは逃げ回る仗助を数日後やっとのことで確保し、休憩所での一件を詳細まで聞きだした。徐倫の不眠に関しては軽く聞かされていたが、ヴィクトリアンの常備薬についての問題は初耳だった。
にまにまと楽しげに口の端を上げながら、オレも通りかかりゃあ良かった、などと若い日の姿をした父が言う。圧倒的な居心地の悪さを感じながら、仗助はどこか疲れた様子で、おごられたカプチーノの入った紙コップを手の内でもてあそぶ。。
「あの緊迫した場に居合わせたら、あんた、ぜってぇー逃げると思うぜ……それによぉ~…」
「それに?」
紙コップに口を寄せようとした仗助が、引きつった笑みを浮かべながら中空を見やる。
「あんなジョルノ見たら、いたたまれねーよ……どうにか落ち着いてるように見せかけてたけどよ、内心すげぇ動揺してたみたいっスから」
「ふぅ~ん、その根拠は?」
悪戯っぽく孔雀石の双眸を瞬かせて、ジョセフがさりげなく追求する。仗助のよく知らない姿の父が、よく知る姿の父と同じ瞳の輝きで問うてくるのに、少年は一瞬どきりとしてから慌てて言葉を選ぼうとする。
しかし当時の記憶を辿ろうとすると、思い出すだけでげんなりしたのか、溜め息と共に肩を落とす。
「……ジョルノの撒いてた花、あれ、ケシだった」
「あらあらン」
「花なら他にも色々あるだろうによ、咄嗟にケシを選んじまったあたり、よっぽど取り乱してたんだろうなー…」
ちびりちびりとカプチーノをすすりつつ、冷静沈着で通っている年下のギャングスターが密かに見せた年相応の狼狽に思いを馳せ、今度会ったらさりげなくいたわろうと胸に誓う。
のんびりして見える表情の裏で、他者への優しさを丁寧に張り巡らせている息子の衷心を、ジョセフはさらりと見抜く。誰かの傷や痛みを敏感に察してしまう、この鋭い観察眼は一体誰に似たのかと考えて、即座に浮かぶ答えが何ともこそばゆい感覚となってジョセフを襲う。
彼は、戦士として一流でも、父としてはまだ修行中の身だった。
油断すると胸の内に溢れそうなほどこみあげる、そんな落ち着かなさを押さえこんで、すぅっとジョセフは目を細める。
「ま、薬についちゃあ許してやってくれ。エリナおばあちゃんたちの頃は、あの処方が一番有名な家政書にも載ってるくらいで、誰も疑わねーくらい一般的だったんだ」
「べ、別によ~ひいばあちゃんたちに悪気がなかったことくらい、分かってるしよー…。薬は承太郎さんたちが処理したから、もう大丈夫らしいし……あと徐倫も具合良くなったみてーだし、結果オーライっスよ」
一見すると軽薄にさえ見えるほど緩んだ表情だったジョセフが、自身の祖母に関する話になるや、急にまとう雰囲気を凛としたものへ変える。咄嗟のことに意表を衝かれ、思わず仗助は相手から顔をそらした。けれど相手が向けてくる真っ直ぐな視線は降り注いでくるばかりで、向きあわないのも失礼になるのではなどと、戸惑いすぎた仗助はぐるぐると思考の堂々巡りへ迷いかける。しかし己の尾を追う猫のような状況へ陥る前に、ふと新しい話題が脳裏に閃くや、事態打破のためにも即座に飛びついた。
「そ! そういやあ、徐倫が嬉しそうにしてたっスよ。ここ何晩か、寝る前にばあちゃんが波紋してくれるから、すっかり調子が良いって。しかもホットミルクまで持ってきてくれるらしいっス」
「――へぇ」
「寝る前の、あったけぇミルクって落ち着くんだよな~。おれ、ばあちゃんとはあんまりいっぱい喋ったことねーけど、優しいひとっスね」
すっかり感心した様子で表情を和らげる仗助を、なぜかジョセフは企みめいた半眼でにまりと見返す。頬に手を当て軽く思案してみせる仕草に、何らかの意図を察したか、仗助がやんわりと浮かべていた笑みを引っこめる。どうしたのか、と問いかけるのを制するように、答えはすぐさま与えられた。
「仗助。それはリサリサが用意したもんじゃあねえぜ。あのひとは、『眠れない子供にホットミルクを渡す』なんて経験、したことねーからな」
「え……」
「いや、そもそも、そーいった習慣や発想がねえはずだ。エリナおばあちゃんもそうだが、あの頃のミルクは飲み物よりもソースだったり、あとチーズみたいな加工物に使われるのが主だからな。冷蔵の技術なんざ、今に比べりゃ発展途上もいいとこだ」
ま、オレの頃にはかなり発達してたけどねン、といつもの人を食ったような表情でジョセフは付け加える。
秘密の薬に引き続き、またも触れることになった未知の歴史を、ごく身近な人物が時代の息遣いも鮮やかにもたらしてくる。たとえ百年に満たずとも、教科書に載っていなくとも、歴史は確かに己と地続きなのだと今更のように実感し、目を丸くする世紀末の子供に、ウィンザー朝の子供は策士の笑みを浮かべる。
「さて、ここで仗助くんに問題です」
芝居がかった声音で、いかにも悪戯っ子といった顔つきをすると、ジョセフは人差し指をタクトじみて軽快に振り、仗助の視線を引きつける。
「徐倫へホットミルクを用意したのはリサリサじゃあねえ、時代から言ってエリナおばあちゃんでもねえ。あと勿論、オレでもねえぜ。徐倫の不眠についての詳細をオレが知ったのは、ついさっきだからな。以上の点から、『ホットミルクが一般的なものと認識して』いて、徐倫に…『眠れない子供にホットミルクを渡す経験を持つ』人物は、だぁーれだ?」
「……あー……」
答えを隠すつもりもなく、大量の手がかりを大盤振る舞いしながら放たれたジョセフの問いに、仗助は細く長い嘆息を吐く。素早く推理を巡らせる必要もなく、あっけないほど簡単に正答は導きだされてしまう。
呆れたような重い溜め息を落として、仗助は片手をこめかみに当て、人物の名を肺の奥から絞り出す。
「承太郎さん……!」
「心配してるんなら、伝言くらいしてやりゃあいーのにな。ま、言葉にできねえから、リサリサにホットミルクって形で託したんだろうけどよ。結局、徐倫には『本当はこれを誰が用意したか』分かったみてーだから、めでたしめでたしってコトで」
「徐倫が妙にうきうきして、顔色も良くなっちまうくらい嬉しそうだったのは、こーゆーワケだったんスね……読みきれなかったぜ」
「まだまだねン」
いかに体調が良くなったかということを語るうち、頬を薔薇色にまで染めて総身から喜びを溢れさせていた大姪の姿が、思い出される。満ち足りたその微笑を、悩みが解消されたからだろう、と単純に考えていた己の浅慮さを仗助は思い知る。読み解く糸口は、幾つも眼前にちらつかされていたというのに。
自身の洞察力不足を痛感する仗助の前で、一枚上手だった希代のイカサマ師は、喉の奥で低く笑いながら手にしたコーラの紙コップを傾ける。ひとしきりあおってから、唇を尖らせる仗助を横目に、やれやれと小さく漏らす。
「しっかし承太郎もだが、徐倫も素直じゃねーなー。おじいちゃんの足音をいち早く察知したっていう紙コップマイクも、大方、対承太郎用に設置してたもんだろう? 承太郎の足音がしたら、その場から離れるつもりだったんだろーな。別の人物を捕捉したからってマイクを引き上げて、本来の対象が近づいてるのに気づかなかったとはねぇ。でもまあ、ホットミルクの暗号をしっかり読み取って嬉しそうにしてたってぇなら、ほんとの大団円だろ」
その場に居合わせていないにも拘らず、まるで鳥の目でも持って俯瞰していたように、ジョセフは状況を裏側までつまびらかに読み解いてゆく。相手が上手だったのは一枚どころではなかった、と目の前で展開されてゆくジョセフの的確な推理に、仗助は内心で舌を巻いた。
歴戦の勇士にして海千山千の不動産王には、まだまだてんで敵わない。その事実をずっしりとした重みと共に突きつけられ、そして新たになる、乗り越えるべき壁のあまりの高さを思いながら、仗助はしみじみと呟いた。
「不器用な親子っスね~…」
「まったくだよな~」
そのやり取りを耳にした、通りすがりのシーザーに「なんだお前ら、自己分析か」と評され、もう一組の不器用親子は揃って顔色を変えるや、あわあわと目に見えてうろたえた。
その狼狽っぷりも、綺麗に染め上げられた面差しも、二人は実に、よく似ていた。
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